《あの夢のつづきを》
どうして何度も思い出してしまうのだろう。
「大丈夫、大丈夫だから。私たちがここに居るから、怖がらないで。大丈夫よ」
そう言って頭を撫でてくれる人がいることの、どれだけ救われることか。少なくとも悪夢でうなされていたニスクにとっては、縋るべき対象であった。
駆け出しの冒険者だった頃の臨時パーティとして出会ったアイリスとは、かれこれ二年の付き合いだ。
臨時、がそのまま形になったわけだが、いい出会いをしたものだと思えている。
「……大丈夫なのかよ、お前」
「ごめん、本当。心配ありがとう。……アイリスも」
宿のベッドで寝ている時ですら不安で、常に心を暗くするリーダーなんてものを許してくれるのは彼らだけだろう、とニスクは本気で思っている。
普段粗雑さは拭えないが、相手を気遣う姿勢を見せるカーチェス。得物の槍を手入れしながら、ニスクの様子を伺っていた。
「その、心配って言うか……あー、まあ、無理すんなよ」
「素直に心配って言えばいいのに……ね、アイリス」
「どっちかって言うと上手く言葉が見つかってないだけでしょう。カーチェスは素直でいい子よ?」
「それはそれで恥ずかしいから止めてくれ……!」
照れて顔を背けるカーチェスに近付き、ミシュがその腕をつつく。高いところで結んでいる髪が当たってくすぐったかったのか、彼はさっと手を退ける。
「カーチェス、手元見た方がいいよー? ほら、手入れ中なんだから危ない危ないー」
「いやミシュのせいだからな? 離れとけって……」
なんだかんだ刃物から離そうとする辺り、仲間に対しての想いが見える。
それに知ってか知らずか、ミシュは大人しく彼の隣に座った。
「……あぁ、うん、みんな居る」
「ん? ……ええ、そうよ。だから安心して、ね?」
「安心しろ、ミシュなんか放っておいたらベッタリくっ付いてくるぞー……いや、離れろ離れろ!」
「え? くっ付いてほしいのかと」
「なわけないだろ……!」
「寂しいこと言うなぁ……でも、まあ、安心してよニスク。しっかりいますよーメンバー全員ねっ」
「だな、良かった……って、今、朝だよな?」
安堵してようやく、ニスクは出発予定時刻を考える。昨晩の予定では——あと少しで宿を発つ時刻が迫っている。
「まずい、早く支度しないと朝ご飯を食べる時間がなくなるぞ! 馬車が出発するまでに食べておかないとだめなのに!」
「いや、大体終わってるから焦らなくていいぞ?」
「え、地図を出すために昨晩荷物を開いてしまったんじゃなかったか?」
「そーだったけど、ニスクが気持ち良さそうに寝てるから、カーチェスが荷物纏めてくれてたんだよー。偉い偉い、流石カーチェス君だね」
「頭撫でようとすんな、ミシュ! ……ま、だからそのー、な、さっさと服装整えて宿出るぞ、ニスク」
「カーチェス……ごめん。ありがとう、助かるよ」
「今から準備するなら、私たちは先に荷物持って出てましょうか。……朝ご飯はなに食べる?」
ニスクが身支度を整え始めると、彼女らは連れ立って部屋から出た。二階から階段で降り、宿前で待つ。
「はいはーい! ニュイス亭名物、なんでもパイが食べたいです!」
「お、この街で一番有名らしいな、そこ。いいじゃん、俺も食ってみたい」
「私も賛成。美味しそうよね、店主のその場の気分で作るのが最高だって聞いたわ。……じゃあ、リーダーはどこがいい?」
「聞いてなかったけど、まあ、食べたいのがあるならそこにしよう。みんなで意見が纏まってるなら尚更」
そこにニスクも合流して、四人でニュイス亭に向かう。朝ご飯を食べたら、馬車の乗り場へ行って次の町を目指さなくては。
待ち切れないのか駆け出すミシュと、慌てて追いかけるカーチェスに、その様子を微笑ましく見つめながら歩を早めるアイリス。
三人の姿を視界に収めて、ニスクは、
「……あの夢のつづきを思い出さなければいいのに」
冒険者にならざるを得なかった過去の己を、その苦しみに蓋をした。
願わくば、彼らとの冒険が夢のつづきになりますように。
1/13/2025, 10:08:40 AM