《エイプリルフール》
あの人が会いに来てくれた。
忙しいと言っていたのに。
ずっと、ずっと待っていた人が。
来たくないと、来たくても来れないと言っていた人が来てくれた。
だから、今日に感謝を。
名を偽って、現れた、あの人に。
あの人との繋がりを保ち続けてくれた、彼に。
《安らかな瞳》
辺りに炎が揺らめく中、独り剣を抜く。
その剣に迷いはないが、終わりは見えていた。
殿を務めることに後悔はいないけれど。
「はぁあああああああああッ!!」
国に尽くし死ぬことは最高の、騎士の役目を果たした証だと思うけれど。
——人生の後悔なんて、幾らでも浮かぶ。
ああ、もっと上手くやればよかった。
最初からやらなければ良かった。
先にこうしていれば良かったのに。
もっと、もっと強ければ。
どうして諦めてしまったんだろう。
やりたかったのに。
素直に言えていれば変わった筈なのに。
もっと頑張りたかった。
どうして上手くいかないんだろう。
上手くいかないまま、満足なんてしないまま終わってしまうのか。
嫌だ、なんて言葉ではもう何も変わらない。
だけど。
「それがどうしたっ……!! こんなものか!」
返り血ごと切り捨て、手を止めない。
今此処には敵が何万といるだけで、それが救いとなることも味方となることもないのだから。
大好きな両親はきっとこれからも、幸せに過ごしてくれる筈だ。
近所に住んでいた猫も、きっと飼い主は見つかる。
仲のいい友達は、褒めてくれるだろうか。或いは怒るだろうか。
陛下はきっと、多分、褒めて下さる。
だから、後はどれだけ剣を振りたいかだ。
「まだ、足りないんだよッ!」
剣の道に終わりはあるか。
答えは、ない、だ。
ここで潰えるのならば。
矢だろうが。剣だろうが。槍だろうが。斧だろうが。
それら総てが煩わしいだけの、塵以下でしかなくなる。
盾だろうが。鎧だろうが。
そんな芥、意に介する必要もない。ただ、少し引っ掛かるだけだ。
そんなものに、絶たれる道ではない。
「……まだ…………終わりたくは、ない……ッ」
そう言いたかった。
けれど、血が流れて、肌が焦がされて、刺さって、斬られて、穿たれて、燃えて。
それでも立っているのがやっとで。
「……あぁ、そうか。もう、成すべき、役目は果たしたん……だな……」
炎の中、まだ向かってくる敵の影を認めて何とか剣を構える。
幾つもの仲間の亡骸を越えて現れたそれは、敵国で英雄と呼ばれている者だった。
指揮を執っていると聞いたそれを、この場まで引き摺り出せた。
それこそが目的であり、完遂の証。
「強者との立ち合いは……これで、最期ッ……!」
剣を交えて、刹那、地面が近くなった。
衝撃に耐え切れず相手の剣に斃れる前に、自分から倒れたのだ。
そんな、勿体ないことをしたくはない。
それでも、今の剣が最期だったのだろう、体は少しも動かない。
「…………言い遺すことはあるか」
英雄の慈悲か、矜恃か。
抵抗のできない敵を一方的に殺したくないのだろう。
「……お前にとって俺は、そんなにも弱者か」
生憎と甘えるつもりはない。
「……悪かった、言葉を間違えたな。……名を教えてはくれないか」
剣が振り下ろされる様を妙に長く感じながら、声を絞り出す。
「——アイシャ」
きっと、騎士らしくもない、誰かに覚えていて欲しいと願う男の声だったのだろうが。
それでも、英雄と呼ばれている者は。
「いい、名前だ」
そんな一言に声を残してくれた。
それが餞で、最期に聞いた音だった。
アイシャ——意味『生きている』。
《ずっと隣で》
確証なんてものを持ち合わせている訳では無い。
いつ破られるのか、そもそも、破るも何も無いのか。
それすらも知り得ない事だった。
けれど、ただ願っていた。
「隣に居させて欲しい。どんな関係だって構わないから。好きだけど、それが恋愛なのか友情なのかは僕にもわからないから」
まだ十歳で知って、話して、その時は恋に落ちた。
それから僕はまだ、君を嫌いになる理由を見つけられていない。
好きなところしか見えない盲目さは、恋や憧れ、推しに対する感情なのだろう。
それでも、一緒に居て落ち着くだとか、一番楽しい時間をくれるだとかは何処に分類されている感情なのだろうかはわからない。
「好きだから、付き合ってくれ。そう言われたら頷くけど」
恋人同士の接触がしたいかと聞かれると絶対にそんなことはない。
自分にコンプレックスがあるのも否定しないから。そういう人が、精神的恋愛思考を持つとも聞く。だからなのかも知れないし、また違うのかも知れないが。
とにかく、僕は僕を余り好きでないから。
君と手を握ることすら、まだできない。
肩のぶつかる距離で、息の掛かる距離で話すことは常にあるのにも関わらず。
「別れたい、って言われても頷くよ。その代わり、しっかり友達に戻ってもらうけど」
友達になったとて、僕らの距離感は全く変わらない。だから、お互い恋愛感情の『好き』なのかわからなくなるのだろう。
そして不安が募った僕が、愚かな真似をする。
そこまでがワンセットなのかも知れないし、そうでないのかも知れない。
だから。
いや、だけど。
「一緒に居たい気持ちは同じだよ」
それの正体なんて、まだわからないけれど。
ずっと、出会った時から変わらないまま大人へ近付いてきて。
強く、ふとした時でも、悩んでいる時でも思うのは。
「ずっと隣に居たい」
君の笑顔が、とか。
声が、とか。
匂いが、とか。
全部ひっくるめて、そうなんだと思う。
好き。大好き。
なんて言葉は、僕にとってどれだけの重みなのか。
それが全く分からなくなった。
君の隣に居続ければ、いつかはわかるって思ってるんだ。
「だからそれまで、居て欲しい……かな?」
何を今更、って君は笑ってくれるかな。
《たまには》
「こういうのもいいんじゃない?」
いつもだろっつったこと、まだ根に持ってんのか。
「だってさぁ、疲れちゃうのは仕方ないよ」
甘えだって言ってるだろ。
「だから許してよ」
許す許さないの前に、勝手に消えるんだろうが。
「ごめんね、置いて逝っちゃって」
また、を付け忘れんなよ、馬鹿野郎。
たまには短くてもいいですよね……?
幾つさのお題混ぜててキメラ爆誕目指してるのかなって……恐ろしく筆も遅いし……僕なんですけど。
《欲望》&《たった一つの希望》
&《大好きな君に》
それを情だと勘違いしていた頃が、酷く懐かしく思える。
今にして思えば、元より枯渇を早めるだけの存在であり関係でしかなかったというのに。
月明かりに晒された、異様に白い肌が視界を焦がす。
「何の真似だ。首の詰まった服以外は着るなという約束だった筈だが」
興奮を抑えた声は、思いの外低かった。
「……約束破ったのはそっちだろ」
はっとした。
気付かれていたのか、と驚くが安堵もした。
目の奥が熱くなる。
「そうだな、俺の方が早かったな」
だからもう、いいよな。
恐らく抵抗はないだろうとみて前に立ち、両手を拘束することもなく肩を押す。
「ふぅん。潔いいんだね」
「……っ、はぁ……はっ…………」
緩慢な動作とは裏腹に、呼吸は急いていた。
喉が、渇いた。
ただほしい。
「いーけど、後悔しても知らないよ……」
予想通り、寧ろ受け入れられる形で視線が合った。
自分の影が落ちたその首に顔を近付ける。
後のことなんてどうでもよかった。
この渇きが満たされるのというのなら。
「…………ッ、ぁ」
歯を立てて一瞬の抵抗の後に、黒く染まった紅が溢れ出す。それに舌が触れた瞬間、甘みが走った。
狂おしい程甘美で、濃厚なそれ。
渇望を満たすが為の、最高に美味しいと思えるものだ。
「あッ……やっぱり、慣れっ……ない、な……」
何かを言っているが、どうでもいい。
ただ、渇きを埋めたい。
至高の甘みとやらに、支配されていた。
約百年ぶりの味だ、無理もない。
生まれたのは七百年程前だったように思う。
それから、姉と慕う存在が獲物を分けてくれた。
少しして力が付くと、赤子を狩るようになった。抵抗もされずに手に入るからだ。
狩りの対象が赤子から子供へとなり、大人へと変わるまでに半世紀も掛からなかった。
それから、百五十年は飽く程好きに生きた。
食事ではなく快楽が為に狩ることもあったし、浴びる程飲んだこともあった。
きっと、恐らく当時は恵まれていた。
だが、今から五百年前に誤って同族の血を飲んでしまった。
過度な甘さを誇るそれは、一口で吐き出してしまう程だった。
本来であれば、狩る側の存在が狩られる側に堕ちることは屈辱だろう。
だが、アレは少し頭が可笑しかった。
喜んで迎えたのだ。
それ故に、実際に歯を突き立てるまでは同族だと気付けなかったのだ。
そしてそれ以降、多くは求めなくなった。体が拒絶するのだ、仕方がない。
相手が枯れてしまっても、都度吐き出したからか十口しか飲めていないということが多くなった。
赤ワインで気を紛らわせ、時に肉を食らって気休め程度に摂る。
そんな日々を四百年続けた頃、最低最悪の夜を迎えたのである。
*
ここまで必死にがっつかれるとは思っていなかった。
耳元で声がしている筈だが、それすら聞こえていないだろう。
「……い、たい……て……っ……」
下手くそ、ブランクが長い。
煽ったのはこちらだが、きっかけを作ったのは向こうだ。
「も……二度と……飲まないっ、て、言ってた……のにッ……」
嘘吐き。
心の中で続けた言葉は、今の思い出によるものではなかった。
遠い誰かの、いや、自身の記憶。
今から百年程前のこと。
再会した当時、弱くなっていた理由を知りたかった。
彼はお前の所為だ、としか言わなかった。
一度そちら側に立った存在を同族として認められず、餌として殺す気でしかなかったのだ。
だから敢えて利用した。
次は——人間がいい、と願いながら。
予想通り、抵抗もせず好きにさせていても餌としての役割以上を求めてこなかった。
爪で掻くこともなく、悪戯に斬ることもない。ただ手や指で皮膚を、口でその下とを触れるだけだった。
零れるのも気に留めず、首では飽き足らず、手、指、脚、腕……好きなように味わっていたのだろうか。
いや、酷く飲めたものではない、とその瞳は物語っていたから、彼の矜恃の成せることであったのだろう。
同族は餌としてはならない。
それが我々には本能的に備わっている。
なぜなら、元々甘いからだ。
甘ければ甘い程求める存在である我々にとって、同族が餌となるのは面白味がない。
我々の存在自体が高貴なのであって、そこに優劣も上下もないとしたのだ。
対して人間のものは差程甘くない。だが、そこに感情が加わることによって甘味を増すのだ。
その増した甘みの方が蕩けるようで、我々を特に魅了するのだった。
けれど、興味が湧いた。
どんな感覚がするのだろうか、と。
食事中に餌は快感を覚えるらしく、それが首だから覚えるのかと気になったのだ。
果たして、首からの行為は酷く快楽に満たされた。後に聞いたことだが、首は性感帯の一つされている。それが理由なのだろうか。
たった一度、一口でそう感じたのだ。
果てるまでそれを繰り返された時、どうなるのだろう。
そう思って四百年経ち、再び会うことができた。
体の至る所から歯を立てられたが、それらも脳に無理やり快楽を捩じ込まれたかのように感じられた。
ああ、そうか。
これが餌の終わりで、快楽の中で死ねるということなのだろう。
けれど、満足したわけではなかった。
彼も同じ気持ちに堕としたい。
そう願ったからか、運命の悪戯か。
想いは叶うのだと知った。
意識が戻っても、人間として生きることは不快ではなかった。
寧ろ目新しいことだらけで、永い時を過ごしたが退屈の多かった頃を思えば楽しかった。
一番の理由は、偶々彼と出会えたことだろう。
それも定められていたのかも知れないが、物心つく前から傍に居てくれた。
それで、終わりは定まったのだ。
「これで、漸く——」
吸血鬼の恍惚とした目で血を啜る様を見て、吸血鬼であった少年は笑った。
「大好きだからね、ずーっと」