気を使う相手へのメール文章を考えていたときのこと。
…最近、ChatGPTを使いすぎている!
と確信した。
便利が故に
至るところで
楽をさせてもらえてしまうこの存在。
いつでも問題や課題をショートカットできる。
今、この機能がなくなったら?
突然、魔法が使えなくなったら?
ライターがなくなって
マッチしかない
そういう状況といったシンプルさでもない。
思考という
人間だけが持っていたはずの能力を
外付けハードディスクでくっつけてしまったような
そんな感じ。
街へ
スマホなしで出かけたのは
もういつになるだろう?
自分の力で
自分の勘で
自分の思考で
考え直す
歩き出す
もっとアナログに 近く 居たくなった。
閉ざされた日記
私がいま書いている日記
最後はどう処分するのかと
たまに考える
予測できるケースも
できないケースもあるだろうが
赤裸々に書いているぶん
あまり人には見せたくない
書いたあと
1年後に白くなって見えなくる手帳でもあれば
と思ったが
それこそ
クラウド上で良いわけだよな
今だって
スマホでこの言葉を打っているわけだから
そういえば
あの頃の文豪たちが赤裸々に書いていた
日記帳。
堂々と博物館に飾られていたりするけれど
あれはいたたまれない。
恋人に宛てた手紙を公開しているもの、あれも心が痛む。
見たほうが成仏するのか、成仏という考えでなんとでもなるのか、死人に口なしなだけなのか。
しかし、日記帳や手紙については
法で守られるべきとも思う。
恥ずかしい言葉は、目の黒いうちに消しておこう。
心のなかに閉まって。
三日月をあなたはどう見る?
かけているから美しい
欠けているから悲しい
どちらも正しい感覚で
そのどちらも実は大切で
満月をあなたはどう見る?
まんまるだから美しい
ギラギラと輝くゆえに恐ろしい
どちらも正しい感覚で
そのどちらも実は本当で
私がやりたいことは
たぶん、まったくの別物
違う人
違う想い
はいはい、うんうん。
そういうものに触れるたびに
冬晴れが 私に
やったらええやん
と上を見上げさせる
怒り
悲しみ
波長がどんどん合わなくなっていく
それでいい
気づいたことが
もうすごいことなのよ
悲しい曲はもう
聴きたくないの
これからは 明るい曲を
私の人生で 流しておきたいの
ああ
そろそろ
私の出番だ
こんなに辛いと思う日も
こんなに嬉しいと思う日も
いずれいずれ 全てが終わる
良いお年を
良いお年を
そう言える時は実際あともう365回は無い
なんだかんだで相変わらずの紅白に悪態つく時間も
そう残されてない
そう
そう残されてない
最後に忘れてしまう人生の
良いところだけ
良いところだけ
もっていこうよ
最後に思いっきり自分を抱きしめるように
もう許してあげるよって 自分を
毎日を愛せよ
いろんなものを見てきたあなたの瞳は
嘘をつかないはずだから
毎日を愛せよ