《寂しさ》
寂しい。
そう口にすることの重さは、誰にわかるのだろう。
「……あぁ、うん。そっか、ありがとう。そうだったね、あはは……」
確認事項でしか会話をしないクラスメイト。
「へぇ〜そうなんだ、おお、うんうん、はぁ、なるほど?」
相槌だけを打つ僕に、延々と喋りかけてくる友達。
「こんな面白いことがあって、それで、こうで、楽しかったんだよ……」
短い返事と目の合わない家族。
みんな、こう思うだろう。
僕の見方が穿っているのだ、と。
寂しいと言いたいがための自己憐憫だろう、と。
だけど、そうじゃないんだ。
「……ねぇ、どうして? 僕は、ただ笑って誰かといたいだけなのに」
話していても、心の隙間が埋まらない。
目が合っているのに、相手の心がわからない。
そこに居てくれているのに、心が冷えたままで。
誰もいないわけじゃないのに。
「……それで、満足だよな」
どうしてか、心が寒いままなんだ。
そう思ってしまって、ごめんなさい。
酷い考えしかできなくて、ごめんなさい。
「……こんな自分は」
いなくなってほしいのに。
でもきっと、いなくなってしまえば、僕は寂しくて仕方がなくなってしまうのだろう。
途方に暮れたって、しょうがないのに。
どこにも行けない僕は。
どこにも癒されない僕は。
ずっと、独りで寂しいと、乾いた瞳で立っている。
《とりとめもない話》
西日に照らされる通路を行く女が一人。
すれ違う者もおらず、迷いなく足を進めていた。
吐く息は白く、厚手の外套を纏っても鼻の赤いのは治らない。
それでも、期待の籠った目をしていた。
「……来て、ないよね」
通路の東端で足を止めたかと思うと、落胆したようにそう呟いた。
胸の辺りで強く握りしめられた拳が、力なく下ろされる。
今更ながら、冷え切った空気に身を震わせた。
ふと、後ろから布ずれの音がして振り向く。
「……悪い……待たせたか?」
現れたのは軽装の男。息が軽く上がっているが、それも一時的なもののようで、髪を鬱陶しげにかきあげる。
その頃には息も整っていた。
「……久しぶり、だな」
「うん、久しぶりだね……!」
一瞬見つめ合い、どちらともなく近付いて、そっと抱擁を交わす。
「——フィー。ずっと、会いたかった」
「私もよ、ルカ。本当に無事で良かった……」
「心配かけたか、すまない」
「また会えたんだから、気にしないで」
腕を互いに離し、けれども、手を握り合う。
「そうだ、聞いたぞ。合格したんだってな」
「そうなの。これでようやく、王宮で働ける」
「そうか……本当に、おめでとう。フィーがよく頑張っていたからだな」
「ありがとう! ……ルカは明日の早朝に此処を発って、北の方に向かうんだっけ」
「ああ……また戻らないといけなくて」
「そっか……忙しいのに、会えてよかった。来てくれてありがとう」
離れ難い手が、ゆるりと解かれる、
「あの! 時間があれば、なんだが……少し、話さないか? ほら、話すことは尽きないだろうし」
直前で貝殻繋ぎに変わり、二人並ぶ。
「ふふ、私も話したいことがたくさんある。少しでいいから、付き合ってほしいわ」
通路の縁に座って、目を合わせて。
「この前、こんなことがあってね、」
「あいつ、こう言っていたんだけどな、」
話の終着点を定めないまま、夜が更けていく。
《風邪》
熱のにおいがする。
いつも、そうだった。
なんとなくにおいが変化しているのか、微熱であっても、熱が出たときは気が付くのだ。
何か違うのかはわからないが、なんとなく。
熱のにおいが、いつもする。
「げほっ……けほっ、けほ……はー、だる」
鼻が詰まって、鼻水が止まらなくてなって……と、鼻からが多かった。
そして咳が酷くなって、喉を痛めてしまうのがいつもの流れだった。
特に季節の変わり目には要注意だった。
全然、二週間とか三週間とか、病院で薬をもらっても治らない。いつまで居座るつもりなのかと、呆れてしまうほど。
最早慣れた。それくらい、今年の冬も戦いは長引いたのだ。
だから、しっかりと体を休めなくては。
睡眠をとろう。
適度な運動も。
そうして、また元気に過ごせるようにと期待をしながら、不規則な毎日を送るのだ。
僕は、そういう奴なのだ。
今からちょうど一年前から始まったこの作品たちが——僕の綴る物語が、これからも続きますように。
そう願いながら布団に入った今日は。
「よく。眠れそうだ」
風邪を引かないように、毛布に埋もれて目を瞑る。
そうすれば、ほら。
明日が僕を包み込んでくれるから。
《何でもないフリ》
瞬きは今の自分にとって遅すぎる程度に。
呼吸は音もしないよう浅く絶えずして。
高さ、テンション、速度、滑舌、大きさの全てに至るまで『いつも通り』の声を。
間は取りすぎず、多少作りつつ。
メトロノームを頭の隅で鳴らして心拍を整えながら。
隙を殺しすぎず、作りすぎない程度に気を張って。
そして、強者の仮面をズラして弱者の仮面を半分見せる。
その上から不透明のベールを着けて、最低限は完成だ。
できればこれらの相手に与える情報を無意識に操作できるようにしてから場について欲しいものだが。
大切なのはディーラーや相手に仕掛けがバレてはいけないこと、ただ一つ。
イカサマとは、そういうものだ。
雑魚には、何かすら悟らせてはいけない。
強者には、何もないと思い込ませてもいけない。
万人に、何でもないフリをして、何かがあると思わせることが必要なのだ。
それの正体を隠したまま。
それを焦りに見せるか、虚勢に見せるか、イカサマに見せるかは己の技量次第だ。
《仲間》
背中を預ける、というのは本当に信頼している人に対してしか行うべきではないと俺は思っている。
自分でも仕事上厄介な性格をしているとは思っているものの、これには理由がある。
過去に幾度も裏切られたのだ。
言ってしまえばそれだけのことだが、本日三回目の裏切りを耳にして、なお、落胆するら気持ちは堪え切れなかった。
通算五十回目。拍手でもしてやろうかな、ホント。しとこう。
「——ひいぃっ……!! ぼ、僕はこんなの知らないッ!」
「はぁ……もういいってそういうの。まーた逃げんだろ、俺一人ここに残して——ってもういねぇ! 逃げ足だけは早いな……」
ぺちぺちと手を叩き、緊迫した状況にそぐわない声で文句を言っても非難の声はない。
振り返った先にいたのは、どこにでも現れる下級魔物でお馴染みのゴブリンさんだ。しかもご丁寧に、血の一滴も流さずに六体とも武器をお持ちだ。俺が退路を任せていた少年は雑魚と判断したのか、皆俺の方を警戒している。
え? なに、ゴブリンの方がよっぽど優秀だって? 俺もそう思う。
「退路を人に任せるの、止めようかな……」
正面に顔を戻して数歩。後ろから、背中からなら簡単に討てると思ったのか魔物の迫る音がする。結構うるさい。
「でもやっぱり誰かを誘う必要があるんだよな……この制度クソだな、マジで。一人でも潜らせろよ、ダンジョンくらい!」
左手で抜刀。背後を一閃して、俺は歩を早めた。この調子じゃあ、日が暮れる。
地を塗らす魔物の血は黒く、人間のそれよりも粘着質だ。それが付着しては堪らない。
「冒険者って楽に見えて楽じゃないし……結局金と権力がものを言うんだから、自由に見えて全然そんなことないんだよなぁ」
冒険者、という職が多くの人に歓迎されている理由は、経済的な理由も多分ある。
様々な人から依頼を受けて、それをこなすにあたって金が動く。王家や大貴族からの依頼であれば豪邸を買えるほどの大金が動くこともあるし、物資が過程で必要となった場合はその依頼の場所ごとに金が落ちる。
そして、冒険者は誰にでもなることができる職業である、というのも非常に魅力的に映るのだろう。
その所為で、俺はこんなにも裏切られているわけだが。
「あーあ、貴族の坊ちゃんとか組むもんじゃないな……どいつもこいつも度胸もなければ技量もねぇし。心が弱すぎる」
さっき逃げた少年も子爵家のナントカ様だ。やたらと長い家名を意気揚々と名乗るより、実力で魅せてほしい。
ならなんで俺が組むのか? それには深いわけがある。
そう、俺が万年金欠という事実があるのだ。
だから、毎日ダンジョンに籠る必要性がある俺は、誰でもいいから今すぐ行ける人を連れてダンジョンに行くしかない。実力不足の権力だけはある冒険者、というのが割とそれに該当するのだ。
やむなく得た、仲間もどき。
「……いつか本気で背中を預けられるような奴が」
仲間ができたらいいのに。
そう思い始めて、ちょうど百日目の夜も更けて行く。