望月

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《夏》

 うだるような暑さが支配する昼下がり。
 縁側で一人、亜麻色の髪を揺らす少女が空を眺めていた。風鈴の音が静けさに響く。
 同色の尻尾をパタパタと動かし、ふと、耳をピンと立てる。そのまま勢いよく立ち上がったかと思うと、玄関まで駆けていく。
「おかえんなさーい!」
 出迎えられたのは、神職と思しき和装の青年だ。薄茶色の髪より少し暗い色の瞳が、少女の姿を認めて笑顔をつくった。
 手にした風呂敷包みを少女に手渡しながら、汗を手巾で拭っている。
「これ、冷蔵庫に入れてくれませんか?」
「わかった! ……暑そうだな? 透」
「ええまぁ……霞さんは涼しそうで、何よりですがね」
 少女——霞は、受け取った風呂敷包みを開きながら台所へ移動し、箱ごと冷蔵庫に入れる。
 冷たい麦茶を二つのコップに注いで居間に行くと、青年——透は、エアコンの効いた空間で扇子を仰いでいた。
「あぁ、霞さん。ありがとうございます」
「暑かったろう、特に今は」
「ええ、今朝方よりも随分と気温が高くなっていました。お陰でたくさん疲れちゃいました」
「この程度で疲れるとは、軟弱だなぁ〜」
「暑いんですって、本当。……さっき拭きましたけど、僕今綺麗ではないと思いますよ? 離れて下さい、霞さん」
 汗が引いたとは言え、人と引っ付いて座るにはまだ暑い。透は逃げようとするが、こうもベッタリと隣に来られては動きにくい。
「嫌だ! どうだ、暑いだろ〜」
「引っ付かないでー……というか、あなたも暑いでしょうに。あっ、暑くないんでしたね」
「そうだぞ! ふふん」
「なら、そんな悪い子におやつはなしですね。今日は武田のおばあさんから頂いた、先程の箱を……って、本当に霞さんは甘いものが好きなんですねぇ」
 ドヤ顔で隣に座っていたかと思えば、ローテーブルを挟んで対面に座っている。見事な早業だ。
「ふふ、まぁ、冗談ですよ? 武田のおばあさんからは霞さんが気に入るだろう、と頂いたので。……ふぁ〜あ……眠くなって来ちゃいました……」
「透? こんなところで寝たら風邪引くぞ! 人間は脆いんだからな〜」
 畳の上に寝転がった透の耳に届いているのかいないのか、「はぁい……」という返事があって少しして、
「もう寝入ってるじゃないか。相変わらず寝つきがいいなぁ……よし、仕方ない!」
 霞は押し入れからブランケットを取り出して、透と自分とに掛ける。そのまま、一緒になって昼寝をするのが好きなのだった。
 小一時間ほど経って、透は目が覚めた。
 だが、どうにも寝心地が良く、無意識で掛物を手に取る。
 ふわふわとしていて、実に触り心地が良い。ほど良くあたたかさもあって眠りを誘う。
「……あたたかい?」
 違和感に気付いて目を開く、と、透は自分の手が何を掴んでいるのかを理解した。
 尻尾だ。霞の、大きな尻尾。
 慌てて手を離し、起き上がろうとして、
「……あがっ?」
「あっ」
 今しがた起きたばかりの霞と目が合った。

 尻尾を触られるのは苦手らしく、ご機嫌ななめの霞の誕生である。
 透はどうしたものかと悩んで、時刻が三時を回っていることに気がついた。
「……そうだ、霞さん。一先ずおやつにしませんか? きっと、とても美味しいですよ」
「……そんなことで私の機嫌は直らない」
 魂胆がバレてはいるが、いつものことだ。
 透が昼寝をすると大抵霞が隣で寝ている。そして、よく彼女の尻尾を触ってしまうのだ。
 こうなったときは好物に頼る他ないのだ、という事実を知っているのだから。
「まぁ、そう言わずに……少し待っていて下さい」
 一言断わってから席を立ち、台所へ行き冷蔵庫を開ける。すっかり冷やされた箱を開封、中身を皿に載せる。包丁とフォークを共に載せた盆を手に、居間に戻る。
「……綺麗」
「えぇ、そうでしょう?」
 本日のおやつは、星の浮かぶ羊羹である。
 半分より下はこしあん、上は綺麗に細工された星々が彩りを見せていた。
「……あ、ちゃんと切るので待って下さい霞さん!」
「え? はーい」
 見蕩れながら手を伸ばそうとした霞を止め、何切れかに分ける。
「どうぞ、いただきましょう」
「いただきます! あー……ん! 美味しい! 綺麗で美味しい!」
「忙しいですね……甘さが優しくて美味しいです」
 透が一切れ食べる間に、霞は三切れも食べていた。余程気に入ったのだろう。
「……僕はもう一切れいただいたら十分なので、残りはどうぞ食べちゃって下さい」
「本当にいいのか?」
「はい、もちろん」
「じゃあ、遠慮なく! んー! 美味しい!」
 星を散らせたかのように笑顔を浮かべる霞を見て、透は機嫌が直ったことを密かに確信した。
 夏の菓子に助けられたと言えよう。

7/15/2025, 10:16:48 AM