ねえ、いくら振っても
なにも出てこない
ほんとにからっぽなんだよ
となりのへやでがなりたてるよっぱらいの唄声さえ入りこんでしまう部屋からは
ものがすこしずつ消えている
ぼくはいまでは無性に理由をさがしていて
写真なんかを、始めてみようとおもっている
いらない、いらないと言い続けてきて
しまいに風景を切り取れたら
それは要らなさの極致なんだというような
あるいは記憶だけが残るような
予感がしてるんだ
ぼくはもうほんとに
からっぽなんだ
カメラをかおうかな
外に出たい
#逆さま
ここにいる。なにもぼくの内にはないのに、話すことさえできる殻のように、価値を守るそれを尊びながら。あなたの大切なものも同じ空の下に置いておいてくれたら。あるいは、たましいの味方をしてくれたなら。すべての行いの熱量、そのほんのひとかけらでも届けよと、あなたを暖め得る夢を見ていたい。景色からなにも奪わないで、街の灯のしたにはだれも埋まっていないから。美しい顔も斜陽のかいなに抱かれてみえなくなる、そのあとに残された声の、言ったこと。
#夢と現実
夜の瀬戸内は星の揺りかごのごとく、あまやかな晦冥のブルーを敷き詰めて、星のおもてからわたしのまなこまでは、糸がひとつ濡れたように張られる。その深い詞海から、古い情緒へと言葉が落ちるようにと、とうめいな永い指のことを感じたり、天からばらまかれた光が巨大な花茎の無限に裂けた形になって、わたしの吐いた気息をまた呑ませたりする。そして手持ち無沙汰に、あなたもこの星空を知っているのだろうと思う。そうすると眼窩の奥にじっと滲むものがあり、天国のためにためておいた涙も暗い波際からこちらに歩いてきて、あなたに手紙を返せなかったわたしのこともやはり繋ぎ止めている。手を取り合っては離れる夜の雲たちが、伝えられることのなかった人の愛のすべてを知っているなら、彼らにだけは、あなたを心で抱きたいとはじめて吐きだしてもよかった。こんなに綺麗な世界の、わたしのために置かれた少しの場所で、わたしは今、わたしだけの初夜を、一人迎えている。
#不完全な僕
与えられたものの傍で
おにぎりを食べながら
夏の空は木立の隙間にかがやいて
ここに求めたものは
ひとつも無いけれど
ぼくのいのちにとっての
自然はあるのだと悟った
ぼくはぼくの祈る脚を
夜の悲鳴の先へ伴っていく
だれとも結ばれることはないだろう
子どもが生まれてくることなんてないだろう
しかしその分
仕えることをやめてはならないのだと
さみしい心底から掬い上げた
つたない意思を形にして
少しだけ自分のこと
信じられるようになれたらいいんだ
そう思ったよ
#さよならを言う前に
あなたはなぜ書く
本当らしく
もっともらしく
なぜそこにいる
ほかの何処でもないそこに
なぜいる
なぜ
(破裂)
蠕動している大地の撓みに
片脚をもぎとられた話者を
引き摺って歩く街は泥の河
頭の燃えた蛍を呼びつけ
水溶性の悪を孕ませる
矮小な理念の遺構に
死の光の穂が地平まで揃って波をうって
ひかりになれぬものに
ひかるものをみいだす心はつくられた
あさましく、こどもの純な渾沌がまろびいで
おれは救われぬ
破裂した ばらばらの意味となって
生きがたいとさけんだ
鏡の口角を撃ち抜いた
馬鹿なことには耐えられぬ
救われぬ
破裂
破裂続きの
幸福な物質に
あさましい温もり宿り
死は
閉め切られた
剣の礎石になるを得ず
豚を食う塵が舞う
おれはどこ
どこに
光を知ればいい
だれか
だれか
救われぬのなら
おれを
おれを
(破裂)
#いつまでも捨てられないもの