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12/20/2024, 10:53:06 AM



寂しい、行かないで、と涙する女。僕は自身の脚に縋り付く彼女を睥睨する。

「僕も君が居ないと寂しいですよ。……でも、君と違って悲しくは無い」

何時からだろうか、「寂しい」が「悲しい」と同義のように扱われるようになったのは。「寂しい」とは「満ち足りない」事のみを指すはずだ。本来そこには悲哀の感情は含まれていない。しかし、欠落や空虚は忌避されるようになってしまった。誰が定義した訳でも無いのに、君も世人も充足こそ幸福と思い込んでいる。
欠落の無い完全な人生は可能か、出来た穴は埋めなくてはならないのか、更に言えば穴が増え全てが虚空へと溶けるのは悪なのか────否、否、否である。執着こそが悪なのだ。両手に何かを持っていないと不安になってしまう、ものへの飢えが君を苦しめているのだ。「満たされなくてはならない」という強迫観念は捨ててしまえ。その桎梏から逃れ空空漠漠たる日々へ身を委ねれば良いのだ。

相変わらず彼女は哀しみに打ちひしがれた顔をしていた。だが僕はこれを伝える気は無いし、手を差し伸べたりもしない。君が僕の考えを理解しようが拒絶しようが関係ない。僕は静かに脚を払い除けた。

さあ、独りデカダン的人生を賛美しようでは無いか!


【 寂しさ⠀】

12/18/2024, 10:39:42 AM


「冬『は』、なの?」
「あっ、いや、その......冬だけじゃなくて......」

僕が先刻こぼした、冬は一緒にいようよ、という言葉。その小さな綾を慌てて直そうとする僕の唇に、君のひんやりと冷たい人差し指がそっと添えられた。僕の瞳を見つめ、君はゆっくりと首を振る。

「貴方のくれたザクロなら、わたし、丸々ひとつ食べてもかまわないわ」

目の前の乙女はそう言って少しはにかみ、その小さな顔を陽春のようにほころばせた。

【 冬は一緒に⠀】

12/17/2024, 4:33:50 PM

「あなた、あのバラエティ番組、毎週録画に設定してたでし
ょ」

私はひとつ息を着き、視線を窓から横になっている貴方の隣に移し、また言葉を続ける。

「まったく、見ないのに溜まる一方なんだから。この前なん
てね、容量不足で私が予約したドラマ、撮れてなかったの
よ?」
「……ごめん」
「まあ、いいんだけど。…ねえ見て、さっき花屋で買ってき
たの」

そう言って私は肩にかけた鞄から、パッケージに色とりどりの花々と「チューリップ」の文字がプリントされた袋を取りだし、あなたの目の前に持っていく。

「じゃーん、チューリップの球根!十二月中旬までに植えれ
ば、春には咲いてくれるって。明日にでも植えようと思って
るの」
「……そっか、良いね、ところでさ、」
「そう楽しみなの!そう言えば卵焼き器も買たのよ!あなた
も良いねって言ってたし、私も欲しかったから。年末セー
ルで安くなってたのよね」
「良かったね、それでさ、」
「そうでしょ! あ! あと私ランニングシューズも買っちゃっ
た!あなたと一緒にランニングしたいなって思ってね」
「そうだね、それで」
「今は寒いからヤだけど春になったら暖かくなったらあの小
学校の前とかいっしょに走ったらきっと桜が満開で綺──
「なあ!!!!!!」

突然怒鳴られ、思わず大きく肩が跳ねる。鼓動の打つ音だけが部屋に響く。

「……ごめん、大声出して」

重い静寂を破りあなたがポツリと呟く。私が返事をするより先に、あなたはその先の言葉を継ぐ。

「その番組予約、解除していいよ」

「え」

「俺の弁当箱棄てていいよ、
俺の箸も棄てていいよ、
俺の本も売っていいよ、
俺のポスターも剥がしていいよ、
俺のダンベルも棄てていいよ、
俺の布団も棄てていいよ、
…………あとさ、俺の靴、それと服も棄てていいよ」

五臓六腑を掴まれたような感覚に陥る。私はやっとの思いで息をする。喉が、舌が、乾涸びて上手く喋れない。

「…………ゃ……やだ、やだよ」
「なあ…お願いだから現実を見てくれ。
俺はこの冬でお終いなんだよ」





言葉も水分も失った口とは裏腹に、瞳から零れた滴が白い寝具に灰色の斑を作る。

「俺が居なくても、お前は大丈夫だよ」

その時、私は初めて顔を上げてあなたの方を見た。病室のベッドに横たわり、その腕には点滴の針が刺さっている。あなたの頬の痩けた顔は、そのシーツの白より真白だった。あなたは弱々しく口角を上げてみせる。その今にも消えてしまいそうな笑顔に、私の瞳孔は縫い付けられた。その笑顔に心は慰められるどころか、目を細めてとめどない落涙を抑えることすら出来なくなった。

「そう言えば、家の借り換えの手続きは済んだ? 俺名義だっ
たよね。あと親には財産分与がお前にも行くように連絡し
たから、安心して。あのミニバンは折半で買った事も言っ
たよ。ああ、あと友人への訃報は……」


泣きじゃくる私に、あなたは延々とこの先の大切な必要な事を話し続ける。
嫌だった。あなたの欠けた生活など考えたくもない。今も私達の家の中であなたの痕跡を探し続けているのに。何かに出会う度に、これをあなたと話そうと、意識せずとも考えてしまうのに。私達は何となく他愛のない会話を重ねながら、これからも季節の移ろいを見守っていくのだと信じていた。あなたとなら特別な物語でなくたって良かった。あの日常が恋しくてたまらなかった。溢れる嗚咽を必死に堪えながら話しかける。

「……ね、ねぇ」
「なに?」
「いつもみたいに、何気ない、話が、したい」

あなたは少し困った顔をして、暫し目を伏せ考える。そしてこちらに向き直り、少し首を傾げてみせた。

「今日は晴れだから、 日差しが暖かくて……良い日だね?」

ねえ、それじゃまるで初対面の話がない時の台詞じゃないの。あともう年末だよ、外は天気が良くても凄く寒いんだよ。もっと別の話が──でもそれは、言葉に出来なかった。この病室に日常なんて物は訪れない、くすんだ天井を見上げて日々をやり過ごすあなたには、何気ない事すら存在し無いのだ。
黙り切った空間で、私の嗚咽と遠くで鳴る夕方のチャイムが不響和音を奏でている。

私達がとりとめもない話をする時期は、もうとっくに過ぎ去ってしまったらしい。


【⠀とりとめもない話 】

12/16/2024, 4:33:09 PM

朝のホームルームの始まる前の騒がしい教室。俺は課題を進めながら、隣の席の奴と中身の無い話をしていた。ヴヴ、ブレザーのポケットの中で小さく振動がした気がして、取り出して画面を確認した。すると画面にあいつからのメッセージが、子気味の良い音をたてて現れた。 

『はよ』
『今日休むわ』

またか、と俺は溜息をつく。俺の学校では、本来休むときは電話で連絡する事になっている。だがこの怠惰な男は、俺を教師への伝達媒体か何かだと思っている節がある。
『なんで』
理由を訊くのは、彼の体調が心配だからでも、教師に訳を添えて伝えてやるための親切心からでも無い。そう、こいつが『ズル休み』の前科n犯だからだ。『やむを得る』理由で休んだその咎は枚挙に遑がない。ある時は古文の小テストがあるから、ある時はゲームのイベ周回で忙しいから、またある時は家の猫を撫でたいから、などとまあ、ふざけたことを抜かしやがった。そのせいで憐れな俺も、毎度教師に泣く泣く虚偽罪を重ねさせられているのだ。
返信を待っていると、横で見ていた友人が身を乗り出して、おもむろに画面を覗き込む。

「まだアイツ来ねーけど、休み?」
「そ、そんで今理由訊いたとこ。どーせまた仮病だろ。あのバカにひく風邪なんかねーよ」
「……ふーん」

友人は少し茶化すような、含みを持たせた目つきで俺を見る。

「…なんか言いたいことでも?」
「いやぁさ、お前ら何だかんだ仲良いよな」
「…まあ、否定はしないけど。言う程か?」
「だってさ、気が付くといっつも二人で駄弁ってるじゃん。あとアイツがお前にだけ連絡するのもそうだし、しょっちゅう昼飯も一緒に食べてるのもそうだし…」

確かに、昼は大抵二人で飯を食いながら無駄口を叩きあっている。そう言えば昨日もそうだったな。俺が購買のパンを食べているのを見たあいつは、タンパク質を取らないからオマエは筋肉ガ〜、とか言って自分の弁当の唐揚げを俺に押し付けてきて……

「あ、」

ふと一つの懸念に気付いてしまった刹那、バイブレーションが俺の手を震わせた。嫌に軽やかにッセージが姿を現す音がする。不味い予感を感じながら、視線をじわりじわりと下ろしていくと……


『今回はマジで風邪』

ああ、やっちまった!
あいつの唐揚げを食べた俺はゾンビ予備軍である。

【 風邪⠀】

12/15/2024, 2:46:47 PM

はぁ、

僕は丸い空を見上げたままため息をついた。その音も伽藍堂に吸い込まれていく。こんなに憂鬱なのは、もう長いことゆきも君も見ていないせいだった。昔、君が小さかった頃は一緒にゆきを眺めたものだのに。

「わぁーっ! すっごいきれぇ!」

はしゃぐ君は飽きずにずぅっとゆきがこらきら舞うのを見ていた。君は腕をぶんぶん振って、ぴょんぴょん飛び跳ねて、そしたらゆきはちらちらと舞う。そんな無邪気な様子は只々見ているだけの僕も心が躍らせた。あんなに楽しそうにしてたのに、君は会いに来てくれない。僕はまた君と一緒にゆきをみたいだけなのにな─────


******


「あっ」

思い出から現実に引き戻されたように、私は白い息をついた。師走も走る12月。来週は雪だと天気予報士は言っていた。今のうちから大掃除に勤しむ私は、家中をひっくり返して周っていた。そして先刻、押し入れの奥から出した玩具箱から幼少期の思い出の品を見つけ出したのだ。

「懐かしいな」

今は亡き祖母にクリスマスの贈り物として貰ったスノードーム。中には三段重ねの雪だるまがこちらを見上げて佇んでいる。昔はこのちっちゃな銀世界が私を何時間も魅力したものだ。過ぎし冬の日に思いを馳せ、スノードームを上下に振った。しかし、振られたスノードームに水の重みは無く、揺れる水音もし無かった。嗚呼、もう一度あのミニチュアの雪の日を見たいという願いは叶いそうに無いらしい。と言うのも、中の水は干からびてしまっていたのだ。白と銀の粒だけが寂しげに雪だるまに積もっていた。それなら──────

「ほら、これなら雪だるまくんとまた一緒に雪が見れるね」

私はスノードームを窓際にそっと置いた。そして中の雪だるまを窓の方に向けて笑いかける。来週はもっと寒くなるから雪が降るらしいよ。あなたも雪が楽しみでしょ?

【 雪を待つ⠀】

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