七瀬奈々

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 誰とは言わないけれど……滅多に自分を見せない人がいる。いつもニコニコしていて人当たりが良い、でもそれ相応にひどい欠点がある、傍から見ればとても人間らしい人なんだ。

 ある大雨の日、そいつが薄着のまま傘を差さずに歩いているところを見つけた。川にでも飛び込んだのかと思うくらいずぶ濡れだったから、急いで声をかけて傘の中に入れたんだ。
 こんな日に何をしているんだと、傘はどうしたのかと聞くと、あいつ、申し訳なさそうに目尻を下げて、「何でもないよ」なんて笑いやがるんだ。
 雨の中を歩いていた時の顔、なんでもない奴がする表情じゃないだろ。心ここに在らずな、遠くを見つめる目。何かあったに決まっているだろ!

 でも頑なに教えてくれなかった。相手も気まずさを感じていたのか、しみったれた空気を誤魔化すように「あそこの屋根まで競走しよう」って言って勝手に走り出した。いい歳した大人2人が雨の日にかけっこ! こんな馬鹿なこと、今時の子供でもやらないだろ!
 幸い周りに人がいなかったから良いものの、街中で走るのはかなり恥ずかしかった。

 それからはなんだかんだ仕事やらの話をして雨宿りをした。時間も迫ってきてたし雨もまばらになったから、傘はそいつに貸して先に帰ったんだ。……待て、そういえばまだ傘を返してもらってないな? 次に会ったら言わないと……

 ええと、つまりあいつから本心を打ち明けてもらったことが無いんだ。込み入った話をしたことが無い。こんなに長い付き合いで、その、思い上がりかもしれないけど、あいつの1番の友達である自覚だってあるし。友達には弱音の一つや二つくらい吐くだろ? そういうことも無いんだ。あいつ絶対、絶対何か隠してるだろ!
 え? ただ信頼されてないだけ? いや、まさかそんな! そんなことは……無いはずだ……



お題:何でもないフリ (性別は想像に任せます)

12/11/2023, 4:53:11 PM