「イルミネーションを見に行きたい」
なんて舐め腐ったことを言う人間はここにいない。
ここは天文部、そして今日は流星群の極大日だ。
故に今夜は郊外にある広く大きな公園で天体観測をすることになった。遠くに住む人は顧問の車で、近場の人は安全運転の自転車。もちろん参加は任意だが、この寒い時期にしてはそれなりの人数が集まっていた。
『イルミネーションのようなヒトの思惑とカネが絡んだ人工的な夢よりも、自然が織り成す光のショーの方が素敵だ』
『君たちもそう思わないか』
グループチャットで誰かが発言すれば好意的なリアクションが多く付いた。根っからのオタクかつ思想が極端に強い、インターネット出身の偏屈な人間が集まるとやはり居心地が良い。
もちろん少ないけれど女性部員も乗り気だ。大きいレジャーシートを敷いて、冷え対策にそれぞれ持参した毛布と、誰かが立ち寄ったコンビニで調達してきた肉まんを用意している。寝転がって、赤いセロハンを貼った懐中電灯で星座早見盤を照らしながら空を見ていた。
僕も顧問の先生と一緒に撮影機材をセッティングしている。先に準備を終えた組は既に流星群を堪能しているらしく歓声が聞こえた。今回のは特に大きいようで、空のコンディションも良くかなり期待していたのだ。
僕たちが3年生になって部活を引退した時、同学年の奴らは「イルミネーションを見に行きたい」と言うようになるのだろうか。それともまた、今日のように星が見たいと言うのだろうか。
僕は後者を選ぶ変わらない皆でいて欲しいけれど、揃ってイルミネーションを見る特別な日が来ることを心のどこかで楽しみにしていた。
お題:イルミネーション
けふん。
小さく咳き込んだら、机の反対側から鋭い視線が飛んできた。
「喉、痛いの?」
「いいや、そうでもないけど、少しおかしい気はする」
そう答えると友人は厳しい顔をした。いかんせん明日は2人揃って出席しないといけない、どうしても外せない大切な用事がある。オフィスはもう閉まっており、今は個人部屋に移動してその準備をしている最中なのだ。これがもし風邪で伝染るものだったらを心配しているのだろう。
「大丈夫だ。少し休めば治る」
「今すぐ作業をやめて寝てきて」
「口より手を動かせばその分早く長く眠れる」
作業しろ、と言えばムッとした顔で押し黙り手を動かし始めた。立場上、自分に私情は無いようなものだから、今はとにかく明日を成功させることを優先しないといけない。
喉の痛みもそのうち治る。気にしなければ良い話だ。
どうにか時間ギリギリに終えられた。少しは眠れるだろう、と安心するとあまり感じなかった疲れが一気に押しかかる。指を動かす気力さえ湧かない。この程度の残業で疲労困憊になる自分に嫌気が差した。
「帰るの面倒だからここのソファー借りていい?」
「ああ。こんな時間まで付き合わせてすまない」
「謝らなくて良いよ。僕たちの仲でしょ」
友人はそう言って部屋から出て行った。自分も眠る準備をしないといけないが、シャワーを浴びるのも部屋着から着替えるのも億劫だった。どうせ数時間後には起きている羽目になるんだから、でもこのままだと寝にくいし、と自問自答しながら時間をかけてのろのろと寝間着に着替える。仕事じゃないから明日の自分へ任せても大丈夫だ。
時間をかけてどうにかベッドへ移動すると、ちょうどコップを持った友人が部屋へ戻ってきた。
「はい。ホットミルク作ったよ」
「あ、ありがとう」
いつも使っている黒いコップを差し出され、受け取りながらベッドの縁へ座った。湯気が出ていたけれど、持つと熱すぎずちょうど良いぬるさだった。一口飲むと何かの甘さが口に広がる。
「喉痛いって言ってたでしょ。蜂蜜入りだよ」
「蜂蜜なんて買った覚えが」
「この前調味料切らしたって言って一緒に買い物行ったの覚えてないの? 仕事だけじゃなくて自分の身の回りにも脳のリソース使った方がいいよ」
図星だ。いつもなら反論できるのに、ひどい眠気とあたたかさに負けて何も言えなかった。気まずさを誤魔化すようにまた一口飲む。
「とりあえず暖かくして寝な。マグカップはその辺に置いておいてくれたらあとは僕に任せてくれれば良いし」
「わかった。ありがとう」
友人は呆れたように小さくため息を付き、風呂場借りるねと言い残して部屋を出ていった。
お題:愛を注いで
「心を奪われてたのは私の方なのかもしれないわね」
***さんはそう言ってお茶を一口飲んだ。ティーカップの持ち手をつまみ口へ運ぶ所作一つひとつも美しく、気品に溢れていた。優雅な佇まいの中で気が抜けてうっとりとした表情もまた彼女の魅力になっていた。
反対側の席に座る**ちゃんはいつも通りの冷徹な声で「旦那さんの惚気はやめてください」と、お皿に乗ったクッキーを取りながら言い放った。それに気にも止めず***さんはふんわりと微笑む。
「仕方ないじゃない。私はあの人のことが大好きなの。たくさんお話したいわ。今日は好きなものについてお話する回でしょう?」
「いきなり惚気から始まるとは思いもしなかったです。後の私たちが話しにくくなるでしょう」
それは申し訳ないわね、と***さんは鈴のような声色で笑った。
お茶会の円形のテーブル。花柄のピンクのテーブルクロスと白くてかわいい椅子。***さんのために誂えられたかわいい空間。調度品はどれも高そうで気が引ける。
テーブルの上のお菓子はどれも手作りらしい。頑張ったのだと冒頭に言われた。本当に素敵だ。手先が器用で羨ましい。あたしの無骨な手には出来ない。
「ねぇ、***ちゃんも誰かに恋しているんでしょう? 普段の態度を見ていれば分かるわよ。少し聞かせてくれないかしら?」
「新人を困らせるのが得意なんですね。***さんも無理しなくて良いですよ。この人の無茶振りはいつものことなので」
「あ、あたしは……」
心臓が跳ねた。この人は心でも読めるのか?
スカートをぎゅっと握って俯く。今日のために整えてきた髪の毛が視界に映った途端、今朝会った時に髪のリボンが素敵だと言われたことを思い出してしまった。ハーフアップにした赤い髪と青いリボン。
確かにいる、いるけれど、身近だからこそ手の届かない場所にある恋だから、困る。だけど……
ちらりを視線を向けると、***さんはティーカップとソーサーを持って続きを待っていた。目がきらきらしていて期待しているだった。**ちゃんも静かにクッキーを食べている。
死ぬまで仕舞い込んつもりだった恋心、この際打ち明けるのも良いかもしれない。
□ ■ □
「○○さんってどうやって***さんと知り合ったんですか?」
そう言えば知らないな、というただの質問のつもりだった。仕事以外であまり話したことのない人だし、分かりやすい話題が特に見つからなかった。……ほんの少しの下心もあったが。
誤算だったのは、シラフの顔をしていた○○さんが既にかなり飲んで酔っ払っていた事だった。酒があまり顔に出ない人らしい。次は気を付けないと。
そうして始まった話は、聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの惚気だった。身振り手振りが大袈裟で舞台役者のようだ。
本当に勘弁して欲しい。この人結構面倒臭いんだな、と酔いが覚めてしまった冷静な頭で脳内にメモを付けた。
「そう、一目惚れだったんだ。一目で心を奪われてしまった。あんなにも衝撃的な出会いは初めてだった」
据わった目で天井を見上げる○○さんは懐かしむような声で言った。こんな声は聞いたことが無い。酒は本性を明かすと言うが、これが○○さんの本性なのだろう。
「君は? 君のところにもいたよね、ほら、赤くて長い髪の、なんて言ったかなぁ、まだ名前が覚えられていなくて」
「えっ、うわ、あーっ!」
「わはは、初々しいね」
思わず大声を出して○○さんの声をかき消した。
大誤算だ。やめてくれ、こちとらこの歳になってまだ初恋を拗らせてるんだ。ほんの少し、参考にしたくて聞いた話題からこんなに面倒なことになるとは思わなかった。
肩に腕を掛けられた。逃げられないことを覚悟して、もうどうにでもなれとジョッキの中身を煽った。
お題:心と心
誰とは言わないけれど……滅多に自分を見せない人がいる。いつもニコニコしていて人当たりが良い、でもそれ相応にひどい欠点がある、傍から見ればとても人間らしい人なんだ。
ある大雨の日、そいつが薄着のまま傘を差さずに歩いているところを見つけた。川にでも飛び込んだのかと思うくらいずぶ濡れだったから、急いで声をかけて傘の中に入れたんだ。
こんな日に何をしているんだと、傘はどうしたのかと聞くと、あいつ、申し訳なさそうに目尻を下げて、「何でもないよ」なんて笑いやがるんだ。
雨の中を歩いていた時の顔、なんでもない奴がする表情じゃないだろ。心ここに在らずな、遠くを見つめる目。何かあったに決まっているだろ!
でも頑なに教えてくれなかった。相手も気まずさを感じていたのか、しみったれた空気を誤魔化すように「あそこの屋根まで競走しよう」って言って勝手に走り出した。いい歳した大人2人が雨の日にかけっこ! こんな馬鹿なこと、今時の子供でもやらないだろ!
幸い周りに人がいなかったから良いものの、街中で走るのはかなり恥ずかしかった。
それからはなんだかんだ仕事やらの話をして雨宿りをした。時間も迫ってきてたし雨もまばらになったから、傘はそいつに貸して先に帰ったんだ。……待て、そういえばまだ傘を返してもらってないな? 次に会ったら言わないと……
ええと、つまりあいつから本心を打ち明けてもらったことが無いんだ。込み入った話をしたことが無い。こんなに長い付き合いで、その、思い上がりかもしれないけど、あいつの1番の友達である自覚だってあるし。友達には弱音の一つや二つくらい吐くだろ? そういうことも無いんだ。あいつ絶対、絶対何か隠してるだろ!
え? ただ信頼されてないだけ? いや、まさかそんな! そんなことは……無いはずだ……
お題:何でもないフリ (性別は想像に任せます)
思えばあの頃の関係は、共通の目的を持った『仲間』だと言って良いだろう。
そうだ、いつも3人でいた。⬛︎⬛︎と⬛︎⬛︎⬛︎も、最初は互いに警戒し合ってたけれどすぐに打ち解けて仲良くなった。それが嬉しかった。友達と友達の仲が良いのはとても喜ばしいことだ。
任務の外でもよく3人でつるんでいた。天真爛漫にはしゃぐ⬛︎⬛︎を、俺と⬛︎⬛︎⬛︎で止めるのが毎日のやりとりだった。
楽しい日々だった。本当に、あれは正に『仲間』と呼べる関係だったのかもしれない。
「――?」
名前を呼ばれてふっと意識が浮上した。どうやら長い間考え事をしていたらしい。理性的でない自分は自分らしくない。
気を引き締めて、いつもの顔で⬛︎⬛︎の方へ顔を向ける。
「どうしたの? すごく怖い顔してるよ?」
車椅子に座ったまま、心配そうにして⬛︎⬛︎が顔を覗き込んできた。だめだ、心配させるのはだめだ、失格だ。いつもの無表情のはずなのに、今日の自分はやはりどこかおかしいらしい。
気まずくなって目を逸らす。「なんでもない」と言ったつもりだが、⬛︎⬛︎に届いていたかは分からない。
「……明日のことで悩んでるの? 大丈夫だよ、僕もついて行くから。僕らは仲間でしょ? ひとりじゃないよ」
ふんわり笑う⬛︎⬛︎の顔を見て耳鳴りがした。真っ暗な部屋を照らす、柔らかなオレンジ色の間接照明がこの時ばかりは恨めしく思った。オレンジ色はあいつの――
そう。明日、明日は⬛︎⬛︎⬛︎の命日だ。
お題:仲間