望月

Open App
1/24/2024, 9:51:24 AM

※若干のグロテスクな描写がありますので、ご理解の上ご覧下さい。

《こんな夢を見た》

 私の意志とは関係なく動く四肢が、貴方を喰らってしまう。
 けれど、何故かそれはわかっているのに私には貴方を顔しか見えていない。
 いや、顔以外を見ないようにしているのだろう。
 だから、私の視界の端に映る紅以外は、涙を流す貴方の顔しか見えない。
「……ごめ……大丈っ夫……だか、ら……」
 何故泣いているのだろう。
 何故謝るのだろう、わからない。
 断片的な世界を見る。
 視点がブレて、私が私でないような感覚に陥って、それでもなお。
 体は動き続けている。
 千切って、爪を立てて、抉って、爪を立てる。
 見ていなくとも感覚で伝わってくる肉の感触が、私に自然と言葉を紡がせる。
「……もう嫌、お願い……止めて……殺して……!」
 懇願さえも私の体を止めるに値しないのか。
 狂って、狂って、叫んで——。

 目を開けると、そこは真っ暗だった。
 血なまぐさい匂いが鼻を突く。
 視線を落とすとそこには、大好きな貴方の瞳があった。

 ——夢じゃ、なかったの?

1/22/2024, 9:39:08 AM

《特別な夜》

 月の無い夜は、格別だ。
 闇夜を照らすのは星の弱い光のみとなり、より宵闇が深くなる。ましてや、人工的な灯りも少ない村では更に深くなる。
 我らにとっては好都合としか言いようのない夜。それが、新月の夜なのだ。
 耳に痛い程の静寂の支配を解くべく、耳をつんざく様な悲鳴を奏でることの、なんと愉しきことか。
 自然と嗤ってしまう。
 光が無いだけで、ヒトとはかくも弱くなるのか、と。
 光は、ヒトにとって重要なものであった。それが熱となり、辺りを照らすものとなり、生きる活力となり、標となるからである。
 我らにとっての闇のようなもの。
 それが殆ど奪われた夜の世界においてヒトとは、圧倒的弱者である。
「——何の真似だ? 視えているぞ」
 だというのに、ヒトは夜の内に滅んでしまわないのだ。この地に生まれ数千年間、繁栄を続けてきた。
 それがこの、
「【熾天使】セラフィム、今宵貴方を狩りに来ました。——闇に永遠に消えるがいい」
 天使の存在によるものだった。
 そも、ヒトという種はこの地に存在していなかった。
 この地には、悪魔と天使しか存在していなかったという。
 互いに決して交わらぬことを神より定められし理としながら、地続きの大陸に存在していた。
 そして幾星霜もの時が過ぎ、それは起こった。
 ある悪魔と天使が恋に落ち、結ばれたというのだ。
 理に反した彼らには居場所などなく、両族から追放され、やがて、悪魔と天使の国を隔てる不可侵の森に辿り着いた。
 そこで、悪魔と天使の間に生まれた子が、ヒトである。
 彼らは不可侵の森をヒトの領域として、ヒトの守護者となる。
 そして、ヒトが絶滅することなく数千年の時が流れた。
 天使は悪魔にそそのかされた結果であり、生まれた命は守るべきとした。悪魔は、生まれた命があるからこそ理に反したという事実が成立しているのだと、ヒトを消そうとした。
 だからこうして、対峙しているのだ。
「随分なご挨拶だな、セラフィム。天使の中でも最上位の貴様が出てきたということは、我を買ってくれている様だな」
「戯言を。ソロモン72柱が一体、サレオスめ」
 我のことを知っている様だ。
 ならば、話は早いというもの。
「いかにも。我は、男女間に愛を芽生えさせることで有名な、サレオスである。して、何の用だ?」
「……今宵の殺戮だけではない。ヒトがヒトである所以を知っていそうなのは、貴様くらいだからな」
 なるほど、過去を知りに来たのか。
「それであれば、我よりも適任の者がいるであろうが……さしずめ、元凶を叩きに来たとでも言うつもりか?」
「そうだ。覚悟しろ」
 まるでヒトの様に、悪魔が憎いとばかりに我を睨んだセラフィムはまるでわかっていない。
「戦ってやるのも良いが、一つ聞いておこうか」
「……なんだ」
「何故悪魔はそれ以外のモノではないというのに、【堕落天使】などと呼ばれることがあるのであろうなぁ?」
「……それは……ッ——まさか」
 はっとした表情を見せるセラフィムは、少し固まっている。
 その内に背を向け、我は闇に歩き出す。
「……おいっ、待て! まだ話は終わっていな、」
「自分の頭で考えるが良い! 果たして、真の裏切り者とはどちらであろうなぁ!!」
 今日は邪魔をされたが、最高に気分がいい。
 初めて天使の最上位たる熾天使が娯楽となった。
 まさしく、数百年経とうとも今夜は、特別な夜となるであろう。

「愛とは、理如きが縛ることのできるモノではない。そうだろう? 愛の熾天使、セラフィムよ」

1/20/2024, 10:21:14 AM

《君に会いたくて》

 ——勇者が捕まった。
 その報せを聞いたのは数分前だ。
 執務室で仕事を捌いているどころではなくなり、制止する兵たちをものともせず地下牢へと駆け下りた。
 階段を降りた先にあるのは一本の廊下だ。その両脇に牢獄が並んでいるが、その怨嗟の声すら少しも届いていないだろう。
「おい、何しに来たんだこの馬鹿野郎!!」
 見張りの兵を押し退け、リヒトは怒号と共に地下牢の最奥へ辿り着いた。
 薄暗いこの場所ですら、金髪碧眼で整った顔立ちといういかにも人気が出そうなその容姿がわかる。
「……お、元気にしてた? 九日ぶりだな、リヒト」
 身動きが取れないにも関わらず屈託もなく笑うのは、捕縛された勇者——カレットだ。
 いつもと変わらぬ飄々とした態度で牢獄に繋がれている彼には、魔力を封じる手錠が掛けてあった。
 勇者を殺すというのは、言葉ほど簡単ではない。だから、捕縛という措置を取ったのだろう。
「……それで、どうしてお前がここにいるんだ」
「いや、だから魔王軍に捕まっちゃったんだって。見ての通りだろ? リヒト」
「それがおかしいから聞いてるんだよ!」
 そう、カレットが魔王軍如きに捕まる訳がないのだ。なぜなら彼は、単純に強いから。
 つい九日前にも、魔王軍幹部の攻撃を去なしながら茶番を繰り広げた男だ。メンタルも強い。
「いや、リヒトが急にいなくなるから……心配してたんだ。それで、倒した魔物から話を聞いて捕まることにしたんだよ」
「したんだよ、じゃねぇ!! 普通に考えて来るか!? ここ、敵地だし敵の本軍だぞ!」
 魔王と勇者なんぞ、どの物語でも対峙する運命にありそうなものを。
 その敵陣に、武器も奪われ捕縛された状態でのこのこと現れる大馬鹿者がいてたまるか、とリヒトは大きな溜息を吐く。
「いや、だからこそ捕まったんだって。わかるだろ? これが最も速くて堅実な、君に会う為の方法なんだ。勇者が捕まった、なんて重大な報せを全体に伝えない訳ないし、そう聞けば君は確実に会いに来るだろうから」
 少し納得する部分もあるが、それでも勇者の取るべき行動ではなかったと思う。
 だが、もう何を言っても意味がない。
 今カレットのいる牢獄は最凶の罪人の為の牢獄で、この地下牢の中で最も頑丈で抜け出しにくい位置にあるのだ。
「それで、どうやってここから逃げるつもりなんだ? 知ってるだろうが手錠の鍵なんてないし、ここから地上に出るのも一苦労だぞ」
「何言ってるんだ? 助けてくれるんだろ、リヒト」
 この男正気か、とリヒトは呆れた目を向けるが、必ず助けてくれると確信しているようだった。
 だが実際、そうしない理由もない。
「わかった。手錠は外してやる。牢獄から出られるようにはしてやる。けど、そっからは自分で何とかしろよ。俺はもう知らないからな」
「連れないこと言うなよ〜。というか、僕から頼んだものの手錠に鍵穴すらないのにどうやって、」
 カレットが言い終わらない内に手錠が木っ端微塵に弾けた。
 当然、リヒトが魔法で壊したのである。
「……今の、なに」
「え? ……ああ、簡単な魔法だ。手錠は魔力を遮断する特別な金属でできてただろ? 特別とはいえ金属は金属だから、風化させれば塵も同然になる訳だ」
「……リヒトってさ、やっぱり凄いよね」
「あ? 急に褒めて何だよ……怖ぇよ」
「そんなことより、早く行こうか。気付かれたみたいだしね」
 その言葉に振り返ると、たしかに、見張りの兵がいなくなっている。
 上司にでも伝えに行ったのだろう。
 裏切った筈の賢者が勇者の脱獄を助けた、と。
「一本道しかねぇぞ、ここ。どうやって出て行くんだ? 全部斬るか……って武器持ってないよな」
「まぁ見てなよ、リヒト。体は動かさないで、必要に応じて魔法で援護よろしく」
「は?」
 リヒトの返事も待たずにカレットは、彼を抱き上げた。俗に言う、お姫様抱っこである。
 状況の理解に必死なリヒトをさておき、カレットは廊下を駆け抜ける。見張りの兵も何もかもを無視して、突っ切って行く。
「まず僕から逃げないでよ、リヒトー。言ったろ、僕みたいな勇者の隣に立とうって思ってくれるのは君だけだって。……僕は君以外に背中を任せられる相棒がいないんだから」
 文句を垂れながら階段を駆け上がり、追われるままに走った。
「……え、俺何でお前に運ばれてんの?」
「今更そこなんだね。僕より足遅いでしょ、君」
「逃げる為にはこれが手っ取り早いってことか、なるほどな……って良くねぇけどな!? 全然!!」
 納得は行かないものの、今この状態で下ろされてもリヒトは困る。
 何気なく辺りを見ていると、見覚えのある廊下を走っていることに気が付いた。
「おい待て! この先にはッ——」
 リヒトの制止も聞かず、廊下の最奥まで駆け抜けたカレットは扉を蹴破った。
 辿り着いたのは、大広間。
 シャンデリアが不気味に部屋を照らす中、カレットの足は止まらない。
「……勇者か。よく来たな」
 威厳のある声が響く。
 この部屋の主——魔王の声だ。
 だが、カレットはそれを聞いてもなお止まらず、聞こえていないかのように更に加速する。
「……勇者か。よく来たな」
「魔王が無視されてる!? カレット、おい、辞めてやれよ! 魔王だってプライドがあるだろ!!」
「わかった。今それどころじゃないんだ、また今度にしてくれ」
 あんま変わんねぇよ、と叫びかけたリヒトだが、口にする間もなくカレットが大きく跳躍した。
 そのまま魔王の手にあった剣を奪い、後ろのガラス窓に衝突。
 ガッシャァアアン、と素敵な音を立ててリヒトの六倍はあろうかという高さの窓が砕け散った。
「可哀想だと思わんのかお前はー! つか何しに来たんだよ本気で!! 魔王城来といて魔王無視って、それでも勇者かよ!?」
 高所にいる恐怖と混乱が合わさったリヒトの悲鳴は良く響いた。
「耳元で叫ばないでよ。あのね、僕は別に魔王を倒しに来たんじゃないから」
 カレットは困ったように笑って、
「君に会いたくて来たんだよ? 家出されちゃったからね」
 空中で聞くには、小さな声だった。
 だが、リヒトにはしっかりと届いた。
「うるっせぇ、ばーか!」
 耳を赤くしたリヒトは、暫くカレットの胸に顔を埋めたまま動かなかった。

1/19/2024, 7:45:03 AM

《閉ざされた日記》

「お父様! 本を読んではくれませんか?」
「本? もちろんいいぞ、どれがいい」
「わぁ、ありがとうございます! 僕はこれがいいです!」
「……その本は、」
「お願い、お父様。僕はこの本が聞きたい」
「……はぁ、わかったよ。ただマリアには内緒だからな?」
「うん、お母様には言わない!」
「ああ。……これは、王へと成る物語だ——」


 オレの様な孤児も暮らす貧民街では、明日を生きられる確証が無い。
 微かな残飯を奪い合い、街ゆく人から金銭を盗み、今を生き抜くことだけを考える。
 当然奪い合いの中で殴られることもあるし、盗みがバレれば蹴られることもある。ましてや富裕層など、この街で暮らすオレたちのことを人間だとは思っていないだろう。
 それでも、その生を疎まれながらも生きる。
 それが、オレの毎日だ。

 急に衛兵が来て、そいつらに金を渡されたという連中がオレを衛兵に突き出した。
 すぐにオレは、表街の独房に閉じ込められた。一週間反省していろ、とのことだったが、心当たりがありすぎてなんのことだか分からなかった。
 結局そこから出られたのは、かれこれ二週間が経とうとしている頃だった。余罪が多かったっぽいけどまだ小さいガキってことで一旦許された……とかなんとかで。たしか。
 貧民街で共に盗みなどをやっていた仲間の元に戻ろうとしたら、そこには何も無かった。
 衛兵曰く、王が国の浄化だ、と言って燃やしたらしい。貧民街を、丸ごと全部。
 つまり王は、オレたち貧民を皆殺しにした。朝方に焼かれたと言うから、きっと、生きたまま迫る炎に身を焼かれたんだろう。
 どれ程辛いものなのかは分からないが、きっと、苦しかったろう。
 だからオレは、こんな国を変えることを目指すことにした。オレの仲間の復讐の為に。

 戦闘センスがあってよかった。
 オレは傭兵として名を挙げ、今や貴族の護衛としても雇われる程の実力だ。
 そして、遂に待ち望んだ奴らから声が掛かった。
 王太子殿下の、護衛の依頼だった。
 これは、好機だ。絶対にこの機会を逃したりしない。
 その日の為にオレは準備をする。
 誰にも知られないようにするのは、絶対だ。


「……ふ。なんだ、もう寝たのか? これから物騒な場面から離れるというのに……いや、そんなこともなかったな。次のページから初の王族殺しの感想を語ってる……寝てくれて助かった……」


 オレは遂にやったんだ! この手で……!
 やった! オレでもあいつらをやれるんだ!!


「二行読むだけでこれ以上は見るに堪えないな……若いが故の暴走……にしては規模がでかいか。まあ、これを寝物語にする息子も大概だがな。……というかこの日記は、王にとって消すべき過去として鍵を付けてたはずなんだけどな、酔って開いたまま忘れてたのか。……またな、『オレ』」

1/18/2024, 9:37:41 AM

《木枯らし》

 季節から少し外れた、冷たい風。
 バサリと音を立てて着地したそれは、僕の後ろでゆらりと立ち上がった。
 黒い翼を軽く畳むようにして閉じ、その手を僕に伸ばす。
「いや、普通に現れてくれる!?」
「充分普通だろう?」
 空から現れることが普通なのは、どこぞのヒーローだけだ。
 少なくとも人間からすれば普通とは言えない行動だが、それを簡単に取ってしまえるのは彼だからこそなのだろう。
「で、何しに来たんだよ。魂ならやんないぞ」
「ほら、契約に則り何でも願いを言え、叶えてやる」
「代わりに死後の魂をお前に奪われるんだろ、やなこった!」
 悪魔、と呼ばれる存在の彼は普通の人の目には映らない。
 だが、時として『視える存在』というのがいるらしい。それは人に限らず虫や動物にもいるというが、僕もまた、その『視える存在』だった。
「今日も木枯らしを背に、迎えに来てやったというのに……」
「カッコつけんな。単純に高いとこ飛んでてそっから急降下したら空気ごと来ちゃったんだろ」
 無駄にギラギラとした笑顔でポーズを決めているが、本当に無駄だ。
 このカッコつけたがりめ。
「ほら、契約書にはしっかりと血印が……」
「それ初めて会ったときあんたが顔面に突っ込んで来た所為で鼻血出ちゃって、それがちろっと付いただけじゃんかよ」
「それでも契約者の血だからな、血印扱いで問題ないぞ、うん」
「うっかり付いた鼻血でも!? 最低だ!」
「そう褒めてくれるなよ……照れるだろ」
「褒めてるわけないだろー! ああでも悪魔だから罵倒しても逆効果か……?」
 こうして頭を悩ませるのも、よくある話だった。僕らのいつも通りの会話だ。
「ほんと、うざい。——消えてほしい」
 罵倒が意味をなさないことを理解しながら、僕はそう続けた。
 すると、悪魔は黙り込んだ。
 いつもならまた『またまたぁ、照れちゃって』みたいな、そんな反応をするのに。
「……そうか。わかった」
 そう言うと悪魔は僕に背を向け、飛び去った。なんなんだ一体。
 それからというもの、幾ら悪態を吐いても、幾ら契約に同意するからと叫んでも、悪魔が姿を現すことはなかった。

 ——そうして僕に木枯らしが吹かなくなって、三年経った。
「少しだけですからね、いいですか?」
 看護師さんの窘める声を背中で受けて、僕は窓を開けた。
 春の心地よい風に目を閉じると、ふと、春の陽の光で柔らかくなった、少しの冷たさを感じた。
 馬鹿な、そんなことがある筈がない。有り得ない。
 頭では否定していても、これは、木枯らしだった。それも、酷く懐かしい。
「……久しぶりだな」
 答えはないが、そこにいるのはわかっている。
「……たった三年だけど、僕は随分変わっちゃったよ。だから君に、願いがあるんだ」
 そう。ずっと心の中にあった願い。
「——僕の友達になってくれないか」
「その代償に、死後の魂を捧げるのか」
 ああ、懐かしい。聞きたかった声がする。
「そうだよ、だって君は悪魔だ。代償なくして願いを叶えられないんだろ? 憐れだね」
「本当に憐れなのはお前だ。見えなくなって、その目を見えるようにしてほしいとも望まない、悪魔なんぞに友情を求めるお前だ」
 悪魔の言うことはもっともだと思う。
「でも、それが僕の契約書に書く内容さ。呆れた?」
「ああ、お前ほどの阿呆はいないな」
 そうか、僕くらいなのか。
 なら、君の中に、僕との記憶が残れば嬉しいな。

 木枯らしは、目に映らずとも悪魔を感じさせてくれる。だから僕は、木枯らしが好きで、悪魔も——。

Next