望月

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《あじさい》

「ねぇ、知ってる? 『あじさい』ってさ、紫色の太陽の花って書いて『紫陽花』なんだよ」
 唐突に漢字の話をしだしたのは、きっと課題という名の手の作業に飽きたからだろう。
 一瞬止めてしまった手を動かし、視線も落としたまま「へぇー」と生返事をする。
「不思議だよね! 六月とかさ、雨が多い時期に咲くお花なのに太陽の漢字が入ってるなんて」
 それに気を悪くすることもなく続けているからして、特に返事を期待していた訳でもなさそうだ。
 昨日にでも、ネットか何かで読んだのか。
「漢字の由来って、あれじゃないの。唐の詩人の何とかって人が書いた詩で、名前はわからない色や香りの描写された花を、日本人が間違えてあじさいって捉えたとか……そんな感じの」
「え、そうなの!? ってなんだー、知ってたのか。しかも私より詳しいじゃんか!」
「前にネットの記事で読んだんだよ、というか詳しくはないだろ」
 明らかに「ずるーい」と言う君の方が狡くないだろうか。君もネット情報だろ。
「ん、あれなんだって。『アジ』は『集まる』の『あつ』から来てて『サイ』は藍色を示す『真藍』を意味してるんだってさ。……読んでもあんまりわかんないね!」
 いや、スマホで調べといてわかんないのかよ。
「……それはもうわかったから、いい加減課題やったらどうなの?」
「えー、だってわかんないんだもん」
「いや他人の答え写してるだけだろ」
「……それはそうなんだけどぉ」
 飽きたのと、そもそもやる気がないのと。
 結局そのまま片付け始める。
「明日出すんでしょ、いいの?」
「よくない! けど、また寝る前にやるよ、うん。最悪明日学校でやればいいんだし」
「間に合うかどうか知らないからね……」
 さあ、ここまで来たら、こちらも気持ちが引っ張られるというもの。
 10分も経たずに机の上は綺麗になった。
「せっかくあじさいの話したんだし、近くの公園に咲いてたから見に行こうよ」
「え! 本当? 咲いてたんだ、知らなかった」
「君の通学路でしょ? マジか」
 特に明確な話題もなしに部屋を出て、靴を履いて外へ出る。
「うーん、段差要らないんだよなぁ、玄関前の」
「君の家だろ、文句言わないの」
「あ、あじさい!」
「……雨降ってないけど、綺麗なもんだね」
「確かに、青空でも綺麗ー!」
「曇りだけどね」
「……そこはさぁ、君の方が綺麗だよ、くらい言ってくれないと。ノリ悪いよ?」
「無理だろ。あー……一応、ごめん?」
 君に言えると思うなよ。本気で。
「酷いなぁ……まぁ、いいんだけどさ」
「あじさいって色んな色あるんだね」
「ね! 紫っぽいのはそうだけど、青とかピンクとかね」
「……君に似合うのは、白のあじさいかな」
「勇気出して言ってくれたね、及第点をやろう」
「はいはい。ありがとうございまーす」
 合格点って何点なんだよ。
 君の前にはどんな色のあじさいも霞んでしまうね、くらい言えばよかったのか。
 土台無理な話を考えながら、並んで歩く。
「ね」
「ん」
「花言葉って知ってる?」
「あじさいの? 知ってるけど、うん」
「そうなんだ、へぇ〜」
 知ってたって別にいいだろ。
「じゃあ、敢えて私に似合うのは白のあじさいだって、言ってくれたんだ?」
「……うっさいな」
「さっき調べた時に読んだんだよね」
 ニヤける君を置いて、走り出す。
「あっこら! 逃げないでよー!」
 無理だって。
 白いあじさいの花言葉は。

『一途な愛情』

6/14/2024, 4:28:36 AM