鐘の音。
学校で、教会で、御寺で、
何かを知らせる時にそれは鳴る。
でも他の人には聞こえない鐘の音が、
君と初めて会った時、
鳴り響いたんだ。
よくある話だが、
小さい頃、親に捨てられてからの僕は、
本当に、碌でも無い人生だった。
施設でも学校でも苛められて、
何度も生まれて来なきゃ良かったと
世の中を恨んだりもした、
笑顔なんて、一度も心から出た事がなかった。
大人になって就職して、
何となく自分の将来が想像できるようになった頃、
君が青天の霹靂の様に現れた。
新卒で緊張した面持ちの君は、
纏めた髪が不慣れな感じで、
とても可愛く映った。
そんな君の教育担当になれた時、
初めて運命ってのを信じてみようかなって
気分になれた。
とはいえ、今まで人付き合いを避けてきた
僕に出来ることは何も無く、
ただ仕事だけの関係から進むことは、
無かった。
半年の研修期間が終わり
あとは実務経験を積む段階に入った頃、
君からご飯に誘われた。
と言っても、お世話になった代わりに
社員食堂で奢ります、ぐらいのものだが。
福利厚生でワンコインの定食を断るのも
逆に気を使わせるだろうと
食堂の隅でご馳走になる事になった。
彼女は、はにかんで
「ここの定食、結構ボリュームあるから
助かりますよね」
なんて事を言っていた。
「そうだね、その代わり
スタミナ付くんだから
午後からも会社の為に頑張らなきゃね」
だなんて、微塵も思って無いことを返した。
彼女は、そんな僕を見て
少し伏し目がちになりながら
話し始めた。
「先輩は、凄いですよね、私本当にこの会社に、ううん先輩みたいなしっかりした人に会えて良かったです」
彼女は少し悲しげに
身の上話を始めた。
「あまり話すようなことじゃないかもしれないですけど、実は私、小さい頃から両親が居なくて、施設出身なんですよ」
「‥だからこうして、人と話しながらご飯を食べるのも久しぶりで、本当に、この会社に入って良かったです」
正直、言葉に詰まった、
実は僕も、と言おうとも思った、
でも彼女が本当に、良かったという顔で
はにかんで笑うから、そうか、頑張ろうな
としか言えなかった。
彼女は、この会社に人生の意味を見つけられた
そんな気がしたから、何も言えなかった。
そんな日から数年後、
彼女は、更に人生を豊かにするパートナーと
一緒になる事になった。
僕は会社の上司として結婚式に呼ばれた。
思う事は色々あった、
正直悔しくもあった。
でも、彼女の
あの日と変わらない
はにかんだ笑顔を見たら
心から良かったな、と思えた。
彼女の新たな旅立ちを祝福する
鐘の音を聞きながら、
次は僕の番だなと
自然と笑顔になれた。
8/5/2024, 11:47:50 AM