『今年最後のアレやろうよ』
課題をしている時に友達からメッセージが来た。左手で携帯を掴んでアプリを開ける。
アレ、とは間違いなくゲームのこと。今流行っていて、国際大会も開かれている有名な対戦ゲームだ。僕らもよく遊んでいて、部員の間でもこっそりゲーム機を持ち込んで遊んでいる人もいる。
だけど冬休みの冬期講習で課題をたんまりと出されて、今はそれどころではない。
『ごめん、無理そう』
『えー 30分だけでもいいからやろうよ。今年の振り返りも兼ねて通話しながらさ』
『ごめん また来年』
適当な可愛いスタンプを送って携帯を置く。今日のノルマが終わったら復習、反復、また勉強、毎日山ほどやることがある。
何回かアプリの通知らしきバイブレーションが鳴った。ベッドの方へ携帯を投げて気が散らないようにする。
まだ午前中だから大丈夫。このペースなら今日のノルマに間に合うはず。
玄関のチャイムの音で集中が切れた。時計を見たら昼の12時を指していて、ちょっと休憩にも良い時間だった。
一人暮らしだから、ここを訪ねるのは自分に用がある人だけだ。今日は宅配も、親が来る予定も聞いていない。不思議に思いながらインターホンを覗き見た。
「やほ」
大慌てで玄関を開けると、さっきゲームに誘ってきたそいつが立っていた。今日はずいぶん寒く冷え込んでいるのに、ろくな防寒具も付けず、コートと肩掛けカバンだけの寒そうな姿だった。
バカに唖然としていると「寒いから入ってもいい?」と靴を脱いで無遠慮に部屋に上がってきた。本当に、本当にこいつは……
「何しに来たの」
聞きたいなんて山ほどあるのに思考が飛んだ。だってこいつの家は1つ市を跨いだ遠くにある。自分ならこんな寒い中、そんな遠くに行こうとは思わない。
「ゲームしに来たよ。ほら」
そう言って持っていたカバンからゲーム機を取り出した。
「押しかけたら断れないかなって。ちゃんと連絡はしたよ? 今から行くねって。何の反応も無いからとりあえず来たけど」
家に呼んだことは数回しかないのに、慣れた手つきでテレビを付けてソファーにくつろぎ始める。もう呆れて何も言えない。大袈裟に溜息を吐いて、とりあえずコップと飲み物を用意する。
「来る途中でお菓子とか飲み物も買ってきたよ。カバンの中に入ってるからあげる。それ好きなやつでしょ?」
乱雑に置かれたカバンを漁ると、コンビニで売ってるようなたくさんのお菓子とペットボトルのジュースが2本出てきた。確かに自分が好きなものばかりだ。これに免じて許せということか。
「……そういえば、家からみかんが箱ごと送られてきたんだけど、食べるの手伝ってくれないか?」
「みかん! いいよ、僕は果物の中でみかんが1番好き。なんなら少し持って帰ろうかな」
「助かる。1人で食べ切れる量じゃないんだ」
台所の床に置いてある、処理に困っていたみかんのダンボール箱。これなら無駄にすることは無さそうだ。棚から引っ張り出したお盆にコップと6つくらいのみかんとお菓子を乗せてテーブルの上に置く。
友達はもうすでにゲームを起動させていて、1人でマッチング対戦をしていた。寒そうにしていたので、ストーブを付けてソファの近くへ移動させた。
「急いで来たから手ぶくろも忘れたんだ。かじかんで指がうまく動かない」
「なら今日は俺が勝ちそうだ」
「負けないよ。今日も、今週も、今月も今年も、僕が勝ち越して終わるんだから」
「手加減くらいしてくれよ」
相手を負かして得意げに鼻を鳴らす奴の隣に腰掛けてコントローラーを手に取った。
課題は、うん。とにかく今は来客がいる。忘れてしまおう。
お題:1年間を振り返る+休んだ分
こうしてずっと星空を眺めていると、時が止まったような感覚を覚える。
観測をすると地球ではなく星が動いているように見えるが、人の目では分からないほど、ゆっくりとした速度で大地は動いている。古い時代の人々が、地球ではなく天球が動いているのだと主張する理由も分かる。
星座は標本のようだ。手足を星に縫い付けられ、空という板から動けない。
神様は、観測者は常に理不尽だから、天地が逆さまだったり、自分の知らないものと星を繋げられたりと、星座という標本には案外適当さがある。古い星図なんかは面白おかしい絵が多く見れる。
この景色はこれからもずっと変わらないだろう。
もちろん固有運動によって少しずつ星座という形は変わるけれど、少なくとも、『自分』という世界が終わるまでは標本のまま、時を止めたまま空を巡る。
だからこそ、僕はベテルギウスの爆発が待ち遠しいのだ。『自分』という世界は常に移ろう。それは、僕が観測する星座だって恒星だって銀河だって、例外ではないのだ。
……寒くなってきた。馬鹿なことを考えていないでもう帰ろう。エネルギーを作ることが出来る恒星と違って、ヒトは外部からエネルギーを摂取しないといけない。コンビニの適当なホットスナックでも買って帰ろう。
さっきまで使っていたレジャーシートをおざなりに折り畳んでリュックへ突っ込んだ。
お題:変わらないものはない
「はっ」
ガタッ、と身体が悲鳴を上げて目が覚める。どうやらミニテーブルに突っ伏して寝ていたらしく、全身のあちこちが痛い。背中を伸ばそうとすれば、腰や肩、首がゴキゴキと音を立て、床に伸ばした足を動かせばこちらも音を鳴らした。寝起きの爽快感とは真逆で頭痛と吐き気がする。
昨日の記憶があまり無いけれど、テーブルに乱雑に置かれた酒の空き缶が無慈悲に現実を告げていた。
昨日何があったのかを思い出そうとする。うちで働いてる兄弟たちにクリスマスプレゼントを渡して、待ち合わせ場所に着いて、移動しながら駄弁って、友達の家に着いたからマーケットで買ったクリスマスの飾りをつけて、ケーキを用意して、パーティー開始、そして……
あとは覚えていない。何があったんだっけ?
少し目線を右にずらせばトランプが散らばっていた。そうだ、昨日の夜は3人でカードゲームをした。
左側にずらせば男性らしい体格の素足が見えた。
ん?
「わーっ! ちょっと○○! どんな所で寝てるのよ!」
仕事で会う時は重く堅苦しい服を着ている友人がそれはそれはひどい格好で寝ていた。うつ伏せで倒れる身体をゆさゆさと揺らしても、ウーン……と苦しそうに唸る声しか聞こえない。まさかと思って部屋を見回すと、ぐちゃぐちゃになった飾りが落ちた床で、大の字になって寝ている姿も見つけた。こちらは幸せそうな顔をしていた。
……寝顔も格好いいな、なんて思ってる場合じゃないわよ! あたしってばしっかりしてよ!
恋は盲目だが今は目を覚まして欲しい。自分の頬をぺちぺちと叩いた。
何日も前から準備していたクリスマスの過ごし方が、記憶を飛ばすくらい酒を飲むことになったのは想定外にも程があった。せっかく好きな人も交えて過ごす1日だったのに、こんなことになって良い訳が無い。
今はもう26日。クリスマスは終わったけど、やり直しくらいは出来るかしら。
節々が痛む身体を起こして立ち上がる。まずは片付けをして、この人たちが起きたらパーティーのやり直しを提案してみよう。楽しいことが好きな2人だからきっと了承してくれるはずだ。
今度は酒類一切禁止で。
お題:クリスマスの過ごし方
滅多に自分を見せない人がいる。
どこに住んでいるのかも知らなくて、どこからかフラッと隣へ現れてフラッとどこかへ帰る、不思議な人。
それでもその人のことは友人だと思ってるし、なんなら1番の友人だと自負している。職場以外であの人が他人と話している所を見た事がないからだ。
イブの夜はもちろん予定がある。だけど今日はどうしてもその人に会いたくて、お気に入りのいつもよく会うバーに入り浸っていた。自分はこんな時に何をしているんだ? と我に返りそうにもなったが、強めの酒を煽って耐えた。
だけど一向に来ない。もう予定の時刻が迫っている。この時間にはいつも来ているはずなのに。連絡先くらい交換しておけばよかった。やっぱり予定があるのか? 誰と……
「あれ、君何してるの」
入口の方から声が聞こえた。そこには、いつも通りの格好で、いつもより驚いた顔をしたその人が立っていた。勢いよく振り返ったせいで少し首を痛めたけれど問題ない。
「やっと来てくれた……どうして今日はこんなに遅かったんだ?」
「いや、今日は誰もいないだろうから来るつもりは無かったんだよ。暇だから来てみただけで。ところで何か用でもあったの?」
「あっ、そういえば」
そう言われて目的を思い出す。会えた安心感で忘れていた。反対側の席へ置いていた鞄から、ある物を取り出した。
「これ、クリスマスプレゼントです。お世話になったから、どうしても渡したかったんだ」
青と黄色で綺麗にラッピングしてもらった箱を渡す。中身はよくある実用品だけど、数日前から悩みに悩んで選んだものだ。きっと気に入ってくれるはずだ。
受け取った時、その人はほんの少し驚いた顔をして、またいつものニコニコとした表情に変わった。
「クリスマスプレゼント? 選んでくれたの?」
「そうです。中身はそう大したものではないけど」
「あはは。何でも嬉しいよ、ありがとうね」
なんだか全部が報われた気がした。本当はこのまま雑談でもしたかった。だけど同じくらい大切な人との予定が入ってて、これ以上の滞在は厳しそうだ。
その事を伝えると、少しも不快な顔をせずに送り出してくれた。
「こんな日に時間を作って会いに来てくれたのも嬉しいよ。また今度、ゆっくり話そうね」
「ありがとう! また今度、約束ですよ」
「うん。良いクリスマスを」
お題:イブの夜
「兄ちゃん、サンタさんからプレゼント、来ると思う?」
「うーん、お兄ちゃんには来ないかな。いい子じゃなかったから。でもきっと君には来ると思うよ。ずーっといい子にしていたからね!」
「いい子だから早く寝よう」と、何か言いたげにした弟をぎゅっと抱きしめる。納得のいかない顔でむぐむぐ言った弟は折れてくれたみたいで口を閉じた。
サンタなんて、そんなことは知らなくて良いんだ。僕たちは、弟はずっと必死に生きて、瓦礫の中にいても生き延びてきたのに、今まで1度もサンタが来なかったのはおかしいよ。
そんな存在は知らなくていいんだ。君はずっといい子なんだよ。
「あの子たち、ちゃんと寝てる?」
「寝たと思う」
「オッケー、これとこれ、バレないように置いてきて」
「分かった」
お題:プレゼント