anonym

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8/31/2022, 2:12:12 PM

不完全な僕、と書かれつつ配られたプリント。自殺予防か何かだろうか、不完全な人間でも大丈夫、君は君のままで良い!みたいなことが白背景に黒い明朝体で書き連ねられている。一番下には相談ダイヤルなどの連絡先と組織の名前が書いてあった。どこかから君が笑う声が聞こえた。
人間とは、常に不完全な生き物だと思う。欲深く、それでいて知識や技術があるからさらに先を求めてしまう。完全へのハードルは常に上がり続けているのだから届くわけが無いし、だからずっと不完全なままだろうに。生まれてから死ぬまでずっと不完全。まあ、強いて言うなら死んだ時にようやく完成するのかもしれないけれど。生と死をもって、人は完全となるような気がする。

不完全な僕は、完全な君がいた席を眺めた。



[不完全な僕]

8/30/2022, 12:44:16 PM

香水の甘い香りにふっと包まれる。
部屋の片付けをしていたら引き出しの奥底に、何故か隠されるように仕舞われていた箱に興味が湧いて開いてみればそれは香水だった。ほとんど使われていないようにも思えるが一応開封済みらしく、首を傾げながらも手に取った。こんなもの買ったっけ?正直記憶に無い。好奇心から手首に一度吹きかけた。
その途端胸いっぱいに広がる甘い香り。前触れもなく涙がぼろぼろと零れては頬を伝って落ちていく。これは確かに君の、君が着けていた香り。その香りが好きだと、お揃いになりたいと言ったら誕生日にくれたもの。初めてこれをつけてデートに向かったらいつまで経っても君は来なくて、諦めて帰ったら君が事故に遭った、と。二度と会えない君のことを何故忘れていたのか。
いや、違う。思い出したら遣る瀬無くて辛くて愛おしくて泣いてしまうから記憶の奥底に封じ込めたのだ。手放すことが出来ない君の香りと共に。

香水は、香りは記憶と結ばれているから、と。



[香水]

8/29/2022, 12:51:43 PM

言葉はいらない、ただ……。そう詰まった君の手は僅かに震えて、顔は苦しげで悲しげだった。間違いなく原因は自分にあって、君がそうなるのも仕方がない。恋人から別れを切り出されれば誰だってそうなるだろう。
ちょっと君と仲がいいのが悪かったのか、君に恋人がいるのを知っていてもなお遊び続けたのが悪かったのか。とにかくそれを疑った君の恋人は君に別れを告げた。あの人がいるならいいでしょ?と。
君は切り出した。君は確かにあの恋人を愛していたから。

言葉はいらない、ただ、もう顔を見せないで。



[言葉はいらない、ただ…]

8/28/2022, 12:57:33 PM

突然の君の訪問。雨の中、ドアを開けたら冷たい風が吹き込んできて身震いして、君の言葉に心臓が止まり掛けたのが四半刻前。今はとにかく君とずぶ濡れになりながら歩いていた。
死にたいと零した君に、どこで死ぬのと問いかけた。すると笑って、分からないと答えた。じゃあ探しに行こう、二人で。最後の最後まで一緒にいて、一緒に死のう。そしたら何も寂しくないから、と半ば強引に押し通した。寒いけど、でも一人で家で過ごしてた先程よりかはずっと暖かい。君も笑っていて、多分こんな時間だけだったら君も死ななくてもすんだのかもしれない、なんて。
飛び込みは迷惑かかるからダメ、飛び降りもちょっと嫌、でも血は見たくない。ならば、君が大好きな夜の海へ行こう。海の生物にはちょっと申し訳ないけれど、でもあの綺麗な海の中で死ねるのなら本望だと二人で意見が揃った。
「でも今日は雨だし、晴れたらがいいな」
「折角なら綺麗な夜の海で死にたいね」
じゃあ、ちょっとだけ死ぬのは先延ばし。

突然の君の訪問。終わりをちょっと延長します。



[突然の君の訪問。]

8/27/2022, 12:27:53 PM

雨に佇む、とはつまるところこういう感じなのだろうか。先程まで読んでいた小説の表現を使うなら濡れ鼠。けれど君は確かに扉の向こうに佇んでいた。
天気予報は今日一日雨予報、外出せずにのんびり過ごそうと思った矢先に君はインターホンを鳴らしたのだ。ドアを開ければ夢でも幻覚でもなく、君は確かにそこにいた。傘を持たず全身ずぶ濡れな君は力無く笑っている。とりあえず中に入れようと声を掛けかけた瞬間に君が言った言葉は、確かに二人の時間を止めた。
「最後に、君に会いたくて」
君はぽつり、ぽつりと零していく。もう疲れたのだと、生きてはいられないのだと。弱った声と姿でも、表情はずっと笑顔だった。力ないけれど、本心の。
「今から死んでくるんだ。会えて嬉しかった」
「待って」
声をかけてしまった、止めてしまった。考え無しではあるが、口をついて出たこの言葉は間違っていない。自分ではこれが最善で、本心だから。
「連れてって。一緒に逝かせて」

一人で雨に佇むのは、さむいから。



[雨に佇む]

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