卒業式が終わった。
担任の結びの挨拶もあと少しで終わる。
授業中に目で追ってしまうことも
妄想に胸を膨らませることも
きっともうない。
同じクラスだったのに
言葉をまともに交わせたのは
確か文化祭の前準備の時だけ。
「ありがとな!」って彼の言葉は
ただのクラスメイトに対して発した
フラットでなんの特別もない感謝だった。
何にも知らない
屈託のない笑顔を向けられた時
傷つけちゃいけないって思った。
私の好きな人は
私の好きな人のまま
終わることができる。
彼は友人と楽しそうに話しながら
私の横を通り過ぎて階段を降りていった。
何気ないふりをして近づくことは出来なかった。
本当の偶然をただ祈るように待っていた。
待っている時間で満足できた。
咲かず散らずで綺麗なまま
そっと胸の奥に仕舞われる
私の初恋。
ハッピーエンドって
人生の途中の中継地点で得られるご褒美みたいなものだ。
だってハッピーなのだから。
例えば
好きだった人と喧嘩したり、離れたりしながら
やっとの想いで叶えることができた恋愛や結婚。
目標を立てて、それに向かって数字を上げたり
努力して達成できた会社やチームでの大仕事。
またはそれに伴う昇進や独立なんかも。
スポーツをやっている人であれば第一位獲得とか。
しかし、ハッピーエンドの次は
またすごろくのスタート地点に戻るのが定めだ。
人生はなおも続く。
どんな恋愛をしようと
どんな成功をしようと
人が最後に迎えるのは死である。
多くの人はその瞬間をハッピーエンドだと
思えるだろうか?
悔いなく生きた、またこんな人生を生きたい!と
最後に思えたならハッピーエンドと言えるかもしれない。
まだ生きていたい、死にたくない!
こんな終わり方は嫌だともがきながら
バッドエンドだと感じる人もいるかもしれない。
私は人が亡くなると
最後に見える景色について
想像してしまうことが少なくない。
恐らく日本における殆どの人が病室か自宅の天井を眺めることになるだろう。
あの真っ白な余白を見て何を感じるだろう。
余白など見えないくらいに精一杯生きた思い出で溢れてきたら、きっとそれはハッピーエンドだと思う。
第四話
(全四話 お読みくださった方ありがとうございます)
車のバックする音が聞こえる。
暫くの間、目を瞑ったままいたらそのまま本当に寝てしまった。上司に気を遣うこと以外はユルい事務の職場だと思っていたけれど、ここ数ヶ月は相当疲れていたようだ。
それにしても今まで、裕斗の助手席で寝てしまうなんてことあっただろうか?彼にどう思われても良いという、ヤケクソな自分が居るという事だろうか。
「あー、やっぱダメだ!!」
裕斗の大きな声で目が覚めた。
「どうしたの?!」
咄嗟に出た言葉でさらに裕斗を傷つけてはいないかドキドキした。さっきまでしっかりと寝ていたくせに。
「色々考えてたんだけど上手く出来そうもないや」
一体なにのことだかわからない。
焦った顔して見つめられると、次に出てくる言葉は何なのか怖くなる。
「待って…これって別れ話?」
「いや、そう思わせてたとしたらごめん。
実は転勤が決まって」
「え、別れ話じゃん」
「じゃなくて…」
裕斗の計画では、初めてのデートで行った植物園に向かう予定だったらしい。私が寝ている間にスマホで確認したら水道の故障で臨時休業になっていて、ある作戦がダメになり、どうしたら良いのか考えていたらしい。
裕斗は前から計画性はあるけど、変化に伴う適応力があまり無い。もっと相談してほしいと最初の頃は言っていたけど、結局自分で決めるので後からちょっと困ったことになっていたのを思い出した。
でも、やると決めたことは絶対やり抜くし、後輩の面倒見も良い。先輩でも間違ったことは間違ってるとハッキリ言うタイプだ。人よりも少し不器用だけど、真っ直ぐ、実直に生きる姿が好きだったことを思い出した。そういう彼が好きだから、こうやって今まで側にいたのだから。
「その、ある作戦ってなに?」
「いや、あの、プロポーズ」
この手の話は急にやってくるとは聞いていたが、今なのか。裕斗ははっきりと私を見つめている。三年前に戻ったみたいだった。
「昇進してから、というかする前あたりから。気にかけてあげられてないのは分かっていたんだけど。どうしても気持ちが前に行っちゃってて、仕事を頑張れば美咲との関係も進められるって思ってたんだ」
「 頑張ってるのは知ってたよ。仕事の話聞かされる度に。裕斗に比べたら、私なんてちっぽけなことで悩んでたりして私も私で相談できなかったし。ごめんね」
「別に張り合わなくてもいいのに、美咲が俺に劣等感みたいなものを感じてるのは分かってた。だけど、仕事頑張るしか思いつかなくて。…ごめん」
「こうやって感情出して話すの久しぶりだね」
「そうだね」
コンビニの駐車場で今までのことをずっと喋った。
何も持ってない、何も背負っていなかった時の二人に戻って。お父さんが言っていたのを思い出した。
『ニンゲン、大事な人に謝れなくなったら終わりだ』って。
「あの時植物園で買ったサボテン覚えてる?」
「ああ、上がピンクで小さめのやつ!確か裕斗の家が日当たりが良いから、ウチからそっちに移したんだよね」
「そう。あれだけは大事に育ててたんだけど、昨日枯れたんだよね」
「…そうなんだ」
「その時、サボテンに警告された気がした笑」
「なにを?笑」
「美咲は死ぬまで大事にしろって」
私達は終わり、じゃないかもしれない。
ー終ー
第三話
(全四話ほどを予定している小説ですが、
少し増えるかもしれません。
読んでくれている方、ありがとうございます。)
街とは逆方向に車は進んでいく。空は少し曇りかけていた。明らかにいつもとは様子が違う裕斗の表情は、何かに焦っているような、どこか落ち着き払ったような感じだった。『どこに行くの?』簡単に聞けそうな質問が中々聞き出せずにいた。
「あ、どこ行くの?って思ってるでしょ」
「うん」
「安心して!行ったところある所だし、そんな遠くないから」
「…そうなんだ」
何か考えがあって、車を走らせているのはもう確信できた。問題はそれが何なのか、そしてどこで話すべき内容なのかだった。
車内には一緒に行ったアーティストのライブ音源が流れていた。これは出会ったばかりの時の。そう、三年前だった。裕斗の好きな男性アーティストのライブで、あの頃はその場の雰囲気に合わせてリズムをとるので精一杯だったけど、今ではコアな曲まで分かるようになった。
その三年のうちにお互いを知り、熱され、そして落ち着き分かったようになっていき、今ではお互いにかける言葉がなんとなく少なくなった。決して努力しなかったわけではない。
出会った頃、裕斗は転職活動中でフリーターみたいなものだったし、私は内定済みの就活生だった。時間が結構あったから、アホみたいに楽しい時間はあっという間に過ぎていった。一通り恋人らしいこともやったけど、急ぎ過ぎたこともあった。今振り返るともっと大事にしなければならなかった事に気づくし、つくづくないものねだりだなと思う。
でもこうやって休みの日には迎えに来てくれたりするし、私もあまり予定を入れずに極力二人で居るようにしている。お互い愛情が無いわけではない。
…だけど、それも義務のようにさせてるとしたら?明らかにドキドキしなくなったのも裕斗には多分バレている。
まあ、だから結局は努力不足なのだろう。
迎えに来る直前に飲んだ頭痛薬が切れてきた。
頭がガンガンしてくる。
きっと私は一緒に居るべきじゃない。
「ごめん、ちょっと寝ていい?」
裕斗のいいよ、を聞くか聞かないうちに
私は目をぎゅっと強く瞑って、
得体のしれない涙をごまかした。
つづく
第二話
(全四話ほど予定している小説になります。)
「とりあえず大雨ではない!」
急いで裕斗にLINEを返した。
それから裕斗が家に迎えに来るまでの三十分で身支度とメイクをした。朝食を用意する時間は無さそうだったので、冷蔵庫の中にあったゼリー飲料を飲むことにした。
このゼリーは特別好きじゃないのに大手メーカーのものより二十円程度安いから、という理由でたまに買っている。味は美味しくはない。
バタバタと準備をしている今の自分にはそれくらいで合っているような気もして、その相応さに少し悲しくもなった。
裕斗は順調に職場で出世している。最近、会う度に仕事の話を聞かされて疲れていた。薄っぺらくて無機質な香料の味にここまで自分の感情を内省させられるとは。
お洒落する気にはなれなかったのでブラックのパーカーと楽チンできれいに見えるロングスカートを着ることにした。靴は履き慣れたスニーカーで。
裕斗はあまり服には興味を示さない。変わったデザインをしていたり、面白い素材で出来ているものに対してたまにリアクションが来るくらいだ。
そういえば前に、奮発して買ったブランドのブラウスを見せたら人魚みたいと言われたことを思い出した。それ以来高い洋服はなんとなく買う気が起きなくなってしまった。
そのうちに裕斗が家に着いて、いつものように車に乗り込んだ。同じ風景に見えても私には違って見えた。
裕斗には、いつものように映っているんだろうか?
「晴れてることを祈ってて」
行き先も告げず、裕斗はいつも行くスタバとは逆方向へハンドルを切って運転し始めた。
どうしてそんなに天気にこだわるのか疑問に思ったが、
裕斗は天然パーマだったことを思い出し、私は私を簡単に納得させようとしていた。
つづく