《冒険》
一の章 氷に閉ざされし天空の迷宮
咲の月 一の日
先遣隊として派遣されることとなった。
着地予定地周辺の安全確認がされたらしい。
選抜は昨日行われた試験結果を基準に、各々の得意不得意を考えたうえで成されたという。
特に優秀な人材は、今回の作戦に投入されていない。つまり、この先の安全は保証されていないと知りながら向かわなければ。
出立は五日後、それまでに荷物の準備と家族への手紙を書き遺しておこう。
この日記も、帰ってくる頃には白紙が埋まっていることを願う。
咲の月 六の日
寒い。とても寒くて堪らない。
心做しか、空気も薄く感じて動きが鈍い。
今日は先遣隊として派遣された十人で、着地地点から少しの所に拠点を立てた。
もう日が暮れた、この天空の島では時間の流れが分かりずらいようだ。
既に寒さにやられている、もう休もう。
夜空に拡がる星はとても綺麗だ。
咲の月 七の日
遺跡の入口と思しき空間に鎮座している大きな氷を溶かす、もしくは破壊することが一先ずの目標らしい。
殴ってみたが、拳が割れそうだったので断念。大人しく火と削岩機に近い機械で削った。
日没後、暫くして夜になり、道は開かれた。
皆で協力してやっとのことだ、喜びを分かち合いたいが酒もない。
それでも、干し肉と水と語らいとで楽しい夜だった。
明日が楽しみだ。
咲の月 八の日
朝に作戦を立て、その通りに足を踏み入れることになった。
道を塞ぐのは氷だが、入口を塞いでいたもの程分厚くはない。
薄い氷を割って進むが、まさしく迷宮。
どこを見ても変わらないような気がした。
どのくらい進むことができたのかも分からないが、ある程度で区切りをつけて拠点に戻ることにした。
咲の月 十一の日
鞄に入れていた筈の食糧が凍っていて、とてもではないがそのままで食べられない。
火の近くに置いて、氷を溶かしてから食べるのは不思議な感覚がした。
パンが硬いようで柔らかく、面白い。
毎回拠点に帰るのは難しい。二つ目の拠点を立てたが、後何度これを繰り返すことになるのだろうか。
少し楽しみだ、寒さに慣れたのだろうか。
咲の月 十三の日
なんてことだ。まさか、氷が生える迷宮だったなんて。
この迷宮は来た道を戻ることすら許さないのか。
中心に近付いてる気がする。
第二拠点に戻ろうとしたが、断念して、第三拠点を立てることになった。
氷が生えて来ないことを祈ろう。
咲の月 十七の日
薄氷を割って、進んでいる最中に最後尾の隊員が氷に巻き込まれた。
ここまで速く再生するのか。
唖然としながら、念の為道を開いて五人が進んで氷が戻るのを待つ。それを繰り返すことになった。
拠点はもう四つ目だ。もう撤去まで迅速に動ける。
こんなことになるだなんて。
咲の月 ??の日
持ってきていた懐中時計が壊れてしまった。
迷宮の中に窓なんてないし、あっても氷が塞いでしまっていて見えない。
感覚的には二十の日だろうか、と思う。
最早拠点も構える暇がない。
進んで、進んで休んで。
もう食糧がない。
ここまで続くと思われていなかったのだろう、先遣隊なんてこんなものだ。
?の月 ??の日
冒険だ、なんて目を輝かせていたあの頃が懐かしい。
もうだめだ、割った傍から氷が生えてくる。
偶然片腕なら通りそうな大きさの窓を見つけた。いや、建物が崩れたところに氷が生えていないだけか。
もう二度と見ることはないだろう空に、この日記を預けることにしよう。
これを見た者に、頼みがある。
この日記を、家族に渡してくれないか。
————(掠れて読めない)
7/11/2025, 9:52:40 AM