「心を奪われてたのは私の方なのかもしれないわね」
***さんはそう言ってお茶を一口飲んだ。ティーカップの持ち手をつまみ口へ運ぶ所作一つひとつも美しく、気品に溢れていた。優雅な佇まいの中で気が抜けてうっとりとした表情もまた彼女の魅力になっていた。
反対側の席に座る**ちゃんはいつも通りの冷徹な声で「旦那さんの惚気はやめてください」と、お皿に乗ったクッキーを取りながら言い放った。それに気にも止めず***さんはふんわりと微笑む。
「仕方ないじゃない。私はあの人のことが大好きなの。たくさんお話したいわ。今日は好きなものについてお話する回でしょう?」
「いきなり惚気から始まるとは思いもしなかったです。後の私たちが話しにくくなるでしょう」
それは申し訳ないわね、と***さんは鈴のような声色で笑った。
お茶会の円形のテーブル。花柄のピンクのテーブルクロスと白くてかわいい椅子。***さんのために誂えられたかわいい空間。調度品はどれも高そうで気が引ける。
テーブルの上のお菓子はどれも手作りらしい。頑張ったのだと冒頭に言われた。本当に素敵だ。手先が器用で羨ましい。あたしの無骨な手には出来ない。
「ねぇ、***ちゃんも誰かに恋しているんでしょう? 普段の態度を見ていれば分かるわよ。少し聞かせてくれないかしら?」
「新人を困らせるのが得意なんですね。***さんも無理しなくて良いですよ。この人の無茶振りはいつものことなので」
「あ、あたしは……」
心臓が跳ねた。この人は心でも読めるのか?
スカートをぎゅっと握って俯く。今日のために整えてきた髪の毛が視界に映った途端、今朝会った時に髪のリボンが素敵だと言われたことを思い出してしまった。ハーフアップにした赤い髪と青いリボン。
確かにいる、いるけれど、身近だからこそ手の届かない場所にある恋だから、困る。だけど……
ちらりを視線を向けると、***さんはティーカップとソーサーを持って続きを待っていた。目がきらきらしていて期待しているだった。**ちゃんも静かにクッキーを食べている。
死ぬまで仕舞い込んつもりだった恋心、この際打ち明けるのも良いかもしれない。
□ ■ □
「○○さんってどうやって***さんと知り合ったんですか?」
そう言えば知らないな、というただの質問のつもりだった。仕事以外であまり話したことのない人だし、分かりやすい話題が特に見つからなかった。……ほんの少しの下心もあったが。
誤算だったのは、シラフの顔をしていた○○さんが既にかなり飲んで酔っ払っていた事だった。酒があまり顔に出ない人らしい。次は気を付けないと。
そうして始まった話は、聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいの惚気だった。身振り手振りが大袈裟で舞台役者のようだ。
本当に勘弁して欲しい。この人結構面倒臭いんだな、と酔いが覚めてしまった冷静な頭で脳内にメモを付けた。
「そう、一目惚れだったんだ。一目で心を奪われてしまった。あんなにも衝撃的な出会いは初めてだった」
据わった目で天井を見上げる○○さんは懐かしむような声で言った。こんな声は聞いたことが無い。酒は本性を明かすと言うが、これが○○さんの本性なのだろう。
「君は? 君のところにもいたよね、ほら、赤くて長い髪の、なんて言ったかなぁ、まだ名前が覚えられていなくて」
「えっ、うわ、あーっ!」
「わはは、初々しいね」
思わず大声を出して○○さんの声をかき消した。
大誤算だ。やめてくれ、こちとらこの歳になってまだ初恋を拗らせてるんだ。ほんの少し、参考にしたくて聞いた話題からこんなに面倒なことになるとは思わなかった。
肩に腕を掛けられた。逃げられないことを覚悟して、もうどうにでもなれとジョッキの中身を煽った。
お題:心と心
12/13/2023, 7:33:59 AM