《遠くの空へ》
月のない夜空を割いたのは、夏の風物詩。
実は地面と平行に打ち上がっており、真横からではそれとわからないものもあるという。
火で色彩を放ち、大輪を咲かせることの美しさ。夜の闇が深ければ深い程、その輝きはより一層人々の心を捕らえて離さないのだろう。
職人の手によって何時間も掛けて作られ、されど誰かの前で咲く時間はその何分の一にも満たないもの。
努力が儚く宵に消えてしまうからこそ、人は美しいと思うのだろうか。
ただの色の違うだけの、火であるというのに。
とはいえ、そんな野暮なことを考えていられるのは花を前にしていないからだ。
職人の手によって、空へと打ち上げられて。
ただ一心に遠くの空へと光の軌跡を伸ばして。
ある一点、花咲くことを定められた場所で光を霧散させて。
ようやっと、空に散った色が姿を現すのだ。
それが、思わず溜め息が出るような、打ち上げ花火というものではないだろうか。
光と音に圧倒されて、苦しくなるくらいに魅入って、花火を見る。
それを大会にした最初の人には感謝しかない。
屋台の灯りとも違って、普段よく目にする人工的な灯りとも、太陽の光とも、月の光とも違って。
花火、というもの自体も美しいのである。
《春爛漫》
一度路地を抜ければ其処は——数多の欲が四季を狂わす、遊廓である。
金と酒、女に快楽。
それぞれの欲が入り交じった果ての如き、絢爛豪華な町並みは誰をも受け入れる。
然れど、金のない者には何一つ手に入らぬ町である。
金さえ積めば、病気を患った醜女から絶世の美女までもを侍らせることができる。
遊廓において、金の力は偉大なのだ。
見世に覗く瞳は艶美だが、易々とは触れられない。
気量のいい娘が素養を併せ持って、花魁と呼ばれるまでになれば。
夜と花との化身は街を巡りて華を咲かせ、人はそれを『花魁道中』と呼ぶ。
一目で魅せるその様は、神秘の如く。
往く人人を惑わす色香は、絶え間なく。
春を再演する女のことを、花魁と、人は呼ぶ。
夜も、昼と見紛う灯りに照らされて。
また一人と、色を知り欲を喰らわせる花だ。
然すれば其処は、欲の園。
四季をも越えて狂い咲く、春爛漫の町。
「——ようこそ、おいでくんなまし」
花が何時でも、欲を喰らって咲く町だ。
《誰よりも、ずっと》
天は二物を与えずというけれど、僕はそれに懐疑的だった。
——僕には数多の才能があるからだ。
『本当に、凄いよ』
勉強はどの教科も誰よりもできる。
『将来が楽しみだな』
運動だって大の得意だ。
『足が速いんだなぁ』
手先は器用だし、細かい作業も好きだ。
『よくそんなに上手くできるな』
料理に洗濯、掃除など家事もこなせる。
『助かるよ』
誰かの為に動けることは嬉しい。
『ありがとうな』
初対面の人とでも楽しく話せる。
『困ったことは無いか、そうか』
学校では誰でも声を掛けてくれる。
『みんなと楽しめてるのか』
部活もバイトも勉強もできる。
『無理してないか』
いわゆる文武両道で、完全無欠の天才だ。
『お前は本当に、』
誰よりも、ずっと、僕は優秀だ。
『可哀想な子だ』
だから、父さんは僕が引っ張ってあげられる。
『こんな家に生まれなかったら、無理なんて……』
気にしないでいいと、そう言える。
『絶対にさせなかったのに』
だから、父さんは心配なんか要らないよ。
『ごめんな』
僕という天才に任せて、ね?
『病気なんてものに、父さんは負けたんだ』
それに僕は、誰よりも、ずっと、幸せなんだから。
『お前の幸せを、誰よりも、ずっと願っているよ』
《これからも、ずっと》
「物語を紡げる人で在りたい。
誰かに“自分自身”を伝えられる人で在りたい。
言葉と誰かを繋ぐ縁のような人で在りたい。
思いを言葉で言い表せるような、人で在りたい。」
それが『読者』にとっての僕で在りたい。
《星空の下で》
人工的な光の下では、その輝きは見えにくくなる。
だから、久しぶりにここに立つと。
「——っはぁ……ッ」
魅せられる。
息の詰まるほどに敷き詰められた星々は、決して美しいとは呼べないかも知れない。
小さく、呼吸のように点滅を繰り返す星々は、意思のある大きな流れを持って成されているかのようだ。
僅かに差のある、色とりどりの輝きが空を満たす。
星の光は何光年も前の輝きというが、どうしようもなく不安定なものではないだろうか。
時折輝き、それを失うもの。
されどまた、充ちて輝くもの。
その刹那の光に魅せられる。
この筆舌に尽くし難い光景は、まだ見慣れない。
「……あぁ、」
また、一つ、星が消えたように見える。
また、一つ、星が増えたように見える。
夜空を、星空に染め上げる輝き。
「……人の命というのは、短いモノだな」
そう言って、星空の下で臨界したナニカは去った。
それは少女のようで、老爺のようで、青年のようで、老婆のようで、少年であった。
いつぞやの、誰かであった。