第二話
(全四話ほど予定している小説になります。)
「とりあえず大雨ではない!」
急いで裕斗にLINEを返した。
それから裕斗が家に迎えに来るまでの三十分で身支度とメイクをした。朝食を用意する時間は無さそうだったので、冷蔵庫の中にあったゼリー飲料を飲むことにした。
このゼリーは特別好きじゃないのに大手メーカーのものより二十円程度安いから、という理由でたまに買っている。味は美味しくはない。
バタバタと準備をしている今の自分にはそれくらいで合っているような気もして、その相応さに少し悲しくもなった。
裕斗は順調に職場で出世している。最近、会う度に仕事の話を聞かされて疲れていた。薄っぺらくて無機質な香料の味にここまで自分の感情を内省させられるとは。
お洒落する気にはなれなかったのでブラックのパーカーと楽チンできれいに見えるロングスカートを着ることにした。靴は履き慣れたスニーカーで。
裕斗はあまり服には興味を示さない。変わったデザインをしていたり、面白い素材で出来ているものに対してたまにリアクションが来るくらいだ。
そういえば前に、奮発して買ったブランドのブラウスを見せたら人魚みたいと言われたことを思い出した。それ以来高い洋服はなんとなく買う気が起きなくなってしまった。
そのうちに裕斗が家に着いて、いつものように車に乗り込んだ。同じ風景に見えても私には違って見えた。
裕斗には、いつものように映っているんだろうか?
「晴れてることを祈ってて」
行き先も告げず、裕斗はいつも行くスタバとは逆方向へハンドルを切って運転し始めた。
どうしてそんなに天気にこだわるのか疑問に思ったが、
裕斗は天然パーマだったことを思い出し、私は私を簡単に納得させようとしていた。
つづく
第一話(全四話ほどを予定している小説になります)
初夏の土曜、午前10時。
オフの日、二度寝して起きたとして
ギリギリの罪悪感で終わることのできる時刻だ。
さっきからLINEの音が鳴っている。
前日職場の飲み会で痛めた体にムチを打って、ゆっくり這い上がってスマホに目をやった。
「おはよう」
「今日、どうする?」
付き合って三年になる裕斗からだった。
私が社会人になってからというもの、土曜に会う時のデートはいつもフリープランになっていた。
お互いの体調やその日の天候に合わせてスタバでお茶だけすることもあれば裕斗の車で日帰り温泉に行くこともあった。返信に迷っていると、裕斗から続けてLINEが来た。
「今日は、晴れだったらいいな」
変な文章、と思った。
ベットから出てカーテンを開けると外は曇りだった。
よく見ると少し青空が見えている。
たまにしかつけなくなったテレビをつける。
ちょうど11時で気象予報の時刻になっていた。
もう、1時間も経ったのか。
ダラけていてなんだか裕斗に申し訳ない想いが募ってきたので天気予報はしっかり教えてあげることにした。
"本日の◯◯地方は概ね晴れるでしょう。
しかしながら微量な雨雲も見受けられますので
場合によってはところにより雨となるでしょう。
念の為、傘があると安心です。"
2024年にもなって、天気予報はいつでもこんな調子だ。
急に頭痛が襲ってきた。昨日の飲み過ぎが原因だろう。
裕斗が変なLINEをしてくるときは確か、いつも何かしらの意図があった。こんな時に限って。
裕斗に、晴れだよ!と言えない自分が憎かった。
同時に、大事なチャンスを逃した気がした。
つづく
一緒に笑ったり、泣いたり、恋い焦がれたり。
はたまた怒ったり、どうしようもなく憎しんだり。
自分の感情を揺さぶる
そんな対象全てが
特別な存在なのだと思う。
当たり前に、大切にしたい存在よりも
少し気にした方が良いのは
見て見ぬふりをしたくなるような
そういうやっかいな「特別な存在」。
気に障るような人でも
きっと一つくらいは学ぶべきことがあって
それを学びきらないうちは
そういう存在は居なくならない。
あの時は拒絶でしかなかった誰かのことを
「ああ、あの時あの人はこんな気持ちだったんだな」
と理解できたら、
また少し生きるのが楽になれるんだと思う。
今、憎しんでいる人のことは好きにならなくていい。
過去を振り返って、誰かに優しくすることは出来る。
共感でなくて良い。そっと布団をかけてあげるように。
おやすみなさい、そしておはよう。
三月。
慌ただしく、気持ちの移り変わりが激しくなる
この季節が嫌いだ。
厳密にはホワイトデーを過ぎた辺りから
なんとなく心がせわしくなる。
年度末や確定申告の時期ということもあり雑務に追われだすのもあるのだろう。
終盤に近づいていくと
それまで当たり前のように顔を合わせていた得意先の人や
ある時楽しく談笑していた記憶のある人が
異動や退職で急に居なくなる。
人付き合いはそこまで得意ではないし
寧ろ一人静かに過ごしていたいけど
心を落ち着けて話せた人がひとり、また一人と居なくなるのは悲しい。
止める権利もないくせに
ずっと居てくれたらいいのに、と無責任に感情を心に溜め込む。
そんな私だって、四月から一人暮らしをする。
新しい部屋を借りて、新しい仕事に就いて
一人で暮らす予定だ。
荷造りをしていると、家族の
「ずっと居てくれたらいいのに」というような
気配やメッセージを受け取る。
いざそんな感情をもらうと、居なくなる側としては
とても窮屈で矛盾したような気持ちになる。
自分の為に行動することが誰かの心を傷つけているような。でも負けてはいけない。
日に日に、家族と過ごす時間は短くなっていく。
そこまで遠くに引っ越すわけでもないし
車で1時間もかければすぐに会えるけれど
きっと一人、新居で落ち着ける時間が来るまでは
ストップウォッチが押されているような感じだろう。
特に母との会話は一つ一つが重く感じる。
いつもなら流してしまうような会話も
二人してバカみたいに笑う。
涙が出るくらい、大げさに笑って
後になって楽しかった記憶を思い出したいみたいに。
舞い落ちるなごり雪は
ひと月もすれば桜に変わる。
春よ、来い。
変わりゆく皆と私のために。
『こんなの不条理だ!!!』
この電車に乗っている人の殆どが
こんなふうに叫びたいような、でも叫べないから
モヤの中に自分をしまい込んでいるような表情を浮かべている気がした。
休日、クリスマスが近づいた頃の始発の山手線。
真っ黒なリュック、真っ黒なコート、手にはスマホ。
例にもれなく私もこの「制服」を着て
ガタコトと揺られているモブだ。
そんな中で目立つのは、
山にでも行くのか登山の格好をした中年のグループ。
顔は老けていても体力自慢で活き活きとしたその表情は幸せそうだ。ねずみのカチューシャをつけて眠っている子供とその家族。これから夢の国でも行くのだろうか?
ひと際存在感のある大柄な外国人の旅行客もいた。独特で強烈な香水の匂いももう慣れたけど。
眩しくて、疎ましい。
イヤホンを取り出して、昨日アップロードされた好きな歌手の新曲を聴いて気持ちをごまかそうとする。
主要駅で一気に人が降りていく。
空っぽになった電車でそれなりの孤独をいつも感じる。
アップテンポな曲はかえって私を悲しい気持ちにさせた。
いつも聴いているお気に入りのマイナー調の曲に戻して心を安定させる。
私はこの2つ先の駅で降りる予定だ。
スマホに表示された時刻を見る。
あと30分もすれば、またあの苦手な上司との9時間労働が待っている。ああ、嫌だ、と思った。
仕事があることも、衣食住に困らず生きられていることも
戦争が起きているような本当の不条理な世界から見ればちっぽけで平和ボケしている。
きっと、まともに幸せなんだと言い聞かせなければならないことも分かっている。
分かっているけど、
こんなの不条理だ!と叫びたくなることはやっぱりある。
それが今の日本、東京。