《眩しくて》
こんな戦場に、美しい彼女が存在することなど誰が予想したろう。
「……私、は……っ、けほっ……」
「動かないで。水を」
「……あぁ、ありがとう。あなたは――」
「わたしはユリア。怪我はもう大丈夫ですか?」
「痛くない……そうか、治癒魔法を! 本当にありがとう、すみません」
「いえ、お大事になさって下さいね」
可憐に微笑む彼女が纏う黒のローブが、夜のように優しく包み込んでくれる気がした。
ぼやけていたはずの視界も良好になったところで、女騎士は上体を起こした。
見れば、周囲に負傷した味方が多くいる。
治癒師だろう白のローブを纏った数人は、味方だ。
「……助かったのか? 私は」
敵の罠に嵌められたのだ、側面から崩された女騎士を含む小隊は全滅する寸前で援護により救われた。
そして今、気絶している間に救援も届いたのだろう。
「……敵は去ったのか」
「いえ、近くにまだ残っているようです」
女騎士の問に答えたのは部下の一人だ。
遠くの方、木の影に身を潜めている影が多く見えた。夜とはいえ、逆に敵の黒は目立つのか。
逃げ遅れたにしては多い敵の数に、一瞬思考して、その意図を察した女騎士は叫ぶ。
「罠だ! 私たち負傷兵を囮として、救援部隊である治癒師の方々を攻撃するつもりだ!」
咄嗟に叫んだが、それが悪かった。
相手も意図を察されたのだ、このままでは待った甲斐がない。
「……っ、くそ、私の失態だ……!」
当然、敵は大勢を伴って姿を現した。
逃げられては困るのだ、馬を先に殺してしまった。
「そんな……!」
「どうしたら……」
治癒師は治癒魔法という、通常よりも希少な魔法を扱う魔法使いを指す。この特徴としては、治癒魔法以外を使用できないことにある。
つまり、今敵と戦うことの出来るのは負傷兵のみというわけだ。
現着して間もないのだろう、女騎士以外に回復した様子が見られるのは四名だった。
まさに、絶体絶命。
「……ごめんなさい、わたし、あなた達を助ける義理はないの」
その渦中に在りながら、ユリアはそう言い放った。
当然困惑した様子を見せたのは敵だけでなく、味方である治癒師や負傷兵もであった。
「……あなたは何を言うか。早く、逃げ、」
「治癒師を先に殺せ!」
治癒魔法がある限り、殺しにくいことになる。敵の狙いは明確かつ当然だったが、
「だから、わたしは生かしてあげられないわ」
と、声が響いた。
「【天秤】」
ユリアが一言放つ。刹那、敵が諸共頭が弾けたように血が散って、命をも散らした。
一瞬のことだ。
「……あな、たは……」
「この黒のローブで、わかってもらえるかしら。残念だけれどわたしは、治癒師でなくて魔法師よ?」
先程女騎士を安心させたのと同様、柔らかな笑みを浮かべて彼女はそう言った。
「魔法師……それでは治癒魔法が使えないはずでは」
「ええ、普通には使えないわ。でも、代償を渡せば使えるのは知っているでしょう? 騎士さんも」
呆然として敵の死体を目にしたまま零れた疑問に、ユリアはそっと歌うように返す。
代償。それは、その傷が快癒するまでに掛かる時間だけ、寿命を削ること。
「まさか……あなたは自分の命を削ってまで治癒していると!?」
「ええ、そうね。けど心配しないで頂戴。私は、ヒトではないのよ」
そう言って髪で隠れていた耳を露わにして、ユリアは笑った。
「私、エルフだから」
エルフは長寿で、見た目は十代後半から二十代前半で止まるものの千年から二千年は寿命を有する。
つまり、治癒魔法で寿命削った所ですぐには死なないから問題ないと言っているのだろう。
感覚の絶望的なまでの差に、女騎士は凍り付いた。
命の恩人である彼女は、ユリアはとても戦場には似つかわしくない程眩しくて、優しくて、強くて、命の色を身に付けた女性であった。
8/1/2025, 10:14:48 AM