『呪文名:ココロオドル』
「ココロオドル1:この呪文は、相手の『魂』の善悪を判定して裁くことができるんだミュ。
失敗すると、きみの約16日分の生命力を削るけど…。
まあ、魔法少女に多少の犠牲はつきものなんだミュ」
見たこともない生命体が、なんか好き勝手に言っている。
道端に落ちていた、ステッキを拾ったのがいけなかった。
小さな子どもが喜びそうな、きらびやかな装飾が施されているもんだから。
妹に見せたら喜ぶかな、なんて思ってしまったんだ。
「ココロオドル2:この呪文は、『時間』を2AWP/だけ進めてくれるんだミュ。
対価に、きみのこれからの行動すべてに不運が作用してくるけど…。
魔法少女に選ばれた時点で、世界の不幸を担うのだから、些末なものなんだミュ」
未確認畜生が、なんかわけのわからない単位みたいな言葉も交えてのたもう。
これ見よがしに落ちていたステッキだった。
それこそが、そもそもの罠だったのかもしれない。
「ココロオドル3:この呪文は、『愛』を05倍だけ強くーーー」
まだ続きそうな理解できない説明を、挙手で遮る。
「魔法少女自体を辞退する呪文はあるの?」と。
「あるミュ。その呪文のせいで僕らの世界では、深刻な魔法少女不足に陥っているんだミュ。
『リリカル』なんて簡単な呪文じゃなくて、もっと難解で言葉で表しくいものに変えるべきだミュ」
私は間髪いれずに唱える、「リリカル」と。
その瞬間、目の前から不条理を言い渡してくる物体Xは消え、ついでにステッキもなくなった。
やれやれ、ひどい目に合うところだった。
これで、魔法少女にならずにすんだのだ。
なんだかんだ言って、普通の人間が一番いいんだから。
完
2024.10.10
『ザムザ』
昼休みに一瞬だけ、うとうと寝てしまったのがいけなかったのだろうか。
目が覚めたら、友達が虫になっていた。
「む~、む~、むぅ?」
などと鳴きながら、教室をウニョウニョと動き回っている。
「……なにこれ?」
『何』ではなく『虫』だ。
はっきりと判る。
判ったとて、だ。
あたしは寝ぼけているのだろうか?
……目を擦り、瞬きをしてみるが結果は変わらない。
どう見ても虫である。
教室にある机ぐらいの……ダンゴムシ?
いや、小さなハサミがあるから、ゲジゲジかもしれない。
しかし、ハサミがあるということはゲジゲジではありえないわけで……うーん。
まあ、いいか、ゲジゲジで。
ちょうど、昼ご飯にと一個丸々もってきていたリンゴが視界に入る。
ぶつけてみる?虫嫌いだし。
「あ、いや、でも」
嫌いな虫とはいえ、あたしの友達なんだった。
いつも一緒にお弁当を食べている友達だ。
「で。なんで虫になっちゃったの?」
「む~?」
「わかんないか」
あたしはリンゴを机に置き、ウニョウニョと動き回る友達ことゲジゲジを観察する。
「人間が虫になるなんて、きみはザムザか何か?」
「む~」
「とりあえず、助けてあげたほうがいいよね?」
「むぅ?」
あたしは席を立つ。
すると、ゲジゲジは慌てたように逃げていってしまう。
「あ、待って!」
「む~……」
しかし、すぐに戻ってくる。
そして、近づこうとするとまた逃げていく。
それを繰り返すうちに教室を出ていってしまった。
そういえば、と思い出す。
友達はあらゆるものに、影響を受けやすい性格の持ち主だった。
つい最近、四時四十四分に合わせ鏡を実行して異世界に飛ばされたばかりだ。
連れ戻すのに苦労したんだよね。
今回のことだって、もしかして……。
なんか秋だからという理由だけで、読書に目覚めたんじゃ。
だとすると状況的に選んだのは、やっぱり『変身』だったり?
「ザムザって最後は死ぬんじゃ……」
廊下からたくさんの悲鳴が聞こえて、慌ててあたしも教室から飛び出した。
とりあえず、小難しいことは後回しにして、虫になってしまった友達を保護しなきゃ。
友達やめようかな、なんてちょっぴり考えながら……。
完
2024.9.26
『線路』
私の部屋の窓からは、線路が見える。
線路とはいっても電車は走らない。
廃線となった寂れた線路だ。
生えっぱなしの草が、今では我が物顔で占拠している。
ある映画のワンシーンに憧れて、線路をこっそり歩いたこともある。
夏だったこともあって、無数の蚊に刺されて二度と近寄らなくなったけど。
だけど、虫刺されを気にする必要のない、この部屋から眺めるのは好きだ。
視界に影が入り込んで、線路を見ると、遠くのほうから電車が見えた。
廃線だから、もちろんそんなことが起こるはずもなく……。
「あー、なるほど今週もか」
仕事疲れの寝不足状態、気力体力0状態ーーそんなコンディションのときにだけ、なぜか走る電車が見えるのだ。
幻の電車は陽炎の中を突き進んでくる。
私はそれに向かって手を振った。
「やっほー。元気ですかー?」
なんて、意味のない言葉を見えない乗客に投げかけてみる。
当然、反応はない。
「私は生きる屍じゃー!」
そう自棄になって叫んでも、やっぱり反応はなかった。
「そっちはどうですかー?」
と、聞くけれど、もちろんこれにも答えが返ってくるはずもない。
でも、なんとなくだけど、この線路の先に向かって本当に走っているんじゃないかなって。
私は漠然とそう思っている。
そして、たまたまこのコンディションのときだけ私の目にも見えるんだ。
だから、私は今回も語りかける。
「週明けから、またがんばります!!」
私の言葉が届いているかはわからないけれど。
それでも、こうして私は線路の先へと思いを馳せることが好きなんだ。
完
2024.9.26
『さよなら来世、まだ現世』
ばあちゃんが静かに語りかけてくる。
いいかい?よくお聞き、と。
「わたしたち妖怪の存在は人間さまのお陰であると知りなさい。恐怖を与えるのは、ただひとりの人間さまの為にするものではない。多ければ多いほどいい。
ー…、おまえは人間さまから忘れられてはいけないよ。そうなったら、人間さまの恩恵から与えられるわたしたち妖怪の存在は、形をなくすのだから」
わたしは五歳だった。
それを理由に言いわけをするわけじゃないが、当時は難しくて理解できなかった。
それよりも、長時間正座をしていたからか足の痺れの方が気になった。
ごまかすように、小さく足の指を動かす。
ばあちゃんが説教する時はいつもくどく、そして終わりが見えない。
ポケッとそんな風に意識をそらしていたら、苛立つ気配を感じて、慌ててうなずいた。
話は、ばあちゃんが納得するまで続いた。
きっと、わたしがちっとも理解できていないことに気づいていたんだ。
いつまでも終わらないことが、それを証明していた。
ばあちゃんが繰り返し教えてくれた言葉。
その言葉の意味を理解できるようになったのは、わたしが百歳をこえたあたりからだ。
わたしの夢は来世で猫として生きることなので、さっさと現世を終わらせたい。
妖怪なんて、もともとあってないような、形のないものなんだし。
だから、わたしは誰ひとり驚かす真似もせず、絶賛引きこもり中だ。
だというのに、いまだにわたしたち妖怪を信じるものがいるもんだから、夢の実現は未確定だし、ばあちゃんもまだ当然、生きている。
完
2024.9.25
『少年イカロス』
「てっぺんまで登ると、太陽に手がとどくんだ」
俺のとなりで、ジャングルジムに登っていく遊歩が言った。
「そうなの?すごいね」
そう答えるも、俺は信じてなどいなかった。
でも、遊歩は真剣だった。
「うん。だから、登るんだ。登って世界ではじめての太陽にふれた人間になるんだ」
それからは、二人して黙々と登った。
てっぺんから見える景色はいつもの公園でしかなかった。
当然、太陽だってはるか頭のうえだ。
「イカロスにならずにすんだね」
ちょうど音楽の時間に習ったばかりの歌を思いだす。
所詮、人間は太陽にはさわれない。
わかっていたことなのに、なぜかひどく落ち込んできた。
「遊歩?」
ずっと黙ったままの親友が気になり、横目で彼を見た。
遊歩は器用に腰かけながら、両手をめいっぱい空へとのばしている。
キラキラと瞳をかがやかせながら、「あったかいな」とつぶやいた。
「え?」
「すげぇ。な?そう思うだろ?」
遊歩はニッと笑顔を浮かべながら、俺に同意を求めてくる。
彼と空とを交互に見るも、太陽の位置はかわらないままだし、俺は遊歩のようなかがやきも持っていない。
キラキラな心を持ってジャングルジムに登ったら、感じ方もかわるとでもいうのだろうか。
遊歩、おまえは太陽にさわれたのか?
結局、真偽を確かめることもできないまま、その日はサヨナラした。
俺はまだ子どもで、頭のなかの世界はすごく狭くて、自分のまわりのことだけが全てだった。
大人になれば、世界は拡がっていくのだろうか。
だといいな。
そう思っていたのは、昔のことでーーー。
上司からのチクチク言葉を反芻しながら、公園のベンチに座り空を見上げる。
太陽に手をのばしつつ、かつての親友でもあった遊歩を思いだしていた。
彼とは中学にあがり、少しずつ疎遠になっていった。
なあ、遊歩。
今もかがやきを忘れていないか?
今も心にイカロスを宿しているか?
そのイカロスは、大人になった傲慢さで太陽に焼かれていないか?
どうか、かがやいたままのおまえでいてくれ。
できうるならば、いつまでもそうであって欲しい。
それがひどく一方的な願いと知りながらも、強く思わずにはいられなかった。
完
2024.9.24