望月

Open App

《とりとめもない話》

 西日に照らされる通路を行く女が一人。
 すれ違う者もおらず、迷いなく足を進めていた。
 吐く息は白く、厚手の外套を纏っても鼻の赤いのは治らない。
 それでも、期待の籠った目をしていた。
「……来て、ないよね」
 通路の東端で足を止めたかと思うと、落胆したようにそう呟いた。
 胸の辺りで強く握りしめられた拳が、力なく下ろされる。
 今更ながら、冷え切った空気に身を震わせた。
 ふと、後ろから布ずれの音がして振り向く。
「……悪い……待たせたか?」
 現れたのは軽装の男。息が軽く上がっているが、それも一時的なもののようで、髪を鬱陶しげにかきあげる。
 その頃には息も整っていた。
「……久しぶり、だな」
「うん、久しぶりだね……!」
 一瞬見つめ合い、どちらともなく近付いて、そっと抱擁を交わす。
「——フィー。ずっと、会いたかった」
「私もよ、ルカ。本当に無事で良かった……」
「心配かけたか、すまない」
「また会えたんだから、気にしないで」
 腕を互いに離し、けれども、手を握り合う。
「そうだ、聞いたぞ。合格したんだってな」
「そうなの。これでようやく、王宮で働ける」
「そうか……本当に、おめでとう。フィーがよく頑張っていたからだな」
「ありがとう! ……ルカは明日の早朝に此処を発って、北の方に向かうんだっけ」
「ああ……また戻らないといけなくて」
「そっか……忙しいのに、会えてよかった。来てくれてありがとう」
 離れ難い手が、ゆるりと解かれる、
「あの! 時間があれば、なんだが……少し、話さないか? ほら、話すことは尽きないだろうし」
 直前で貝殻繋ぎに変わり、二人並ぶ。
「ふふ、私も話したいことがたくさんある。少しでいいから、付き合ってほしいわ」
 通路の縁に座って、目を合わせて。
「この前、こんなことがあってね、」
「あいつ、こう言っていたんだけどな、」
 話の終着点を定めないまま、夜が更けていく。

12/18/2024, 9:44:33 AM