七瀬奈々

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 けふん。
 小さく咳き込んだら、机の反対側から鋭い視線が飛んできた。

「喉、痛いの?」
「いいや、そうでもないけど、少しおかしい気はする」

 そう答えると友人は厳しい顔をした。いかんせん明日は2人揃って出席しないといけない、どうしても外せない大切な用事がある。オフィスはもう閉まっており、今は個人部屋に移動してその準備をしている最中なのだ。これがもし風邪で伝染るものだったらを心配しているのだろう。

「大丈夫だ。少し休めば治る」
「今すぐ作業をやめて寝てきて」
「口より手を動かせばその分早く長く眠れる」

 作業しろ、と言えばムッとした顔で押し黙り手を動かし始めた。立場上、自分に私情は無いようなものだから、今はとにかく明日を成功させることを優先しないといけない。
 喉の痛みもそのうち治る。気にしなければ良い話だ。


 どうにか時間ギリギリに終えられた。少しは眠れるだろう、と安心するとあまり感じなかった疲れが一気に押しかかる。指を動かす気力さえ湧かない。この程度の残業で疲労困憊になる自分に嫌気が差した。

「帰るの面倒だからここのソファー借りていい?」
「ああ。こんな時間まで付き合わせてすまない」
「謝らなくて良いよ。僕たちの仲でしょ」

 友人はそう言って部屋から出て行った。自分も眠る準備をしないといけないが、シャワーを浴びるのも部屋着から着替えるのも億劫だった。どうせ数時間後には起きている羽目になるんだから、でもこのままだと寝にくいし、と自問自答しながら時間をかけてのろのろと寝間着に着替える。仕事じゃないから明日の自分へ任せても大丈夫だ。
 時間をかけてどうにかベッドへ移動すると、ちょうどコップを持った友人が部屋へ戻ってきた。

「はい。ホットミルク作ったよ」
「あ、ありがとう」

 いつも使っている黒いコップを差し出され、受け取りながらベッドの縁へ座った。湯気が出ていたけれど、持つと熱すぎずちょうど良いぬるさだった。一口飲むと何かの甘さが口に広がる。

「喉痛いって言ってたでしょ。蜂蜜入りだよ」
「蜂蜜なんて買った覚えが」
「この前調味料切らしたって言って一緒に買い物行ったの覚えてないの? 仕事だけじゃなくて自分の身の回りにも脳のリソース使った方がいいよ」

 図星だ。いつもなら反論できるのに、ひどい眠気とあたたかさに負けて何も言えなかった。気まずさを誤魔化すようにまた一口飲む。

「とりあえず暖かくして寝な。マグカップはその辺に置いておいてくれたらあとは僕に任せてくれれば良いし」
「わかった。ありがとう」

 友人は呆れたように小さくため息を付き、風呂場借りるねと言い残して部屋を出ていった。



お題:愛を注いで

12/14/2023, 3:05:07 AM