君の奏でる音楽。
ギター片手に胡座をかいて、
下を向きながら誰もが知っている
有名な曲を歌っていた。
駅から少しだけ離れた道の端、
夕暮れ時の帰り道、
僕は、一瞬で心を奪われ、
若い子の群れに混じり君を見ていた。
ギターはよくあるコード進行。
機材も何も特別では無い。
ただ。
ただ君の声だけが特別だった。
切ない声、いくつもの音が混ざるような語尾
呼吸でリズムを取り、力強さ繊細さ
忙しなく変わる虹色の音。
黄昏時の情景。
その全てが奇跡みたいで、
動くことができなかった。
やがて日は沈み、
ありがとうと言う言葉で
我に返り、そのまま近づいて
ギターケースに財布をひっくり返した。
まぁ、そんなに入っちゃいない。
数万ぐらいのもんだ、
だけどそれよりも遥かに価値があった。
呼び止められたが、片手を上げ
すごく良かったよ、と一言添えて
格好つけた後ろ姿を見せた。
「いや、おひねりに免許証とかも入ってますよ」
僕は、恥ずかしさのあまり
走って逃げてしまった。
まさかその後、
家まで直接届けてくれるなんて
夢にも思わなかったし、
毎日、子守唄代わりにあの曲を聴けるように
なるなんて。
君の奏でる音楽は、僕の幸せになった。
麦わら。
今日のお題は麦わらかぁ。
煙草をふかしながら、
どうしたものか、と悩んだ。
小生の時代、というか現代において
麦わらと言えば、某海賊漫画の主人公が
余りにも強く思い浮かぶ。
数年前なら、マリーゴールドと言う曲の
サビの出だしなんかもそうだろう。
そもそも現代において、
身近では無い、と思うのだ。
都市部から外れれば、農作業に従事する
ご年配方々が身に着けている事もあるだろうが。
‥‥‥麦わら麦わら麦わら。
いかん、ゲシュタルト崩壊してきた。
今日は、何にも浮かばないが
ここを観ている人なら、
そういう日もあるよね
と、優しい気持ちで
いてくれている事だろう。
無いのだ、麦わらで作れる話が。
白いワンピースの女の子の話とか
祖父の話とかが浮かんだが、
どれもピンと来ないから仕方ない。
ここに至るまで、何度も推敲しては
何回も全部消しているほどだ。
もう仕方ないから
夏の季語という事で、
俳句でも詠んでやろうか。
それで今日は、終わりにしよう。
‥‥‥いや別にノルマとか無いし、
思いつかないなら黙ってろよ、
とも思うが、
後でこの苦悩を読み返すのも
悪くない、とも思う。
もうこの2時間ばかしの
苦悩を、稚拙な俳句で飾ろうじゃないか。
んんっ
麦わらを
目深に被り
見失う。
夏の夜の
苦悩に満ちた
黒歴史。
明日頑張ろうね。
終点。
ガタンゴトン
ガタンゴトン。
毎日、毎晩。
終電で帰る。
仕事は、8割終わったが
新しい仕事が増え、追いつきそうもない。
何時もではない、
だが、時折こうして、
先の見えない、地獄のような時期がある。
ガタンゴトン
ガタンゴトン。
周りを見渡せば
疲れたサラリーマンが1人
けばい女が1人
イヤホンをしたバンドマンが1人。
もし。
もし、この電車があの世への
片道列車なら、
少し嬉しい。
そう思ったあと、
直ぐに明日の段取りを考え始めていた。
ガタンゴトン
ガタンゴトン。
サラリーマンが横になった、
けばい女はスマホを見ていた、
バンドマンは足でリズムを取っている。
‥‥‥最後がこんな奴らと一緒だったら
それは、少し嫌だな。
明日は、少し高めのコーヒーを飲もう。
入社して最初の上司に
たまに奢ってもらったやつにしよう。
ガタンゴトン
ガタンゴトン。
私の、人生の終点は、いつだろう。
この電車のように、決まった道なんて無いから
逆に自由な分、不安も大きい。
サラリーマンは明日も仕事だろう、
けばい女はどうだろう?
バンドマンはコンビニバイトとかしてそうだ。
私は、明日も終電だろう。
次は、終点、終点。
取り敢えず、帰ったら風呂沸かそう、
買ってあったビールがあるはずだ。
明日も1日、頑張ろう。
その積み重ねの終点が、
何処にあろうとも、
やれることをやる。
それだけだ。
上手くいかなくたっていい。
幼馴染ってやつは、人によっては、
羨ましく感じるらしい、
少子化社会の弊害と言えばいいのか、
たまたま近所に子供がいて、
たまたま歳が近いなんて事は結構珍しいとか。
まぁ俺もマンガやアニメみたいに
そいつが滅茶苦茶可愛くて、
何故か家族ぐるみで仲が良くて
かつ自分に滅茶苦茶惚れている、
最初からそんな幼馴染だったら
何も無くても自慢してたかもしれない。
だがそんなのは、それこそ奇跡だろう、
ただのお隣さんだし、幼稚園からずっと
同じ組になったことも無い、
顔を合わせてもせいぜい会釈するぐらいの仲だ。
そもそもだ、隣とはいえ暮しに雲泥の差がある。
俺の家はじいちゃんから
譲り受けた古い日本家屋、
だが、アイツの家は、
海外からそのまま持ってきたような
立派な洋館だ。
土地の広さこそ差がないとはいえ
向こうが貴族なら、こちらは農民ぐらいの
差があると思っている。
そんな決して交わりそうもない関係に、
転機が訪れたのはある夏の日の夜だった。
お盆になると毎年、
両親の実家の方へ帰省するのだが、
今年は部活が忙しく、俺は一人留守番だった。
3日ほどの飯代で割と貰っていた俺は、
如何に食費を切詰めてお小遣いにするか
考えていた。
風呂も入り、後は切りの良いところまで
勉強でもしたら寝るか、という段階で
ブー、とやたら品の無いブザーが鳴る。
誰だ、こんな夜に
と思いつつ玄関に出ると
幼馴染が居心地悪そうに立っていた。
なんだなんだと話を促せば、
家に虫が出たらしい。
いや、そんな理由で家に来る意味が
わからなかった、
が、詳しく聞いた所
どうも俺と同じでしばらく両親がいないらしい。
それにしても、虫如きで夜中に
人様の家にくるかね?
まぁ、冷たく突き放すのも変だし
ちょっと退治するぐらいなら、と
了承して幼馴染の家にお邪魔した。
‥‥‥のが1時間前の話。
そもそも、こんな吹き抜けのリビングが
あるような家で小さい虫が出ましたって
見つかるわけが無いのだ。
なのに帰ろうとすれば、幼馴染は、
必死になって、こんな魔境に置いていくのか、
この人でなし!
‥‥‥だのなんの言って帰そうとしない。
取り敢えず家に来るか?と
言いかけたが、いきなりそれも変だし、
そもそも絶対に家のが、
幼馴染が言うところの魔境だしで
手詰まり状態になっていた。
一先ず、
お茶貰えるかな?と言うと
幼馴染は、ハッ、と気付き
謝りながら準備を始めた。
取り敢えず、こいつが、
幼馴染が落ち着くまで適当に会話でもするか
と、溜息とともに、明日の部活は、
しんどいだろうなー、なんてことを
思った。
それから3時間ぐらい
久々の幼馴染との会話は何故か弾んだ、
茶菓子が美味しいとか
部活が大変とか言えば、
習い事が多いとか
和菓子が食べたいとか、
そんなしょうもない会話を
時間も忘れて交わした。
やがて寝落ちした、幼馴染に、
自分の家から毛布を持ってきてかけ
戸締まりについて書き置きを残し、
玄関の鍵を閉めた後、
玄関ポストに鍵を入れて帰った。
翌朝、遅刻しかけた俺は
鬼のようなシゴキを受け
監督を恨みながら汗を流した。
そして帰ると玄関に幼馴染が立っていた、
お疲れ様、昨日はありがとうと
律儀にもお礼を言うために待っていたらしい。
それから、ちょくちょく、交流を持ち
付き合い出すまでにそこまでかからなかった。
当初の懸念通り、生活のスタイルも
趣味も趣向も全然違ったが、
上手くいかなくたっていい
俺はこの幼馴染を
嫁として自慢したいのだ。
蝶よ花よ。
何をしても、何を言っても
可愛い可愛いと煽てられ
食べたいものはいくつでも
欲しいものはいくつでも
笑顔を見せれば
何もかもが許された。
私は特別なんだと理解した。
東京、一人暮らし。
今の私は、ただの人
食べたいものはいくらまで
欲しいものはいくらまで
誠意を見せろと
何もかもが許されない。
何をしても、何を言っても
誰も私に興味が無い。
蝶よ花よ、コンクリートばかりの
この街で、私は一人枯れ果てて。
誰かの特別を羨んで
あの日の自分に惜別し
それでも生きる
今日もまだ。