《あなたは誰》
誰ソ彼?
汝ガ疵、快癒ス者ナリ。
……真カ?
単ニ其ヲノミ希ウ。
《やさしい嘘》
近日中に更新します、、、
《ただひとりの君へ》
君が生きていることに、意味など存在しない。
その代わり、君は君自身でその意味を付けられる。
他人の付けた意味に真の価値が在ろうか。
それは、君の人生であり君の生命なのだから。
意味を見い出せない?
違うな、見出そうとしていないだけだ。
モノの見方を変えろ、思考を切り替えろ。
君自身で生きていることの意味を見つけるまでは。
生命でもって、君の物語を書ききれ。
今までそうしてきたんだ。
だから、これからもできるさ、大丈夫。
人生という名の、物語の書き手は必要だ。
生きたい意志という名の、筆を決して折るな。
君なら、大丈夫。
《透明な涙》
一滴が、じわりと零れて滑って、顎先で露となる。
その様を真近で眺め、そっと舌で掬いとった。
「……僅かだが、甘い」
嬉しいと甘くなるのだったか、いやはやしかし、この状況下でもなお甘いとは。
感嘆する一方、憤りすら覚えた。
潰れた片目と毒で溶けた皮膚は痛々しい。
人為的に歪まされただろう図体の合わない、小さな身体には生理的嫌悪感を抱く。
それを前にして、嬉しいとは何か。
「いい加減にしろ。……生贄如きが煩わせるな」
苛立ちをぶつけるように、額に爪を立てる。
血が少し流れてきて、目に入って、また流れた。
「……、……? ……! ……、…………!」
「舌も持たずして何を言うか」
「………………!」
「黙れ」
そう、生贄。早く、喰ってしまわなければ。
「…………、…………!」
「煩い、黙れと言っただろう。今、喰うてやる」
意味のない音を発する喉笛に喰らい付くと、途端に本能が働くのか生贄は暴れ出す。
そして、理性までも起こしてしまったのだろう。
やがて静かになって、事切れた。
これで、終わりだ。
「……ふ……ははは!」
相変わらず、不味い。
不味くて堪らない。吐き気がする。今すぐ腹の中をさっぱりとしたい不快感に支配される。
それでも、ごくりと喉を鳴らして、また一口と口を開ける。
「…………あぁ、なんだ、そうか」
やがて頬を伝った一雫が手に落ちて、理解した。
口内をぬめりとした鉄臭い液体が満ちている。
「怪物と扱われようと、涙は同じく、透明なのだな」
手の上にある滴を舌に載せると、随分塩味のある。
同じでも、全てではない。
……生贄が召されれば、その家族は生涯安泰となるという、村が。
怪物を生み、生かす村の掟である。
《まだ見ぬ景色》
天より愛された者というのは、時として世界に現れる。
一つ二つならまだしも、七つ八つと才を持ちえて生まれ出ずる者である。
今世にもまた一人、愛し子が世界を駆逐することとなった。
人々を引き付ける容姿は、老若男女問わずその魅力を遺憾無く発揮した。
誰に対しても変わらず接し、馴れ馴れしくもなくよそよそしくもない。
礼儀を問うより早く、その精錬された動作に目が吸い寄せられる。
世界中の学者らが作り上げた難問を解かせれば、解けないものは無い。
不可能と呼ばれていた筈のことが、彼の周りでは簡単に成され得る。
楽器を持たせれば習わずとも、譜面を見ずとも美しい演奏を響かせる。
その美声も、歌になれば聞く者の心を震わせ、劇となれば共感がための道具と成った。
まさに、天の愛し子として称された。
しかし、そんな彼にも一つ、才を与えられぬものが有った。
それは、絵。
幼子の描いた絵よりかは上手だが、それも、ほんの僅かに勝っているというもの。
これが、どうしてできないのかわからない、か。
天の愛し子はそう知って、また、歓喜した。
己の知らぬ喜びが此処にあるのだと。
絵は、イメージが大事だという。
細部まで頭の中で描き、それを筆を使って紙の上に表す。
そうすればいいとわかってもなお、困難を極めた。時間が経っても、いくら練習しても、絵は一向に上達しない。
周囲の人間は、それを欠点だと嗤って愉しんだ。
けれども、諦めることはしなかった。
言うなれば、これは、努力の才能があったと言ってしまえるのだろう。
それほど、周囲の嘲りに対して強く在れたのは、奇跡的なことであった。
そうして、天の愛し子は、絵の道を極めんとして時間を腐らせていった——ように思えたが、遂に、それが成される。
息を飲むほど美しい幻想的な景色を描き終えると、天の愛し子は自ら命を絶った。
曰く、本物には遠く及ばなかった、と。
そうして、未完成である今が、唯一未来を夢想できる己だと理解してしまったが故に。
死してなお、その名声は消えぬまま世界に残った。
初めて。
その大切さを知っていたからこそである。