君の奏でる音楽。
ギター片手に胡座をかいて、
下を向きながら誰もが知っている
有名な曲を歌っていた。
駅から少しだけ離れた道の端、
夕暮れ時の帰り道、
僕は、一瞬で心を奪われ、
若い子の群れに混じり君を見ていた。
ギターはよくあるコード進行。
機材も何も特別では無い。
ただ。
ただ君の声だけが特別だった。
切ない声、いくつもの音が混ざるような語尾
呼吸でリズムを取り、力強さ繊細さ
忙しなく変わる虹色の音。
黄昏時の情景。
その全てが奇跡みたいで、
動くことができなかった。
やがて日は沈み、
ありがとうと言う言葉で
我に返り、そのまま近づいて
ギターケースに財布をひっくり返した。
まぁ、そんなに入っちゃいない。
数万ぐらいのもんだ、
だけどそれよりも遥かに価値があった。
呼び止められたが、片手を上げ
すごく良かったよ、と一言添えて
格好つけた後ろ姿を見せた。
「いや、おひねりに免許証とかも入ってますよ」
僕は、恥ずかしさのあまり
走って逃げてしまった。
まさかその後、
家まで直接届けてくれるなんて
夢にも思わなかったし、
毎日、子守唄代わりにあの曲を聴けるように
なるなんて。
君の奏でる音楽は、僕の幸せになった。
8/12/2024, 11:15:55 AM