《届かぬ思い》
「これ、あんたにってさ」
手紙? なんだ、いつものか。
「酷いこと言うなぁ、本当に」
や、合ってるだろ。
「まー確かに……うん、そうだわ」
捨てといて、それ。
「せめて読め。返事はさておき」
面倒……じゃなくて、気まずいから。
「本音出てるし。はーいはい、渡せなかったって言っとけばいいんだろ」
お願いします。今度なんか奢る。
「んじゃ、それでいいよ」
ちなみにそれの差出人、誰?
「なんでそんなこと、」
聞いとかないと、会っちゃったら困るだろ。
「あー、うん」
なんだよ、友達?
「…………」
……そういう話か。なるほどなあ?
「ばーか」
見てやるよ、かせ。
「……私の入る隙なんて、ないね」
《快晴》《神様へ》
村の繁栄や豊穣を祈って、神様に若い女を生贄として捧げる。
それは、この村の伝統的祭事の一部であり、世間から見れば古い風習であった。
連なる山々の最奥に位置し、村人が百人もいない村だ、世間から外れてしまうのも時間の問題だったと言えよう。
そんな村で生まれ育った村長の娘、犠花は明後日で十一になる。
「きいちゃん、明後日は楽しみねぇ」
「私は『きか』だよ、おばあちゃん! きい姉はあっちでしょー」
「あら、ごめんなさいね、きかちゃん。また間違えちゃったわねぇ」
犠花と犠忌は、双子であった。
背格好もよく似ているからだろう、こうして間違えられることが多かった。
強いてその差をあげるならば、犠忌の方がほんの数分早く産まれたということくらいだろう。それほどに、彼女らは似ていた。
「また間違えたの? おばあちゃん」
「きい姉!」
「こんなにかわいい子と間違えないでよ! ねぇ、きかちゃん」
「そんなことないよ、きい姉の方がかわいいもん!」
「かわいいこと言うなぁ、こいつめ」
そうしていつものように双子は笑い合う。
これがこの村の日常だった。
夜が深けて、また明けてを繰り返し ——その日はやってきた。
蛇月祭の日である。
村中がお祝いの雰囲気を纏った、特別な日だ。
そこここに蒼い提灯が飾られており、見慣れた村の景色も幻想的な世界となる。
その最後に行われる祭事が、神送り、と呼ばれるものだ。
村に唯一ある神社のその奥、山をもう少し登った所にある本来の社には数人しか立ち入ることは許されていない。
即ち、神の御本へと向かう生贄らだ。
「我らが神の為に」
「村の為に」
村の大人達はそう口々に言って、双子を送り出す。
今年は卜占の結果、犠花と犠忌が選ばれたのだ。
占の結果が出てからは、その身は神の為に在るようになる。その際、俗世の空気をできるだけ吸わない為にも口を利くことは禁じられ布で覆われるのだ。
「……我らに、幸と豊穣を与えんことを!」
そう締めくくられた言葉の余韻を残して、双子は神社の石段を上がっている。
骨の髄まで身に付いた信仰心は揺るぎないし、後ろには村の人々が並んでいるのだ、尚更足は止められない。
石段の切れるところで、一行は足を止める。
「今生の務めを果たせ」
彼女らの父である村長は、短くそう言うと双子を更に上へと向かわせた。
双子は黙ってそれに従う。
「……ねぇ、きい姉。このまま逃げちゃおうか」
大人の姿の見えなくなって暫くして、犠花はそう口にした。
「……きかちゃんはどうしたい? 私は、最初から決まっていたことだけど」
犠忌はそう言うと足を止めた。
そろそろ神域だ、逃げるのならここで決めねばならない。
「……私、は」
「ここは、もう、二人きりだよ。犠花」
静寂が支配する。
「…………俺は、こんなところで死にたくないよ」
そう言った犠花は。
固く閉じられていた花が綻ぶ瞬間を見た——犠忌が、心の底から嬉しそうに笑ったのだ。
それを返事とした互いは、手を取り合って山の中を走り続ける。
空は、神様が祝福してくれたかのような蒼天だ。
それはそうだろう。
伝統が続いたとて、偽物の姉妹は口に合わないだろう。
犠花が女として扱われたのは、彼らの妹が生まれながらにして死したからである。
村長はそれを、秘匿した。
それ故に、天災が起ころうとしていたのではないか。
間違った生贄を捧げようとしたからか、神に隠し事をしようとした所為か、はたまた必然か。
村はその翌年、双子以外の記憶から、姿を消したという。
後の土地にはただ、龍神のみが真実を持って眠りについたという。
《遠くの空へ》
月のない夜空を割いたのは、夏の風物詩。
実は地面と平行に打ち上がっており、真横からではそれとわからないものもあるという。
火で色彩を放ち、大輪を咲かせることの美しさ。夜の闇が深ければ深い程、その輝きはより一層人々の心を捕らえて離さないのだろう。
職人の手によって何時間も掛けて作られ、されど誰かの前で咲く時間はその何分の一にも満たないもの。
努力が儚く宵に消えてしまうからこそ、人は美しいと思うのだろうか。
ただの色の違うだけの、火であるというのに。
とはいえ、そんな野暮なことを考えていられるのは花を前にしていないからだ。
職人の手によって、空へと打ち上げられて。
ただ一心に遠くの空へと光の軌跡を伸ばして。
ある一点、花咲くことを定められた場所で光を霧散させて。
ようやっと、空に散った色が姿を現すのだ。
それが、思わず溜め息が出るような、打ち上げ花火というものではないだろうか。
光と音に圧倒されて、苦しくなるくらいに魅入って、花火を見る。
それを大会にした最初の人には感謝しかない。
屋台の灯りとも違って、普段よく目にする人工的な灯りとも、太陽の光とも、月の光とも違って。
花火、というもの自体も美しいのである。
《春爛漫》
一度路地を抜ければ其処は——数多の欲が四季を狂わす、遊廓である。
金と酒、女に快楽。
それぞれの欲が入り交じった果ての如き、絢爛豪華な町並みは誰をも受け入れる。
然れど、金のない者には何一つ手に入らぬ町である。
金さえ積めば、病気を患った醜女から絶世の美女までもを侍らせることができる。
遊廓において、金の力は偉大なのだ。
見世に覗く瞳は艶美だが、易々とは触れられない。
気量のいい娘が素養を併せ持って、花魁と呼ばれるまでになれば。
夜と花との化身は街を巡りて華を咲かせ、人はそれを『花魁道中』と呼ぶ。
一目で魅せるその様は、神秘の如く。
往く人人を惑わす色香は、絶え間なく。
春を再演する女のことを、花魁と、人は呼ぶ。
夜も、昼と見紛う灯りに照らされて。
また一人と、色を知り欲を喰らわせる花だ。
然すれば其処は、欲の園。
四季をも越えて狂い咲く、春爛漫の町。
「——ようこそ、おいでくんなまし」
花が何時でも、欲を喰らって咲く町だ。
《誰よりも、ずっと》
天は二物を与えずというけれど、僕はそれに懐疑的だった。
——僕には数多の才能があるからだ。
『本当に、凄いよ』
勉強はどの教科も誰よりもできる。
『将来が楽しみだな』
運動だって大の得意だ。
『足が速いんだなぁ』
手先は器用だし、細かい作業も好きだ。
『よくそんなに上手くできるな』
料理に洗濯、掃除など家事もこなせる。
『助かるよ』
誰かの為に動けることは嬉しい。
『ありがとうな』
初対面の人とでも楽しく話せる。
『困ったことは無いか、そうか』
学校では誰でも声を掛けてくれる。
『みんなと楽しめてるのか』
部活もバイトも勉強もできる。
『無理してないか』
いわゆる文武両道で、完全無欠の天才だ。
『お前は本当に、』
誰よりも、ずっと、僕は優秀だ。
『可哀想な子だ』
だから、父さんは僕が引っ張ってあげられる。
『こんな家に生まれなかったら、無理なんて……』
気にしないでいいと、そう言える。
『絶対にさせなかったのに』
だから、父さんは心配なんか要らないよ。
『ごめんな』
僕という天才に任せて、ね?
『病気なんてものに、父さんは負けたんだ』
それに僕は、誰よりも、ずっと、幸せなんだから。
『お前の幸せを、誰よりも、ずっと願っているよ』