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4/27/2025, 7:59:00 AM




国語の教科書。俺はそれをもう要らなくなった赤本の山の上にそっと置いた。

俺は四月から大学生となった。新しい生活の幕開けである。俺は大学の新たな教科書を家の棚に並べようとしたのだが、そこには高校までの教科書やら参考書がパンパンに詰め込まれていた。
「まずはこれを片付けなきゃなだな……」
まだ見返したいノートや教科書、結局使わなかったので売れそうな参考書、書き込みが多くてゴミに出す赤本……。沢山の本の山を分類して積み上げ、それらの未来を決めていった。そして冒頭へ戻る─────
俺は捨てる赤本の上に置かれた、国語の教科書を苦々しい思いで見つめた。「現代の国語」と書かれた表紙には紙飛行機の写真がプリントされている。そう、これはゴミ。小説やら評論文が沢山乗っているだけで、見返したい大切な文法も難しい公式も載っていない、こんなものを残す必要は……。それなのに、俺はその教科書をもう一度手に取った。そして、重くて厚いそれをペラペラめくった。段々とページをめくるペースを落としていく。パラ、パラ……パラ。そしてとあるページでその手を止めた。

「……舞姫」

それは俺らが高三の秋に扱った小説であった。
しかしながら、その話が特別お気に入りだった……というわけではない。いや、むしろ当時俺は国語の授業などろくすっぽ聞いていなかった。というのも、一般受験の俺はあの秋はとにかく必死だった。そして理系の俺にとって、国語の小説の授業なぞは、他の英語や数学に比べて優先度は圧倒的に底辺だったのだ。だから俺は机上には教科書だけ出して、その横に──申し訳程度に教科書の端で隠しながら──塾の課題をガリガリ進めていたのだった。

その国語のある授業のことである。いつも通り内職に没頭していると、隣の席の彼女が肘で小突いて囁いた。
「ねえ」
俺が少し顔を上げて、邪魔をしないでくれという表情をすると、彼女は小声で言った。
「当てられてるよ」
急いで黒板の方に向き直すと、教師がこちらをじっと見つめていた。
「お前、授業聞いているか?この時、豊太郎はどうするべきだったと思うか?」
「えっ……と……」
俺は塾の課題に夢中で、教科書もどこの部分をやっているかすら分かっていなかった。俺の慌てている様子を見た彼女は、自身のノートをこっそり差し出し、ある一文を指した。俺はとりあえずそのノートの文章を読み上げた。
「……豊太郎は大臣に断りを告げ、出世の道ではなく、エリスと共に生きるべきだった……と思います」
「うん、そうだな。これからはちゃんと授業は聞けよ」
「はい」
危なかった。俺は彼女の方にコソッと、ありがとうと伝えた。授業後、期末試験に出るから一度くらい読んどきなさいよ、と言われてしぶしぶ目を通したっけ。試験前には、ノートを見せて貰ったりもした。彼女は、まったくもう、などと言っていたが何だかんだ優しかった。

……たったそれだけの思い出である。彼女と俺は仲が良かった。卒業式の後の打ち上げでも隣に座るくらいには。俺らは一緒の大学を目指して勉強していた。そして俺は見事その大学に入学した。そして彼女は……彼女は別の大学に行った。俺らが一緒に目指した大学より、ワンランク上のチャレンジ校に合格したそうだ。申し訳なさそうにする彼女に、俺は一言、良かったね、とだけ伝えた。

でも俺にはなんで彼女があの時、豊太郎がエリスを選べば良かった、なんて書いたのか分からなかった。彼女は今、どんな人と出会い、笑いあっているのだろうか。
俺は何を思ったか、近くの勉強机の上に置いてあった筆箱からシャーペンを取り出した。そして教科書の舞姫の最後の文の横に、彼女の名前を書いてみた。そうしてそれを、本棚にまた戻した。もうあの名前の書かれたページを開くことはない。けれど、捨てることもできないのだ。

【 どんなに離れていても⠀】

12/24/2024, 2:37:25 PM

キミ!!そう、画面の前のそこの君だよ!

一体全体いつまで起きてるつもりなの?サンタさん、君が眠りに着くのを「まだかの、まだかの」って、お外でトナカイさんと一緒に座り込んで待ってるよ。ほら、寒空の下、白くてふわふわした髭には霜が降りてるみたい。
君が小さかったときは、「はやく明日になれー!」って急いで羽根布団の海に飛び込んでいたのに……

さあさあ!早く寝て!!
サンタさんが凍えて「こりゃダメじゃ!」って帰っちゃうその前に!

12/23/2024, 1:07:59 PM

ギフト、とは毒である。

愛の込めた贈り物は、時にその重さで貰い手を苦しめる。かのグリムの故郷にはそんな言い伝えがある。


 私は貴方に毒を贈った。“プレゼント”なんて可愛らしいものではない。勿論、毒をそのまま贈るなんてことはしない。黒く淀んだ愛に艶美な紅を纏わせて、美しい姿に仕立てた。艶やかに、鮮やかに、思わず口にしたくなるように。そして、さり気なく微笑みながら差し出してこう口にする。

“美味しそうな林檎でしょう?”

貴方は無邪気にそれを受け取った。私の思いなど知る由もない。そうして一口囓れば、貴方はたちまち夢の中。ふらりとよろめき私の腕に倒れ込む。

 貴方を抱きしめたその瞬間、私は世界で一番の幸せを感じた。独占という甘美な優越に酔いしれながら、貴方の寝顔を見つめる。そよ風が揺らす細いまつ毛も、木漏れ日を吸い込む白い肌も、その全てが愛おしい。柔らかな髪をそっと撫でながら、私は静かに呟いた。

“ずっと、こうしていられたらいいのに......”

 でも本当は分かっている。この幸せは仮初のものだと。いつか貴方は目覚めて、私じゃない誰かの手を取る。その日が来ることも、その貴方の大切な人のために、幕が下ろされる私の物語の結末も。

それでも、どうかそれまでは私の隣で眠っていて。いつか貴方が王子様の口付けで目覚めるその日まで────

12/23/2024, 3:14:53 AM

冬の柑橘の爽やかな香り
冬の恩恵のハツラツな黄

私は参考書の山の上にひとつ柚子を置いてみる

エクスプロージョン!
私の心を終始押さえ付ける受験への不吉な魂を吹き飛ばしてくれ!


【 柚子の香り⠀】

12/21/2024, 12:28:42 PM



「見上げてみれば、遥かなる空。私はその大空に羽ばたいて行きたくなった」

─────とでも思うのだろうか。天を仰ぎ、続けて考える。

無知で傲慢、世間知らず。

彼等にピッタリの言葉である。彼等がこの言葉を生み出した時、まさか自分がそれに当てはまっているなんて考えもしないだろう。やはり、如何にも傲慢である。

他の空を見た事がないのに、何故彼等は自身の星の空が大きいと言えるのか?何と比べて大きいと?まさか井戸の中の小さな生物と比べている訳ではあるまい。

"地平線"やら"天球"という語があると知ったとき、思わず嗤ってしまった。

嗚呼、本当に彼等は"大空"を知らないのだな

と。見渡せど見渡せど端の見えない空を。惑星が球である事を忘れさせる本物の大空を。

視界を埋め尽くす大嵐。何処までも続く惑星の環の影。それ等を見た事ないのによく言うものだ。

自身の母星の空に思いを馳せれば、ちっぽけな空に希望を託すこれまたちっぽけな彼等にまた笑いが込み上げてきた。



【⠀大空 】

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