《この道の先に》
迷ってばかりで。
答えなんて分からなくて。
それでも。
僕は信じている。
大丈夫だと、言ってくれた人がいて。
なんとかなると、励ましてくれた人がいて。
頑張ってみようと思わせてくれた人がいて。
僕は、大切な言葉を知った。
僕は、大切な想いを貰った。
だから。
せめて、格好付けられるくらいには。
頑張ってみたいんだ。
がむしゃらに頑張ったことはあるか。
他の何をも犠牲にしたことはあるか。
時間を捧げるだけ、捧げたことはあるか。
そう自分に問うたときに答えはでた。
否。
一度もない。
ならば、やってみようと思えた。
音が、声が、文字が。
物語が、文章が、表情が。
今の僕に与えてくれたものは沢山あるのだから。
わからなくなっても。
失わないで居られた理由があるのだから。
この先の道から見える景色は、きっと。
僕にとって最高の景色なんだろう。
そう成るように。
そう在るように。
僕は僕を信じて、進みたい。
病んでもいい。
挫けてもいい。
傷ついたって。
なんでもいい。
それが、僕の選んだ道だと。
そう、胸を張って言えるようになれれば。
正しさなんて要らない。
僕が認められる僕で在ればいい。
この道の先に、僕は。
全力で生き続ける自身の姿を、望みたい。
……そう思いながら、涙が出るのはどうしてだろ。
《夏》
夏祭り。
アイス。
風鈴。
スイカ割り。
花火。
海。
蚊取り線香。
かき氷。
暑さ。
扇風機。
その全てに、君がいた。
譬えばハンバーグの付け合せの野菜の様に。
当然にして、馴染んで、そこに君はいた。
だけど。
そこだけ。
たった100日の世界にだけだ。
毎日シャッターを切っても、100枚で尽きてしまう。
それっぽっちの時間に、景色に、君はいた。
「林檎飴って最後に買うものじゃないの、普通」
やっぱり硬いって、笑って。
「流石に直ぐ溶けちゃうね、美味しいけど」
早くないって、笑って。
「チリーンってこの音、涼やかで好きなんだよね」
わかるいいよねって、笑って。
「もうちょっと前かな、いや、後ろ……?」
下手じゃんって、笑って。
「この音って笛の音らしいよ、花火師さんの」
風情がないなあって、笑って。
「うわ、しょっぱい! 水、掛けないでよ」
仕返しだって、笑って。
「この線香の香り、なんだかんだ好きだよね」
落ち着くよねって、笑って。
「冷たっ! え、こんな味だったっけ、美味っ」
もう無いじゃんって、笑って。
「いや、外歩くだけで疲れるよ。家に篭ってたい」
疲れるよねって、笑って。
「ああぁ〜……ってする人いるけど、君もかよ」
嗚呼一緒だねって、笑って。
それで良かったのに。
君のいる景色が、日々が。
その世界だけが。
夏だった。
想い出になった世界が。
夏の、全てだった。
だけど。
「いい? 夏は、楽しむ季節だからね!」
向日葵が咲いたみたいな君の表情が。
「私がいない夏だって、楽しんでよ」
淋しそうに、惜しんで見えた君の表情が。
「約束! 絶対絶対の約束!」
それでも励まそうとしてくれる君の声が。
「夏は、私だけじゃないから。みんなと楽しんで!」
君との日々を、夏の総てにした。
全てじゃなくなったことを、君は笑って。
赦してくれるだろうか。
……褒めてくれるんだろうな。
完全に君とのものだった季節。
少し他のモノとの季節になって。
それでも、存在し続ける季節が。
——夏。
《繊細な花》
野花ほど、その言葉の似合うものはないだろう。
何故って、理由は簡単。
道端に咲いている小さな花なんぞ、人が一瞬で踏み荒らすことができる。
摘んでしまえば尚更、一瞬にして世界から『野花がそこに咲いている』という事実を消し去る事ができる。
誰かの何気ない行動で花弁を散らす、その繊細さは言うまでもない気がするのだ。
けれど、繊細なだけかと言われればそうでもない。
寧ろ、強かな花であるとも言えるだろう。
また、か弱い少女というのもまた、それと似ている。
細腕で思わぬ剛力を発揮するやもしれない。
つまりは、繊細に見えるだけの花もそうでない面を持ち合わせている、と思うのだ。
「今回の話はまあまあね」
「お気に召されませんでしたか……」
「まあまあ、と言ったのよ。聞こえなかったかしら?」
「申し訳ありません、陛下」
「次はきっと、面白い話であって頂戴ね」
「……必ずや」
「語り部」
「はい? いかがなさいましたか、陛下」
「楽しみにしているわ」
「……ありがたきお言葉」
知を、想いを、好む不可思議な女王が居る。
その噂の真偽や、如何に。
《あなたがいたから》
彼女が死んだ。
自殺だったそうだ。
知らせてくれたのは彼女の母親で、何度も面識があった。
遺書が傍に置かれていたようで、両親への感謝から始まっていたそうだ。
そして俺にも触れていたらしく、最後の一文。
『あなたがいたから、私は』
その続きは、血で判別できなくなっていたそうだ。
きっと、自殺を選んだ理由でも書かれているのだろう。
そう思っての、電話だそうだ。
「……彼女の自殺の理由に、思い当たることは、あります」
そう答えた途端、弱々しかった彼女の母親の声色は非難の色を帯びた。
きっと俺が彼女を追い詰めたと思ったのだろう。
何があったのか、なにかしたのか。
そう問われたとて、答えなど俺には無い。
だからといって納得はされないか。
「すみません、すみません、すみません……」
ひたすらに謝罪をして、暫く、二時間ほど経って。
「あなたがいるから、娘は幸せだったのに! そのあなたがっ、娘を……あの子を、殺すなんて!! もう二度と現れないでッ」
絶縁の叫びと共に電話は切れた。
彼女の母親からすれば俺は、娘を自殺に追い込んだ——殺した犯人だ。
怒りはもっとも。
「……俺は、これでいいんだよな」
彼女の意思はもうわからない。
けれど遺書にすら書かなかった事実を、俺が言う訳にも行かない。
しっかりと遺体を調べれば、彼女が、文字通り墓場まで持って行くつもりの真実も明かされるだろうが。
俺は、これでいい。
例え彼女の両親に恨まれようとも、彼女の遺志を尊重できるのなら本望だ。
だから、お義母さん、お義父さん、本当にすみません。ごめんなさい。
「……あなたがいたから、私は、病気に勝ったんだよ」
そう言いたかったんだろ、君は。
病気じゃなくて、自殺を選んだ理由は。
俺にだけ打ち明けていた入院生活。
それを両親に隠していたのは、そこに血の繋がりがなかったからだろう。
心配を掛けたくなかったからだろう。
足が悪く滅多に家から出ることの叶わない両親が、大好きで仕方なかったからだろう。
なんて、これ以上はわからないが。
「……なぁ。言わないって約束、守ったからさ。これからも守るからさ」
俺にも、実は生きてましたって、嘘くらい吐いてくれよ。
それで、病死よりも先に自殺を選んだ理由を、口にしてくれよ。
それだけは、きっと。
恨まれなきゃいけないはずだ。
「俺が罪悪感に呑まれないうちに、死ぬためだったんだろ」
俺のために、自殺した。
それは、きっと、自惚れじゃない。
《あじさい》
「ねぇ、知ってる? 『あじさい』ってさ、紫色の太陽の花って書いて『紫陽花』なんだよ」
唐突に漢字の話をしだしたのは、きっと課題という名の手の作業に飽きたからだろう。
一瞬止めてしまった手を動かし、視線も落としたまま「へぇー」と生返事をする。
「不思議だよね! 六月とかさ、雨が多い時期に咲くお花なのに太陽の漢字が入ってるなんて」
それに気を悪くすることもなく続けているからして、特に返事を期待していた訳でもなさそうだ。
昨日にでも、ネットか何かで読んだのか。
「漢字の由来って、あれじゃないの。唐の詩人の何とかって人が書いた詩で、名前はわからない色や香りの描写された花を、日本人が間違えてあじさいって捉えたとか……そんな感じの」
「え、そうなの!? ってなんだー、知ってたのか。しかも私より詳しいじゃんか!」
「前にネットの記事で読んだんだよ、というか詳しくはないだろ」
明らかに「ずるーい」と言う君の方が狡くないだろうか。君もネット情報だろ。
「ん、あれなんだって。『アジ』は『集まる』の『あつ』から来てて『サイ』は藍色を示す『真藍』を意味してるんだってさ。……読んでもあんまりわかんないね!」
いや、スマホで調べといてわかんないのかよ。
「……それはもうわかったから、いい加減課題やったらどうなの?」
「えー、だってわかんないんだもん」
「いや他人の答え写してるだけだろ」
「……それはそうなんだけどぉ」
飽きたのと、そもそもやる気がないのと。
結局そのまま片付け始める。
「明日出すんでしょ、いいの?」
「よくない! けど、また寝る前にやるよ、うん。最悪明日学校でやればいいんだし」
「間に合うかどうか知らないからね……」
さあ、ここまで来たら、こちらも気持ちが引っ張られるというもの。
10分も経たずに机の上は綺麗になった。
「せっかくあじさいの話したんだし、近くの公園に咲いてたから見に行こうよ」
「え! 本当? 咲いてたんだ、知らなかった」
「君の通学路でしょ? マジか」
特に明確な話題もなしに部屋を出て、靴を履いて外へ出る。
「うーん、段差要らないんだよなぁ、玄関前の」
「君の家だろ、文句言わないの」
「あ、あじさい!」
「……雨降ってないけど、綺麗なもんだね」
「確かに、青空でも綺麗ー!」
「曇りだけどね」
「……そこはさぁ、君の方が綺麗だよ、くらい言ってくれないと。ノリ悪いよ?」
「無理だろ。あー……一応、ごめん?」
君に言えると思うなよ。本気で。
「酷いなぁ……まぁ、いいんだけどさ」
「あじさいって色んな色あるんだね」
「ね! 紫っぽいのはそうだけど、青とかピンクとかね」
「……君に似合うのは、白のあじさいかな」
「勇気出して言ってくれたね、及第点をやろう」
「はいはい。ありがとうございまーす」
合格点って何点なんだよ。
君の前にはどんな色のあじさいも霞んでしまうね、くらい言えばよかったのか。
土台無理な話を考えながら、並んで歩く。
「ね」
「ん」
「花言葉って知ってる?」
「あじさいの? 知ってるけど、うん」
「そうなんだ、へぇ〜」
知ってたって別にいいだろ。
「じゃあ、敢えて私に似合うのは白のあじさいだって、言ってくれたんだ?」
「……うっさいな」
「さっき調べた時に読んだんだよね」
ニヤける君を置いて、走り出す。
「あっこら! 逃げないでよー!」
無理だって。
白いあじさいの花言葉は。
『一途な愛情』