冬へ
フユへ
久しぶり。元気にしてた?
私は今年も霜焼けと手の乾燥が酷いよ。まだ11月なのに1番暖かい上着着てる。
暑さは得意だけど、その分寒さに弱いの。今年こそ冬越せないかも。って、毎年言ってる気がするね(笑)また言ってるって、笑わないでよ?私にとっては毎年本気で悩んでるんだからね。
ほんとに、そろそろ冬眠必要だよ。フユは冬眠したくない?暖かいお布団でぬくぬくして過ごすの。こたつもいいね。
フユ、ハルと喧嘩してるの?最近ハルといるとこ見てない気がする。アキも、最近見かけないけど元気にしてるか知ってる?
2人とも、最近どうしてるんだろ。知ってたら教えてよ。
ハルはいつも後ろ姿ちらっと見かけてるよ。でも話しかける前にどっか行っちゃって....。
アキは最近ほんとに見かけない。アキ、どうしちゃったんだろ。心配だから結構待ってるんだよ?でもアキに会えないことの方が多い。
もちろん!フユと会えるのすごく嬉しいよ!フユとはなかなか会えなかったもんね。最近よく会えるようになって幸せだよ。
でもやっぱり、私全然2人に連絡取れないの。心配。
返事待ってるね。お仕事ファイト!
ナツ
君を照らす月
「今日満月やん!」
綺麗な満月に私は心が弾んだ。
スマホを片手に、ふーん。と生返事を返す彼が隣にいた。
「めちゃきれいやで!な?」
そう彼にも見て欲しくて問いかけるが、画面の中のTikTokが面白いらしく、彼は腹を抱えて笑っていた。切れ長の一重がさらに細く、恥ずかしげも無く大きく口を開けて腹の底から笑う彼の姿が好きだ。彼の何が好きか尋ねられたら、まずは笑顔だと言うだろう。でも....。
なぜだろう、胸が痛かった。
今は構われたぁないんや。だまれ。と心の中で呟く。なぜか私の唇は力が入り、キュッと下がる。
1人静かに窓から月を眺める。
なんとなく口寂しくて、1本火をつけた。外は静かで、部屋は彼のスマホからなる音と彼の笑い声が響く。
煙が月の灯りを揺らす様子を見ながら、月みたいな女性に成長したいと思っていたことを思い出した。今も、月みたいになりたいと思っている。大切な彼の夜道を優しく照らせるようになりたい。
煙を吐いて、彼を見つめる。
「....なれへんな。」
「なにが?」
「月みたいな美人さんになりたいなぁって思っとっただけ。」
「充分美人やろ。顔整いすぎ。」
さも当たり前のように帰ってきた言葉を、今ひとつ信じられない私がいる。
「そんなことなぁよ。でも、ありがと。」
やっぱり、私は彼の月にはなれそうにない。
彼は、私が照らすには眩しすぎる。彼は私を照らしてくれる、太陽だから。
寂しくて
「俺の見られたくない部分を見るなよな。」
「教えてくれないと、わからないよ....。」
「教えてもいいけど、教えたらお前の前から俺は消える。」
「なんでそんなかたくななの?うちは、一緒に考えたいのに。一人で抱え込ませたくないだけやん!」
「だから!教えてもいいよ。いいけど、言ったらお前の前からもダチの前からも誰もの前から俺は静かに消えるけど、それでも聞きたいんか?っていってんの!わかる?」
運転席に座る男は、あからさまにイライラしていて、助手席に座る女は余裕を失いヒステリックになりかけていた。
「いなくならないでよ。話してよ!一緒に楽になれるのを考えようよ!」
女は必死に男に訴える。
「一人で考えるより、二人で考えた方がいろいろな考えかた....。」
「うるせぇな!言ったら消える!言わんかったら消えない!どっちかなの!わかる?」
必死に、彼の心の荷物を少しでも一緒に持ちたいという女の悲痛な願いは男の怒りの声で消し去られる。
女は押し黙ってしまい、車内には男の手元のタバコが鳴らすチリチリという音だけが虚しく響く。
「....私、そんなに信用出来ないの?」
女の潤んだ声はか細く、小さかった。
返事はない。
女はため息を吐きながら頬づえをついて窓の外を見た。
少し震えた息とともに、なんとか抑えていた涙が、一つ、また一つと頬と腕をつたう。
キンモクセイ
金木犀、懐かしい音だ。
中学の教科書の小説に、その題名の話があったのを覚えている。何故か記憶に残る物語だった。少年が少女に初恋を抱く、進展もなにもしない。そんな物語。
金木犀の匂いが好きだ。
フレグランスで金木犀があればそれを選んでしまう。どこが好きとかはわからない。ただ、匂いが落ち着く。
小さく黄色い花は、印象的だ。
一つ一つに、何かが詰まってるようで。
私も、小さな花々に詰めていこう。
初恋を、純愛を、片思いを。思い出を。
そして、両手で抱え続ければいい。
行かないでと、願ったのに
カーテンの隙間から、明るい日差しが覗いている。今何時だろうと寝返りをうとうとするが、身体が動かない。頭も重く痛い。
程よく肉の着いた重たい腕が私を押さえつけ、ビクともしない。
またか。と思いながら首だけ横に、ぼやけた頭で彼の顔を見る。
長いまつ毛と、少し開いた口。チラッと見える八重歯。気持ちよさそうにイビキをかく姿は、どことなく幼い。
最近は会いに行っても仕事と友達と出かけていていないことが多い彼に、今日こそは隣にいたいと、私の休みの度にここに帰ってきてる。そんな彼とは最近、顔を合わせる度に言い合いをしてばかり心に怪我をおう。最後に笑顔を見たのは、笑顔を向けてくれたのはいつだっただろうと思うと悲しくなる。
「あんなに笑ってくれたのに....。」
独り言のようなつぶやきは、彼の爆音アラームに掻き消される。
「仕事の時間だよ、起きて。」
彼をゆさぶろうと腕を上げるが、その腕は重たく、力が入らない。彼はアラームを嫌うように、低く唸りながら寝返りを打つ。離れる重たい腕を恋しく思いながら、私はベットから降りた。
視界がグラッと歪み、私は身体が思うように動かなくて受身を取れずそのまま倒れ込んだ。深い眠りにいる彼はそれにも気づかない。なんとか上体を起こした私は机の上の菓子パンを手に取り、這うように彼の枕元へ向かう。
「起きて。」
何とか揺さぶると彼は半目を開いて、また眠りにつこうとする。
「だめ、ご飯食べて。」
そう言いながら少し開いてる口に菓子パンを押し付ける。嫌そうに顔を顰めながら、彼は少しずつ菓子パンを食べている。毎回、オオカミに餌付けてる気分になる。
30分ほどそれを繰り返し、彼はやっと目を覚ます。ねむいと言いながら、私に一切視線をよこさずタバコとスマホを手に彼はトイレに向かった。私は遅刻することはないと安堵のため息を吐く。
しばらくして帰ってきた彼は目が覚めていて、バタバタと着替えている。そんな姿を、ぼんやりと見つめた。
「じゃあ。」
そう言った彼は、初めて私を見てくれた。見送ろうと立ち上がる私はまたグラッとよろけて立てなかった。
彼の切れ長な一重が私を射る。口角は下がっていて、不機嫌そう。
「ベット上がって。」
有無を言わせない彼は部屋の入口で仁王立ちに立っていた。見送りたいの。という言葉は、彼の早く。という言葉にかき消された。
腕の力で何とかベットに上がった私を見て、彼は玄関へ向かい、すぐにバタンと扉の閉まる音がする。
「....いってらっしゃい。」
間に合わなかった言葉は虚しく1人の部屋に響いた。
目頭が熱くなり、さらに目眩が酷くなる。身体が限界になったようで、私は力無く布団へ倒れ込む。布団からは彼の匂いがした。重たい腕の感覚はなくて、肩が冷たく感じる。
「ODしなきゃよかった。」
力無く呟きながら瞼を閉じると、涙が頬を伝った。その冷たさを感じながら、私は意識を手放した。