最初から決まっていた。
今日は、自分の誕生日だ。
思い返せば、子供の頃から
自分はいらない子じゃないか?という
疑念があった。
親に良く言われた「あっちいってなさい」
隣の部屋で古いゲームをやっていた。
長期の休みとなれば、祖母の家にずっと
預けられていた。
そして離婚するときには、一人
家に置いていかれた。
イジメも受けた
友達にも裏切られた
恋人にも。
自分は、一生懸命
誰かの一部になりたがっても
誰もがそれを嫌がった。
何度も
何度も諦めた。
自殺。
最初に実行したのは、
18歳。
何の知識もなく、普通の風邪薬と
痛み止め等を200錠
泣きながら飲んだ。
次第に寒くなり、身体は痙攣し始める
そして嘔吐。
何度も何度も。
薬の苦みが喉に張り付き
それがまた吐き気を促し。
1日経つ頃にはボーッとしていた。
同居人は、薬が勿体ないと
冷たく吐き捨てた。
2回目は20歳。
精神安定剤と睡眠薬を大量に服用し
剃刀で手首を中心に泣きながら腕を切った。
次第に切れ味が悪くなった剃刀を変えたくて
新しいのを探しに部屋から出た時に
見つかり、病院に運ばれた。
もう絶対にしないと約束しないと
治さない、と医者に怒られた。
約束したから、それからは切ってない。
100針ぐらい縫ったズタボロの腕を隠すために
長袖しか着れなくなった。
3度目は煙草を10本食べた。
最初の薬の時と一緒で
嘔吐と痙攣を繰り返した。
ただ吐き戻す時に、煙草の葉が
喉に張り付いて苦しかった。
4度目は飛び降り。
仕事も何も上手くいかず
衝動的にベランダへ飛び出た
身を投げかけたが
反射的に外側から
手すりに掴まり
怖くてよじ登った。
本当に死ぬ気あるのか?
自分でも思うくらい
生にしがみついた。
格好悪すぎて笑えた。
それから少し、持ち直し
結婚して子供も授かった。
幸せになれると思った
頑張ろうって思った。
でも上手くいかなかった。
すぐ実家に帰る妻は
自分を、家族を優先してくれなかった。
実家も家族と言われたが
正直、それは自分には関係ないのにな
としか思えなかった。
亀裂は段々と大きくなり
最後は実家から促されて
離婚した。
また何も無くなったと思った。
今度は首を吊る事にした
わざわざ縄を買って
解けない結び方も調べて
さぁ実行しようと
ふらっと、首を縄にかけ
力を抜いた、一瞬視界がブラックアウトしたが
気が付くと縄に手をかけ必死に藻掻いて助かった。
その後、自分でも引くぐらいに泣いた
何が悲しいのかもわからない
広い家に嗚咽だけが響いた。
今日は、自分の誕生日だ。
今までの人生を振り返ると
本当に碌でも無い人生だった。
いつか良いことあるさなんて
いい人生の奴が言う事を真に受けて
ここまで生きてきた。
もし、死ぬのなら
今日だなと
数ヶ月前から決めていた。
だから、子供達と離れた
実家に帰って来ていた。
名残惜しい気持ちなんてない
人間、いつかは死ぬ
寧ろ自分からその日を選べるなんて
素敵な事だろ?
こうなる事はたぶん
最初から決まっていた。
太陽。
古来より太陽と言うのは信仰の対象だ
宗教から神話まで、沢山の神が創られた。
アマテラス。
アポロ。
ラー。
日本でも国旗のデザインに使われる程
馴染みの深い存在で、
明るさ、光、希望の象徴でもある。
私は、そんな太陽が大嫌いだった。
そりゃ、無けりゃ困る。
でもそれは、太陽に限ったことではないし
水も空気も必要不可欠なものに変わり無い。
嫌いなのにも理由がある、
まず、眩し過ぎる。
部屋から出た時の、
瞼の奥がグッと締め付けられるような
感覚は不快だし、
不用意に見てしまえば目が眩む。
そして、暑すぎる。
冬はともかく、今の時期は本当に
遠慮してほしい、主張が激しすぎるのだ。
無かったらどうなるか、
聞きかじった知識でしか知らないが
本当に無くなったこともないのに
そんなに有難がるのも変な話だ。
空気が無くなったら
直ぐに人類は滅亡するだろう。
水が無くなったら
半年持つかな?植物が無くなったら
最早望みはない。
太陽が無くなったら?
氷河期になるとして
そうなるまでの猶予で
なんとか出来そうな気がする。
わからないけど。
まぁとにかく、私は太陽が嫌いだ。
こう言うと、変わってるねとか
なぜか、暗いねと馬鹿にされたり
日陰者扱いされる。
太陽のせいで
毎年人が死んでるのに
特別扱いされてるのが特に気に入らない。
それを言ったら他の自然もそうなんだけど
皆、目が眩んだかのように
ただ有難がってるのに違和感しかない。
太陽め。
いつか化けの皮剥いでやるからな。
ちなみに私の名前は
太陽(ムーン)と言う
絶対に許さない。
鐘の音。
学校で、教会で、御寺で、
何かを知らせる時にそれは鳴る。
でも他の人には聞こえない鐘の音が、
君と初めて会った時、
鳴り響いたんだ。
よくある話だが、
小さい頃、親に捨てられてからの僕は、
本当に、碌でも無い人生だった。
施設でも学校でも苛められて、
何度も生まれて来なきゃ良かったと
世の中を恨んだりもした、
笑顔なんて、一度も心から出た事がなかった。
大人になって就職して、
何となく自分の将来が想像できるようになった頃、
君が青天の霹靂の様に現れた。
新卒で緊張した面持ちの君は、
纏めた髪が不慣れな感じで、
とても可愛く映った。
そんな君の教育担当になれた時、
初めて運命ってのを信じてみようかなって
気分になれた。
とはいえ、今まで人付き合いを避けてきた
僕に出来ることは何も無く、
ただ仕事だけの関係から進むことは、
無かった。
半年の研修期間が終わり
あとは実務経験を積む段階に入った頃、
君からご飯に誘われた。
と言っても、お世話になった代わりに
社員食堂で奢ります、ぐらいのものだが。
福利厚生でワンコインの定食を断るのも
逆に気を使わせるだろうと
食堂の隅でご馳走になる事になった。
彼女は、はにかんで
「ここの定食、結構ボリュームあるから
助かりますよね」
なんて事を言っていた。
「そうだね、その代わり
スタミナ付くんだから
午後からも会社の為に頑張らなきゃね」
だなんて、微塵も思って無いことを返した。
彼女は、そんな僕を見て
少し伏し目がちになりながら
話し始めた。
「先輩は、凄いですよね、私本当にこの会社に、ううん先輩みたいなしっかりした人に会えて良かったです」
彼女は少し悲しげに
身の上話を始めた。
「あまり話すようなことじゃないかもしれないですけど、実は私、小さい頃から両親が居なくて、施設出身なんですよ」
「‥だからこうして、人と話しながらご飯を食べるのも久しぶりで、本当に、この会社に入って良かったです」
正直、言葉に詰まった、
実は僕も、と言おうとも思った、
でも彼女が本当に、良かったという顔で
はにかんで笑うから、そうか、頑張ろうな
としか言えなかった。
彼女は、この会社に人生の意味を見つけられた
そんな気がしたから、何も言えなかった。
そんな日から数年後、
彼女は、更に人生を豊かにするパートナーと
一緒になる事になった。
僕は会社の上司として結婚式に呼ばれた。
思う事は色々あった、
正直悔しくもあった。
でも、彼女の
あの日と変わらない
はにかんだ笑顔を見たら
心から良かったな、と思えた。
彼女の新たな旅立ちを祝福する
鐘の音を聞きながら、
次は僕の番だなと
自然と笑顔になれた。
つまらないことでも。
小さい頃から、
なんとなく周りに流されて生きてきた。
部活も習い事も、一つも興味が無かったが、
誰かがやっていたから通っていた。
何となく近くの高校に入って
何となく文系の大学に行って
何となくそこそこ大きい工場に就職した。
自主性の無さからライン作業に回され
毎日毎日、同じ形の物を規格に合うか確認した。
数ミリの違いを見つける為に
一個一個、何トンもの部品を見ていた。
仕事が終われば、コンビニで
安いビールを選んで
何となく変化を求めて
新商品の唐揚げとラーメンを買った。
どちらも前に食べた事があるような味だった。
なんてつまらない人生だろうか。
自分の人生の全てが、規則正しい歯車のような
物である為に、そう思えた。
ふと、目線をやったテレビで
昔ながらの職人がインタビューを受けていた。
親の親の代から続く家業は毎日同じ事の繰り返し
若い頃はこれで良いのかとも思ったが
今は良かったと思っている。
だって、俺がやらなきゃ困る人が居るんだから。
そう言って笑って手を見せたが
深いシワが刻まれた、まさに職人の手が
凄く格好良く思えた。
自分の、まだキレイな手が少し恥ずかしくなった。
明日からまた頑張るか
例え、つまらないことでも。
目が覚めるまでに。
大学生になって入った
アルコール研究会といサークルは、
表向きには、民俗学から医療までを研究する
真面目な集まりという事になっている。
だが、大方の予想通り
飲み会がメインのチャラいサークルでしかない。
僕がこのサークルに入ったのは、
実家の酒屋を継ぐのに何か役に立つのでは?
と思ったからだが、案外楽しくやっていた。
その日は、一人暮らしをしている僕の家で
飲み会を開いて浴びるように飲んでいた。
先輩が持ってきた、やたらと度数が高い酒を
色んなもので割って飲んでは、
女の子が持ってきたツマミをあてにしていた。
ふと、目が覚める
時間の感覚も無いが、恐らく眠ってしまっていた
今が何時か確かめようとスマホを探そうとした時
自分が何かを握っていることに気付いた。
血糊がたっぷり付いた、酒の瓶
先輩が持ってきたやつだった
思わず、ひっ!と声が出たが
状況の把握をしなければと思い
周りを見回すと
頭から血を流した先輩と
ツマミを持ってきていた女の子が
横になっていた。
先輩!
安否を確認しようと
手を伸ばすが、直ぐにその必要が無いことを
悟ってしまった。
瞳孔の開いた、乾いた目
ピクリともせず、血塗れの頭から
僅かに白い物が見えていた。
込み上げる吐き気を堪え
今度は女の子に目をやると
こちら静かに寝息をたてていた。
起こそうと思った時に、ふと
ある考えが過った。
今のうちに、先輩を処理しておけば
帰ったことに出来るのではないか?
冷静に考えれば、其の場凌ぎの
浅はかな思いつきだが、とにかく
現実から逃げ出したかった。
もしかしたら、轢き逃げ犯も
同じ様な心理状態になるのかもなと
関係の無い事を思いながらも
自然とプランを練った。
先日、女の子から借りた漫画に
死体処理の方法が描いてあったのを思い出し
それをなぞる様に作業を進めようと考えた。
浴槽に先輩をなんとか運び、アルコールで
血を拭って、先輩の私物を隠して‥
最後に服を着替えたら、取り敢えずは
一段落する
大丈夫だ、頭は痛いが冴えている。
女の子もよく寝ているみたいで
寝返りすらうたない。
時間との勝負。
目が覚めるまでに。