人生に対して抱いたことのある、夢の深度がそのまま歩調に作用している者は、伴に語ることを諦めるのも早い。糸電話も、電波も、望遠鏡も、それに類する時空を超える方途を何一つ発明することのできぬ、無力な流星が朝焼けに伍せぬように、牙の生え揃った穴の周りの肉を少しばかり、言葉は焦がすのに過ぎない。
#どうして
手形がはりついている
髪の毛が埋まっている
人影がやきついている
夕にはいたんだがね
いましがた居なくなった、
と云う人と先刻合ったよ
ああ月の話さ
あの光を見ているとどうもね
比喩の原罪という
念頭を去らぬよごれのことを思い出す様だ
たっぷりあるのは
総じて悪だね
だから光とは
無窮を解釈しようと奔るのだよ
善くないね
じつに善くない
時空は膨大だ
膨大な悪だ
その悪に追いつこうとすれば
「とわ」とのたまう唇のひびわれだ
夜の赤い裂け目に指の掛かるとき
喉を悲鳴が動かす仕方に我らは通暁している
この世でもっとも怪我してきた動物を知っているかい
猿だよ
いまも洞穴におりながら
醒めやらぬ飢えの寝床にもぐる毛むくじゃらの
背筋に生え揃った記憶の草原
おまえ
孤独か
淋しい犬歯よ
おまえの裔はな
おのれの腹を割ったなかから
機能せぬ臓物を取り出し、計り、名づけるほど暇だ
おまえ
報われはしなかったな
猿よ
始まりは太初の言ということになっている
神は初めからよく喋るが
おまえはすっ転び、生傷をこさえてきた
なにがなにやら
わからないな
#イブの夜
社会人のふりをしているけど、社会人ではない。一人の友達もいないってのは、社会人ではない。毎日誰にも褒められることなく眠るというのは、社会人ではない。社会人でないというのは、病質の種を温めている状態であって、危険なことだ。それと知らずに、地下室にいるのなら、なおさらだ。だれもその手記を読まない。発見もされない。一体どうする。どうする…?
#寂しさ
痛みを経ても
痛みが増しても
挨拶をする
あなたとは毎朝
すれ違ってしまうから
理由は他愛もなく
いや、それこそが他愛であるのか
ぼくの軋んでいるエンパシー
つぎの息は吸うのか、吐くのか
わからなくなる
道を変えたほうが
よろしいでしょうか
#心と心
「明日は早いのか、じゃあもう準備して寝なきゃな」と、だれかが電球のような小さな声を灯すから、都市は都市の輪郭になる。その人はきっと、息切れをするようにつぎの言葉に縋っている。おわらないんだ、ほんとうは。千年の信仰に名を印しても、一万年の歴史を知らないでいる。涙がかれてしまうよ、森の中で雪解を搾っては暮せない。閉ざされ、氷漬けになった眼に映じるものを選べないまま、夕陽が詩に変わる。そのとき霜の降りた心のなかで、ひとりぼっちになる人がいる。神の家の食卓を銀色に縁取る平和は絵のようで、氏族は掌上の言葉を摘んで油に浸して食べる。コンビニの駐車場では長距離輸送車の運転手が頑なに眠り、インスタントラーメンを啜る土方が吸い殻をコーヒー缶に詰めこんでいる。資源ゴミを山のように積んだ台車が高架の柱のあいだを牛のように牽かれながらぎいぎい鳴く。出稼ぎに来ている風俗嬢のキャリーバッグが交差点の白い脚の下で寒空から目を逸らしている。スマホの光で照らされた怯えが雨粒を透かしてかち合うと、繁華な人波のなかで火花がまたたく。あちらの方角にみんなが一斉に姿を消したから、タクシーの群れは小魚のように大都会のおこぼれの周りを争っている。幸せは契約することができない。詩は子どもを残さない。匿名。金の匂い。都市生活者。マスプロダクト。太陽は朝を知らない。労働は夜の王にまで上り詰めたというのに。わたしは太陽の恥知らずなほどに邪気のない楽園の扉を叩いている。「この朝をやめて。どうか終わらせて。あなたは知らないだろうが人は夜でも働いています。扉を開けてください。炎をください。すべて流し去る炎を。わたしを死なせて。」
#手を繋いで