「明日は早いのか、じゃあもう準備して寝なきゃな」と、だれかが電球のような小さな声を灯すから、都市は都市の輪郭になる。その人はきっと、息切れをするようにつぎの言葉に縋っている。おわらないんだ、ほんとうは。千年の信仰に名を印しても、一万年の歴史を知らないでいる。涙がかれてしまうよ、森の中で雪解を搾っては暮せない。閉ざされ、氷漬けになった眼に映じるものを選べないまま、夕陽が詩に変わる。そのとき霜の降りた心のなかで、ひとりぼっちになる人がいる。神の家の食卓を銀色に縁取る平和は絵のようで、氏族は掌上の言葉を摘んで油に浸して食べる。コンビニの駐車場では長距離輸送車の運転手が頑なに眠り、インスタントラーメンを啜る土方が吸い殻をコーヒー缶に詰めこんでいる。資源ゴミを山のように積んだ台車が高架の柱のあいだを牛のように牽かれながらぎいぎい鳴く。出稼ぎに来ている風俗嬢のキャリーバッグが交差点の白い脚の下で寒空から目を逸らしている。スマホの光で照らされた怯えが雨粒を透かしてかち合うと、繁華な人波のなかで火花がまたたく。あちらの方角にみんなが一斉に姿を消したから、タクシーの群れは小魚のように大都会のおこぼれの周りを争っている。幸せは契約することができない。詩は子どもを残さない。匿名。金の匂い。都市生活者。マスプロダクト。太陽は朝を知らない。労働は夜の王にまで上り詰めたというのに。わたしは太陽の恥知らずなほどに邪気のない楽園の扉を叩いている。「この朝をやめて。どうか終わらせて。あなたは知らないだろうが人は夜でも働いています。扉を開けてください。炎をください。すべて流し去る炎を。わたしを死なせて。」
#手を繋いで
12/9/2024, 12:36:49 PM