《優しくしないで》
彼は優しい。
泣いてる子供から困っているお年寄りまで、老若男女問わず誰にでも優しい。
その優しさは多くの人に向けられているもの。
決して特定の誰かのために向けられたものではない。
「はい、これ」
「何?」
「週末法事に行ったから、お土産」
笑顔で渡された包みを開けると、前にネットでバズってたお菓子が出て来た。
通販はやっていなくて、そのお店でしか買えないもの。
近くにその店の支店はなく、買いに行くにも少し遠くて諦めてたのに。
「なんで……」
「こないだ食べたいって言ってたでしょ。ちょうど斎場から近かったから」
だからと言って、わざわざ買ってくるか?
……買ってくるな、この人なら。
それが単なる友達でしかない相手のためであっても。
いや、それとも、その程度の苦労は厭わない程度には親しい友達という認識なのかもしれない。
嬉しいけど、嬉しくない。
だって彼のその親切はわたしだけに向けられるものじゃない。
周囲にいる人、みんなに向けられるのと同じもの。
彼の「特別」になりたいと願うわたしにはそんな平等な優しさは少しだけ痛い。
みんなと同じ優しさを向けられるくらいなら、わたしだけ意地悪されたい。
別にマゾなわけじゃない。
ただ「みんなと同じ」なのが辛いだけで。
「あれ? 嬉しくなかった?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう」
「その割にはあまり嬉しそうじゃないよね」
「そんなことないよ」
「そんなことあるって」
ちゃんと笑顔でお礼も言ったのに、彼は全然信じてくれずに思案顔。
心配そうに覗き込まれて途端に鼓動が騒ぎ出す。
「もしかして体調悪い?」
「そんなことないってば」
「だってなんか顔が強張ってるし、顔も少し赤いし。熱でもある?」
「ないよ! ほんとに平気!」
そんなに心配してくれなくていい。
些細な変化になんか気づかずにいてくれていい。
だって、そんな風に優しくされたら、誤解して自惚れちゃいそうで。
きっと他の子にも同じようなことしてるんだろう。
よく知らない子なら、自分に気があるんじゃないかって誤解しちゃうよ。
脈があるって勘違いしちゃうよ。
いっそわたしも勘違いして自惚れられたら良かったのに。
でも、彼の為人をよく知ってるわたしは、そんなおめでたい勘違いはできない。
何度も期待しかけては他の人にも同じように優しいのを見て思い知らされてきたから。
だから、もうやめて。
わたしに優しくしないで。
期待させるくらいなら、冷たく切り捨ててくれた方が、きっとよほど優しい。
「伝わらないな」
「何が?」
「まあ、長期戦は覚悟の上だし、気長にいくよ」
優しい優しいその眼差しに、他とは違う甘さが滲んでいたことをわたしが知るのは、もう少し後のお話。
5/2/2023, 2:54:57 PM