初音くろ

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5/5/2023, 3:06:39 PM

《君と出逢ってから、私は・・・》





最初は天敵だった。
私がどんなに努力しても、悠々と一歩先を行く君が、憎たらしくてたまらなかった。

それから暫くして、好敵手になった。
飄々とした態度の裏で、君もたゆまぬ努力をしていることを知って。
苦手な科目を教えあい、切磋琢磨できるのは楽しかった。

君と出逢ってから、私はずいぶん成長したと思う。
誰かと競いあう方が張り合いがあること、共に学ぶことで新たな視点が生まれることを知った。
一人で黙々と学ぶより、身に付くことが多かった。
あんなに憎たらしかった一歩先を行く君が、いつしか先導してくれているようで頼もしく感じるようになっていた。



「結局最後まで勝てなかったなあ」

卒業前の最後の試験、貼り出されたその順位表を見上げながらぽつりと呟く。
一番最初に試験の結果を見た時にはあんなに悔しかったのに、今は納得している自分がいる。
全く悔しくないわけではない。
最後の試験くらいはせめて負けずに肩を並べたかったのに、それが叶わなかったのはやっぱり悔しい。
でも、その悔しさは、自分の努力不足を嘆くものだ。

そしてもう1つ。
密かに掛けていた願が不発に終わったことも、残念でならない。

好敵手。級友。親友。
私達の関係を表す言葉に色気はない。
もしもこの試験で君に勝てたら――勝てないまでも、せめて同点で肩を並べられたなら、胸の内で密かに育ったこの気持ちを告げようと思っていたのだけれど。

よく考えたら、これで良かったのかもしれない。
告白しても受け入れてもらえる保証はなかったんだし。
たまにいい雰囲気になってたように思ったのだって私の錯覚だったかもしれないし。
告白して玉砕したらそれまでだけど、言わずにおけば少なくとも友達のままではいられるわけだし。

言い訳がましく頭の中で繰り返していると、本当にこれで正しかったのだと思えてくる。
これで大事な友達を失わなくて済むと安堵さえ覚える。

「結果は?」
「おめでとう。いつも通りの順位だったよ」
「やった!」

遅れてやってきた好敵手殿に結果を問われ、私は笑顔でそれを告げた。
普段は順位なんて気にしないのに、今日は珍しく喜びを露わにしている。
在学中の全試験でトップを死守したという偉業を達成したのだからそれも当然かもしれない。

「良かったね」
「うん。実は願掛けてたんだ」
「願掛け?」
「そう。今日の結果で1位を死守できたら、君に好きだって言おうと思ってたんだ」
「え?」

聞き違い?
私は都合のいい白昼夢でも見てるんだろうか?

信じられずに目を丸くする私と、はにかむように微笑む君。
周囲から音が消え去り、まるで時間が止まったかのよう。
順位表を見に来た人達は、突然の告白劇を固唾を飲んで見守ってる。
恥ずかしさのあまり、私は君の手を取って、脱兎の如くその場から逃走した。
衆人環視の中で答えるなんて冗談じゃない。

ああ、本当に、君と出逢ってから、私はいつもジェットコースターに乗ってるみたいだ。
感情のアップダウンが激しすぎて寿命がいくつあっても足りやしない。
だけど、君と出逢ってから、私の世界は鮮やかに色付いて、もうモノクロームの世界になんて戻れっこない。

告白の返事を聞いた君の笑顔は、私が見たどんなものより色鮮やかに輝いていた。





5/4/2023, 12:59:37 PM

《大地に寝転び雲が流れる……目を閉じると浮かんできたのはどんなお話?》





丘の上、外套を敷物代わりにしてごろりと仰向けに寝転んだ。
草原を渡る風が葉を揺らす音が潮騒を思い起こさせる。
不意に訪れた郷愁にも似た感傷を振り払うかのように、ぼくは大きく伸びをした。

故郷を離れて、もうずいぶん経つ。
夢を叶えるまで帰らないと、啖呵を切って飛び出したのは成人してまもない頃だった。
好きだった彼女は、きっともう誰かと結婚してしまったことだろう。
待っていてほしいなんて、あの時のぼくは、とても言えやしなかった。

視界いっぱいに広がる青空には白い雲が悠々と流れていく。
いつか彼女と見た空と雲を思い出し、何となく似た形の雲を探す。

未だ夢半ばではあるけれど。
帰りたい。そして、会いたい。
もしも彼女がまだ独り身だったなら、そしてぼくのことをまだ好きでいてくれたなら。

「一緒に来てくれって言ったら、頷いてくれるかな」

そんなことを夢想するけれど、それが決して現実にはならないことを、ぼくは誰よりもよく知っている。
きっと彼女にそんなことを告げようものなら、ふざけるなと怒鳴られることだろう。
そして、置いていったくせに今更調子のいいことを言うなと蹴飛ばされるに違いない。
いや、そもそも待っていてくれるなんてことあるわけがない。
もしもまだ想っていてくれるとしたら――

「やっと見つけた!」
「え?」

白昼夢でも見ているのだろうか。
ざかざか草を踏みしめる音が近づいてきたと思ったら、不意に頭上に影が差し、今まさに思い描いていた声が降ってきた。
声の主の顔は、影になってよく見えない。
けれど、これが都合のいい夢でないのなら――ぼくが彼女の声を聞き間違えるはずはない。

「待っても待っても帰って来ないんだもの。待ちくたびれて追いかけてきちゃったわよ」
「夢じゃない、のか」
「夢なんかであるものですか。お嫁さんにしてくれるって約束、まだ有効でしょうね? それとも私のことなんかとっくに忘れて、もう他の人のものになってたりしないわよね?」

強い口調とは裏腹に、その声は微かに震えていて。

ああ、彼女だ。
会いたくて会いたくて堪らなかった、いつだってぼくの胸を焦がし続けていた彼女だ。
忘れるなんてできっこない。
だって、ぼくは。

「君に相応しい男になるためにって村を出たのに、忘れるなんてことあるはずないよ」
「それなら良かった」

そう、もしも彼女がまだぼくのことを想っていてくれるとしたら、大人しく待ち続けるより、きっと追いかけてくれることを選ぶだろうと思ってた。
まさか本当に追いかけてきてくれるとは思わなかったけど。

「さっきの」
「うん?」
「一緒に来てくれって言ったらってやつ。あれが私のことなら、答えはもちろん『連れてって』だよ」
「……!」
「だから、もう二度と置いてかないで」

涙の気配を感じさせる声に、ぼくは一も二もなく飛び起きると、力いっぱい彼女の身体を抱きしめた。
久しぶりの抱き心地は以前とは違っていたけれど、布越しに伝わる体温は覚えているままで、胸に甘い幸福感が広がっていく。
大事な人を再びこの腕に抱けたことを神に感謝しながら、ぼくはもう一度空に目を向ける。
流れる雲は、いつか見た雲の形ととてもよく似ていた。





5/4/2023, 5:35:54 AM

《「ありがとう」そんな言葉を伝えたかった。その人のことを思い浮かべて、言葉を綴ってみて。》





「ありがとう」
そんな言葉を伝えたかった。
過去形なのは、その相手にもう伝える術がないからだ。

若くして亡くした親に。
疎遠になって、今はもう連絡の手段すらないかつての友に。
これまでの自分を形作ってくれた多くの人や物に。

感謝の言葉を、その想いを、直接伝えることはできないけれど。
その気持ちはわたしの胸にしっかりと根を張っている。

そして、そういう相手がいるからこそ。
今そばにいて伝えられる相手には、なるべく言葉を惜しまず伝えるようにしたい。
伝えられなかったことを悔いる回数は、少ないに越したことはないのだから。





5/2/2023, 2:54:57 PM

《優しくしないで》





彼は優しい。
泣いてる子供から困っているお年寄りまで、老若男女問わず誰にでも優しい。
その優しさは多くの人に向けられているもの。
決して特定の誰かのために向けられたものではない。

「はい、これ」
「何?」
「週末法事に行ったから、お土産」

笑顔で渡された包みを開けると、前にネットでバズってたお菓子が出て来た。
通販はやっていなくて、そのお店でしか買えないもの。
近くにその店の支店はなく、買いに行くにも少し遠くて諦めてたのに。

「なんで……」
「こないだ食べたいって言ってたでしょ。ちょうど斎場から近かったから」

だからと言って、わざわざ買ってくるか?
……買ってくるな、この人なら。
それが単なる友達でしかない相手のためであっても。
いや、それとも、その程度の苦労は厭わない程度には親しい友達という認識なのかもしれない。

嬉しいけど、嬉しくない。
だって彼のその親切はわたしだけに向けられるものじゃない。
周囲にいる人、みんなに向けられるのと同じもの。
彼の「特別」になりたいと願うわたしにはそんな平等な優しさは少しだけ痛い。

みんなと同じ優しさを向けられるくらいなら、わたしだけ意地悪されたい。
別にマゾなわけじゃない。
ただ「みんなと同じ」なのが辛いだけで。

「あれ? 嬉しくなかった?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう」
「その割にはあまり嬉しそうじゃないよね」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって」

ちゃんと笑顔でお礼も言ったのに、彼は全然信じてくれずに思案顔。
心配そうに覗き込まれて途端に鼓動が騒ぎ出す。

「もしかして体調悪い?」
「そんなことないってば」
「だってなんか顔が強張ってるし、顔も少し赤いし。熱でもある?」
「ないよ! ほんとに平気!」

そんなに心配してくれなくていい。
些細な変化になんか気づかずにいてくれていい。
だって、そんな風に優しくされたら、誤解して自惚れちゃいそうで。

きっと他の子にも同じようなことしてるんだろう。
よく知らない子なら、自分に気があるんじゃないかって誤解しちゃうよ。
脈があるって勘違いしちゃうよ。

いっそわたしも勘違いして自惚れられたら良かったのに。
でも、彼の為人をよく知ってるわたしは、そんなおめでたい勘違いはできない。
何度も期待しかけては他の人にも同じように優しいのを見て思い知らされてきたから。

だから、もうやめて。
わたしに優しくしないで。
期待させるくらいなら、冷たく切り捨ててくれた方が、きっとよほど優しい。

「伝わらないな」
「何が?」
「まあ、長期戦は覚悟の上だし、気長にいくよ」

優しい優しいその眼差しに、他とは違う甘さが滲んでいたことをわたしが知るのは、もう少し後のお話。





5/1/2023, 11:45:14 AM

《カラフル》





「何これ可愛い!」
「だろ? おまえ絶対好きだと思った」

瓶の中には色とりどりのジェリービーンズ。
空豆みたいな形の砂糖菓子は目にも舌にも楽しい。
大きな目をキラキラさせて笑顔になったのを見て、心の中で「よっしゃ!」と叫ぶ。
きっと今のオレはそれはもう得意満面といった顔をしてることだろう。

姉ちゃんを拝み倒して連れてってもらった雑貨屋さんで見つけた時、ひと目で「これだ」と思った。
せっかくの誕生日プレゼントなんだから形に残る物にしたら?
そんなありがたいアドバイスもろくに耳に入らなかった。
たしかに中身の菓子は食べたらそれで終わりだけど、猫の顔の形をした瓶も可愛いし、食べ終わった後も小物入れとかにして使ってくれるかもしれない。

そうして買ってきたこのプレゼントを渡したのが今である。
予想通り、いや、予想以上に喜んでもらえて、オレまで嬉しくなってしまう。
今はただの幼なじみだけど、これで少しは意識してもらえるかもしれない。

中学生になって急に可愛くなったとか言って、突然周りの奴らが騒ぎ始めた。
自慢じゃないがオレは小3の頃からこいつのことが好きだったんだからな。
先月まで男女だのゴリラだの言ってたようなニワカになんか負けていられるか。
こいつの誕生日も、好きな物も、あいつらと違ってオレはちゃんと知ってるんだ。

「それで、これ、どうしたの?」
「どうしたのって……プレゼントだよ。おまえ、今日誕生日だろ」

まさかの本人が忘れてるパターンだった!
でも逆に「わたしも忘れてたのに覚えててくれたの!?」ってなるやつか!?
よくやったオレ!
これで更に好感度アップするかも!!

なんて浮かれたのも束の間。

「わたしの誕生日、明日だけど」
「え?」
「小さい時からずっと一緒だったのに誕生日もちゃんと覚えててくれないんだ」

向けられたのは、予想とは真逆の白い目で。
目に見えてがっかりした顔をされて、こっちの頭の中まで真っ白になって、言い訳の言葉も出てこなくて。

「ちょ、嘘だろ、待って今日何日!?」

買ってもらったばかりのスマホを出してカレンダーを確認しようとするけど、パニクってるせいで目当てのアプリが見つからない。
それがますますオレを焦らせて、心臓はバクバクするし、嫌な汗は出てくるしで、本気でわけがわかんなくなってくる。

たぶんオレは相当情けない顔をしてたんだと思う。
あまりに慌てまくるオレが気の毒になったんだろう。
彼女は大きなため息をついて、落ち着かせるようにオレの手を握ってくれた。
華奢でほっそりした指先は少しひんやりしていて、その感触が焦っていた気持ちを鎮めていってくれる。

「いじわる言ってごめん。明日って言ってもあと何時間かしたら当日だし、一番乗りでプレゼントくれたのは嬉しい。ありがとね」
「オレも、誕生日間違えるとかカッコ悪すぎてごめん」
「いいよ。フライングしてくれるくらい誰より早くプレゼントくれたかったんでしょ。あんたのそういうとこ、わたしは好きだし」
「えっ!?」
「卒業のちょっと前から、あんた背が伸びたでしょ。女子の間で格好いいって言われてるんだよ。でも、他の子よりまだわたしの方が仲良いって自惚れてもいいんだよね?」

悪戯っぽく見上げてくる上目遣いは反則級の可愛さで。
これはどう考えてもオレのこと好きってアピールだよな!?
さすがにオレのイタい勘違いじゃないよな!?


その日、オレ達は腐れ縁の幼なじみから、彼氏と彼女にクラスチェンジした。
初めてのキスは、甘い甘い砂糖菓子の味。
それからの日々はジェリービーンズみたいに色とりどりの思い出で紡がれていく。





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