望月

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《快晴》《神様へ》

 村の繁栄や豊穣を祈って、神様に若い女を生贄として捧げる。
 それは、この村の伝統的祭事の一部であり、世間から見れば古い風習であった。
 連なる山々の最奥に位置し、村人が百人もいない村だ、世間から外れてしまうのも時間の問題だったと言えよう。
 そんな村で生まれ育った村長の娘、犠花は明後日で十一になる。
「きいちゃん、明後日は楽しみねぇ」
「私は『きか』だよ、おばあちゃん! きい姉はあっちでしょー」
「あら、ごめんなさいね、きかちゃん。また間違えちゃったわねぇ」
 犠花と犠忌は、双子であった。
 背格好もよく似ているからだろう、こうして間違えられることが多かった。
 強いてその差をあげるならば、犠忌の方がほんの数分早く産まれたということくらいだろう。それほどに、彼女らは似ていた。
「また間違えたの? おばあちゃん」
「きい姉!」
「こんなにかわいい子と間違えないでよ! ねぇ、きかちゃん」
「そんなことないよ、きい姉の方がかわいいもん!」
「かわいいこと言うなぁ、こいつめ」
 そうしていつものように双子は笑い合う。
 これがこの村の日常だった。
 夜が深けて、また明けてを繰り返し ——その日はやってきた。
 蛇月祭の日である。
 村中がお祝いの雰囲気を纏った、特別な日だ。
 そこここに蒼い提灯が飾られており、見慣れた村の景色も幻想的な世界となる。
 その最後に行われる祭事が、神送り、と呼ばれるものだ。
 村に唯一ある神社のその奥、山をもう少し登った所にある本来の社には数人しか立ち入ることは許されていない。
 即ち、神の御本へと向かう生贄らだ。
「我らが神の為に」
「村の為に」
 村の大人達はそう口々に言って、双子を送り出す。
 今年は卜占の結果、犠花と犠忌が選ばれたのだ。
 占の結果が出てからは、その身は神の為に在るようになる。その際、俗世の空気をできるだけ吸わない為にも口を利くことは禁じられ布で覆われるのだ。
「……我らに、幸と豊穣を与えんことを!」
 そう締めくくられた言葉の余韻を残して、双子は神社の石段を上がっている。
 骨の髄まで身に付いた信仰心は揺るぎないし、後ろには村の人々が並んでいるのだ、尚更足は止められない。
 石段の切れるところで、一行は足を止める。
「今生の務めを果たせ」
 彼女らの父である村長は、短くそう言うと双子を更に上へと向かわせた。
 双子は黙ってそれに従う。
「……ねぇ、きい姉。このまま逃げちゃおうか」
 大人の姿の見えなくなって暫くして、犠花はそう口にした。
「……きかちゃんはどうしたい? 私は、最初から決まっていたことだけど」
 犠忌はそう言うと足を止めた。
 そろそろ神域だ、逃げるのならここで決めねばならない。
「……私、は」
「ここは、もう、二人きりだよ。犠花」
 静寂が支配する。
「…………俺は、こんなところで死にたくないよ」
 そう言った犠花は。
 固く閉じられていた花が綻ぶ瞬間を見た——犠忌が、心の底から嬉しそうに笑ったのだ。
 それを返事とした互いは、手を取り合って山の中を走り続ける。
 空は、神様が祝福してくれたかのような蒼天だ。
 それはそうだろう。
 伝統が続いたとて、偽物の姉妹は口に合わないだろう。
 犠花が女として扱われたのは、彼らの妹が生まれながらにして死したからである。
 村長はそれを、秘匿した。
 それ故に、天災が起ころうとしていたのではないか。
 間違った生贄を捧げようとしたからか、神に隠し事をしようとした所為か、はたまた必然か。
 村はその翌年、双子以外の記憶から、姿を消したという。
 後の土地にはただ、龍神のみが真実を持って眠りについたという。

4/15/2024, 10:12:32 AM