望月

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1/13/2025, 10:08:40 AM

《あの夢のつづきを》

 どうして何度も思い出してしまうのだろう。
「大丈夫、大丈夫だから。私たちがここに居るから、怖がらないで。大丈夫よ」
 そう言って頭を撫でてくれる人がいることの、どれだけ救われることか。少なくとも悪夢でうなされていたニスクにとっては、縋るべき対象であった。
 駆け出しの冒険者だった頃の臨時パーティとして出会ったアイリスとは、かれこれ二年の付き合いだ。
 臨時、がそのまま形になったわけだが、いい出会いをしたものだと思えている。
「……大丈夫なのかよ、お前」
「ごめん、本当。心配ありがとう。……アイリスも」
 宿のベッドで寝ている時ですら不安で、常に心を暗くするリーダーなんてものを許してくれるのは彼らだけだろう、とニスクは本気で思っている。
 普段粗雑さは拭えないが、相手を気遣う姿勢を見せるカーチェス。得物の槍を手入れしながら、ニスクの様子を伺っていた。
「その、心配って言うか……あー、まあ、無理すんなよ」
「素直に心配って言えばいいのに……ね、アイリス」
「どっちかって言うと上手く言葉が見つかってないだけでしょう。カーチェスは素直でいい子よ?」
「それはそれで恥ずかしいから止めてくれ……!」
 照れて顔を背けるカーチェスに近付き、ミシュがその腕をつつく。高いところで結んでいる髪が当たってくすぐったかったのか、彼はさっと手を退ける。
「カーチェス、手元見た方がいいよー? ほら、手入れ中なんだから危ない危ないー」
「いやミシュのせいだからな? 離れとけって……」
 なんだかんだ刃物から離そうとする辺り、仲間に対しての想いが見える。
 それに知ってか知らずか、ミシュは大人しく彼の隣に座った。
「……あぁ、うん、みんな居る」
「ん? ……ええ、そうよ。だから安心して、ね?」
「安心しろ、ミシュなんか放っておいたらベッタリくっ付いてくるぞー……いや、離れろ離れろ!」
「え? くっ付いてほしいのかと」
「なわけないだろ……!」
「寂しいこと言うなぁ……でも、まあ、安心してよニスク。しっかりいますよーメンバー全員ねっ」
「だな、良かった……って、今、朝だよな?」
 安堵してようやく、ニスクは出発予定時刻を考える。昨晩の予定では——あと少しで宿を発つ時刻が迫っている。
「まずい、早く支度しないと朝ご飯を食べる時間がなくなるぞ! 馬車が出発するまでに食べておかないとだめなのに!」
「いや、大体終わってるから焦らなくていいぞ?」
「え、地図を出すために昨晩荷物を開いてしまったんじゃなかったか?」
「そーだったけど、ニスクが気持ち良さそうに寝てるから、カーチェスが荷物纏めてくれてたんだよー。偉い偉い、流石カーチェス君だね」
「頭撫でようとすんな、ミシュ! ……ま、だからそのー、な、さっさと服装整えて宿出るぞ、ニスク」
「カーチェス……ごめん。ありがとう、助かるよ」
「今から準備するなら、私たちは先に荷物持って出てましょうか。……朝ご飯はなに食べる?」
 ニスクが身支度を整え始めると、彼女らは連れ立って部屋から出た。二階から階段で降り、宿前で待つ。
「はいはーい! ニュイス亭名物、なんでもパイが食べたいです!」
「お、この街で一番有名らしいな、そこ。いいじゃん、俺も食ってみたい」
「私も賛成。美味しそうよね、店主のその場の気分で作るのが最高だって聞いたわ。……じゃあ、リーダーはどこがいい?」
「聞いてなかったけど、まあ、食べたいのがあるならそこにしよう。みんなで意見が纏まってるなら尚更」
 そこにニスクも合流して、四人でニュイス亭に向かう。朝ご飯を食べたら、馬車の乗り場へ行って次の町を目指さなくては。
 待ち切れないのか駆け出すミシュと、慌てて追いかけるカーチェスに、その様子を微笑ましく見つめながら歩を早めるアイリス。
 三人の姿を視界に収めて、ニスクは、
「……あの夢のつづきを思い出さなければいいのに」
 冒険者にならざるを得なかった過去の己を、その苦しみに蓋をした。
 願わくば、彼らとの冒険が夢のつづきになりますように。

1/1/2025, 11:02:40 AM

《新年》

 ご挨拶遅れまして、失礼。
 あけましておめでとうございます、皆様方。
 今年もどうぞよろしくお願い致します。
 誰かの心の芯に届く物語を書くことができれば、
 と願って本年度の抱負とさせていただきます。
 
 我が人生という物語でもって、新年の挨拶と、
 その終わりとを告げさせていただきます。




 追記 《放課後》の作品更新遅れました┏〇゛

12/19/2024, 3:21:09 PM

《寂しさ》

 寂しい。
 そう口にすることの重さは、誰にわかるのだろう。
「……あぁ、うん。そっか、ありがとう。そうだったね、あはは……」
 確認事項でしか会話をしないクラスメイト。
「へぇ〜そうなんだ、おお、うんうん、はぁ、なるほど?」
 相槌だけを打つ僕に、延々と喋りかけてくる友達。
「こんな面白いことがあって、それで、こうで、楽しかったんだよ……」
 短い返事と目の合わない家族。
 みんな、こう思うだろう。
 僕の見方が穿っているのだ、と。
 寂しいと言いたいがための自己憐憫だろう、と。
 だけど、そうじゃないんだ。
「……ねぇ、どうして? 僕は、ただ笑って誰かといたいだけなのに」
 話していても、心の隙間が埋まらない。
 目が合っているのに、相手の心がわからない。
 そこに居てくれているのに、心が冷えたままで。
 誰もいないわけじゃないのに。
「……それで、満足だよな」
 どうしてか、心が寒いままなんだ。
 そう思ってしまって、ごめんなさい。
 酷い考えしかできなくて、ごめんなさい。
「……こんな自分は」
 いなくなってほしいのに。
 でもきっと、いなくなってしまえば、僕は寂しくて仕方がなくなってしまうのだろう。
 途方に暮れたって、しょうがないのに。
 どこにも行けない僕は。
 どこにも癒されない僕は。
 ずっと、独りで寂しいと、乾いた瞳で立っている。

12/18/2024, 9:44:33 AM

《とりとめもない話》

 西日に照らされる通路を行く女が一人。
 すれ違う者もおらず、迷いなく足を進めていた。
 吐く息は白く、厚手の外套を纏っても鼻の赤いのは治らない。
 それでも、期待の籠った目をしていた。
「……来て、ないよね」
 通路の東端で足を止めたかと思うと、落胆したようにそう呟いた。
 胸の辺りで強く握りしめられた拳が、力なく下ろされる。
 今更ながら、冷え切った空気に身を震わせた。
 ふと、後ろから布ずれの音がして振り向く。
「……悪い……待たせたか?」
 現れたのは軽装の男。息が軽く上がっているが、それも一時的なもののようで、髪を鬱陶しげにかきあげる。
 その頃には息も整っていた。
「……久しぶり、だな」
「うん、久しぶりだね……!」
 一瞬見つめ合い、どちらともなく近付いて、そっと抱擁を交わす。
「——フィー。ずっと、会いたかった」
「私もよ、ルカ。本当に無事で良かった……」
「心配かけたか、すまない」
「また会えたんだから、気にしないで」
 腕を互いに離し、けれども、手を握り合う。
「そうだ、聞いたぞ。合格したんだってな」
「そうなの。これでようやく、王宮で働ける」
「そうか……本当に、おめでとう。フィーがよく頑張っていたからだな」
「ありがとう! ……ルカは明日の早朝に此処を発って、北の方に向かうんだっけ」
「ああ……また戻らないといけなくて」
「そっか……忙しいのに、会えてよかった。来てくれてありがとう」
 離れ難い手が、ゆるりと解かれる、
「あの! 時間があれば、なんだが……少し、話さないか? ほら、話すことは尽きないだろうし」
 直前で貝殻繋ぎに変わり、二人並ぶ。
「ふふ、私も話したいことがたくさんある。少しでいいから、付き合ってほしいわ」
 通路の縁に座って、目を合わせて。
「この前、こんなことがあってね、」
「あいつ、こう言っていたんだけどな、」
 話の終着点を定めないまま、夜が更けていく。

12/16/2024, 2:49:00 PM

《風邪》

 熱のにおいがする。
 いつも、そうだった。
 なんとなくにおいが変化しているのか、微熱であっても、熱が出たときは気が付くのだ。
 何か違うのかはわからないが、なんとなく。
 熱のにおいが、いつもする。
「げほっ……けほっ、けほ……はー、だる」
 鼻が詰まって、鼻水が止まらなくてなって……と、鼻からが多かった。
 そして咳が酷くなって、喉を痛めてしまうのがいつもの流れだった。
 特に季節の変わり目には要注意だった。
 全然、二週間とか三週間とか、病院で薬をもらっても治らない。いつまで居座るつもりなのかと、呆れてしまうほど。
 最早慣れた。それくらい、今年の冬も戦いは長引いたのだ。
 だから、しっかりと体を休めなくては。
 睡眠をとろう。
 適度な運動も。
 そうして、また元気に過ごせるようにと期待をしながら、不規則な毎日を送るのだ。
 僕は、そういう奴なのだ。

 今からちょうど一年前から始まったこの作品たちが——僕の綴る物語が、これからも続きますように。
 そう願いながら布団に入った今日は。

「よく。眠れそうだ」

 風邪を引かないように、毛布に埋もれて目を瞑る。
 そうすれば、ほら。
 明日が僕を包み込んでくれるから。

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