夜空の音

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行かないでと、願ったのに

カーテンの隙間から、明るい日差しが覗いている。今何時だろうと寝返りをうとうとするが、身体が動かない。頭も重く痛い。
程よく肉の着いた重たい腕が私を押さえつけ、ビクともしない。
またか。と思いながら首だけ横に、ぼやけた頭で彼の顔を見る。
長いまつ毛と、少し開いた口。チラッと見える八重歯。気持ちよさそうにイビキをかく姿は、どことなく幼い。
最近は会いに行っても仕事と友達と出かけていていないことが多い彼に、今日こそは隣にいたいと、私の休みの度にここに帰ってきてる。そんな彼とは最近、顔を合わせる度に言い合いをしてばかり心に怪我をおう。最後に笑顔を見たのは、笑顔を向けてくれたのはいつだっただろうと思うと悲しくなる。
「あんなに笑ってくれたのに....。」
独り言のようなつぶやきは、彼の爆音アラームに掻き消される。
「仕事の時間だよ、起きて。」
彼をゆさぶろうと腕を上げるが、その腕は重たく、力が入らない。彼はアラームを嫌うように、低く唸りながら寝返りを打つ。離れる重たい腕を恋しく思いながら、私はベットから降りた。
視界がグラッと歪み、私は身体が思うように動かなくて受身を取れずそのまま倒れ込んだ。深い眠りにいる彼はそれにも気づかない。なんとか上体を起こした私は机の上の菓子パンを手に取り、這うように彼の枕元へ向かう。
「起きて。」
何とか揺さぶると彼は半目を開いて、また眠りにつこうとする。
「だめ、ご飯食べて。」
そう言いながら少し開いてる口に菓子パンを押し付ける。嫌そうに顔を顰めながら、彼は少しずつ菓子パンを食べている。毎回、オオカミに餌付けてる気分になる。
30分ほどそれを繰り返し、彼はやっと目を覚ます。ねむいと言いながら、私に一切視線をよこさずタバコとスマホを手に彼はトイレに向かった。私は遅刻することはないと安堵のため息を吐く。
しばらくして帰ってきた彼は目が覚めていて、バタバタと着替えている。そんな姿を、ぼんやりと見つめた。
「じゃあ。」
そう言った彼は、初めて私を見てくれた。見送ろうと立ち上がる私はまたグラッとよろけて立てなかった。
彼の切れ長な一重が私を射る。口角は下がっていて、不機嫌そう。
「ベット上がって。」
有無を言わせない彼は部屋の入口で仁王立ちに立っていた。見送りたいの。という言葉は、彼の早く。という言葉にかき消された。
腕の力で何とかベットに上がった私を見て、彼は玄関へ向かい、すぐにバタンと扉の閉まる音がする。
「....いってらっしゃい。」
間に合わなかった言葉は虚しく1人の部屋に響いた。
目頭が熱くなり、さらに目眩が酷くなる。身体が限界になったようで、私は力無く布団へ倒れ込む。布団からは彼の匂いがした。重たい腕の感覚はなくて、肩が冷たく感じる。
「ODしなきゃよかった。」
力無く呟きながら瞼を閉じると、涙が頬を伝った。その冷たさを感じながら、私は意識を手放した。

11/3/2025, 12:34:50 PM