『雨に佇む』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
【雨に佇む】
もういいか、と僕は走るのをやめた。
濡れないように頑張ったけど、これ以上は意味がない。
体も鞄もびしょびしょになり、髪からは水がしたたる。
荒く息を吐き、とりあえず木の下に移動した。
重なった葉の隙間から落ちる水が服を濡らす。
木ってやっぱり雨宿りには向かないんだな。
そんなことを思いながら、僕は空を見上げた。
黒い雲がここら一帯を覆っている。
今日は早く帰る約束だったけど、これでは難しそうだ。
スマホを取り出し、帰りを待つ君に電話をかける。
タイミングが悪かったのか、電波が悪いのか。
留守電に繋がったので謝罪の言葉を残しておいた。
朝、君に言われた通り、傘を持っていくべきだった。
どうせ荷物になって邪魔だから、と断ってしまった。
この悪天候を行けば、きっと明日は風邪を引くだろう。
しかし、このまま居ても時間が過ぎるだけ。
遅くなっては困るので、諦めてまた走ることにした。
スマホをしまい、葉の傘の外へ飛び出す。
自宅まで歩きで二十分だから、走れば十分で着くか。
傘を買おうにも、ずぶ濡れではコンビニに入りにくい。
幸い、濡れて困るものはないので鞄を頭上に持つ。
もはや腕が疲れるだけの無駄な行為だが、まあいい。
急いだおかげで、体感では五分ぐらいで家に着く。
「え、なんでいるの?」君が出かけようとしていた。
「いや、そっちこそなんで?」手には傘が二本。
もしかして迎えに行こうとしてくれていたのか。
「ちょっと待ってて、ってメッセージ送ったじゃん」
こんなに濡れちゃって、と君は大げさにため息をついた。
カサヲサシテ アメノナカデ
アメヲマツ ハレヲマツ
ソラヲミルト ソラヲミルト
クモヒトツナイ ニビイロノクモ
イツカフルト イツカハレルト
シンジテマツ シンジテマツ
ヒトハワタシヲ ヒトハワタシヲ
オロカダトイウ オロカダトイウ
ハタシテワタシハ ハタシテオロカハ
オロカダロウカ ドチラダロウカ
カサヲサシテ アメノナカデ
アメヲマツ ハレヲマツ
―――イッツイノオロカ
#55【雨に佇む】
『雨に佇む』
一面灰色の世界に浮かぶ、一際目を惹く色彩。
申し訳程度の屋根になんとか収まるように身を縮こまらせながら、ぼんやりとどこかを眺めている君を見つける。
手の中の傘をぎゅっと握り直して、僕は一歩を踏み出した。
突然の 雷雨に打たれ 濡れネズミ 通り雨なら 雨に佇む
※BL要素が少しだけありますので、苦手な方はご注意ください。
飽きるほど頭上に降り注がれていた雨粒が、ふいになくなった。
「……風邪、引きますよ」
少し震えている声と下がった眉尻が気弱な印象を与えてくる男だった。こっちより年下だろうか。
「ビビるくらいなら声かけなきゃいいのに」
「む、無理ですよ。だってあなたがいるの、僕の部屋の窓から丸見えなんです」
彼が顔を向けた先はアパートの窓だった。座右の窓はカーテンがしまっているから空室なのかたまたまいないのか、とにかく彼にとっては悪いタイミングだったようだ。
「かれこれ一時間はここにいますよね。その、どうかしたんですか?」
どうかした、か。
もう自分でもどうすればいいのかわからなくなってしまった。
とにかく捨てられたくなくて、それだけあいつのことが好きでたまらなかったから、出ていくあいつの背中を必死で追いかけた。
あいつは一度も立ち止まってくれなかった。挙げ句の果てにはタクシーを呼んで、すぐさま視界から消えやがった。
でも、この足は止まらなかった。目的地なんて当然わからない。スマホの地図を見る余裕もなかった。
そして、とうとう止まってしまった。
――動けない。やっとできた同性の恋人に捨てられた現実を受け止めたくなくて、逃げ場所も見つからなくて、一歩を踏み出すのも怖くて、まるでバッテリーの切れたロボットのように全身が動かなくなった。
頭のどこかでは、残酷にも今の状況を繰り返し流している。全く、理性というのは時に一番の脅威だ。……大人しく聞けるならとっくにそうしている。
「時間が足りないんだな」
「え?」
「時間が、ほしいんだ」
赤の他人にこんな独り言を聞かせるなんて身勝手だ。
それでも、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。こんな大荷物、ひとりで抱えるのはつらすぎる。
「ええと……なにかにハマってるけど忙しくて、時間が足りないってことですか?」
改めて彼の顔を見ると、はっきりとした戸惑いが伝わってきた。確かに意味がわからなすぎるだろうが、だとしてもそんな答えが返ってくるなんて予想できない。たまらず吹き出してしまう。
「ちょ、ちょっと笑うなんてひどくないですか?」
「だって、意味わからないはずなのに律儀に返事してくれるからさ」
「そりゃそうですけど、あなたがあまりにも辛そうな顔してるからよっぽどの理由なんだなって」
「それでさっきの内容か」
「僕ならそうですから」
ちょっとでも、笑えるなんて思わなかった。彼にはいい迷惑だろうが、声をかけてくれたのがこの人でよかった。
「……いや、辛かったのは本当だから、少し、楽になったよ。ありがとう、君のおかげだ」
たぶん知り合いからはお人好し、なんて言われているに違いない。そのお人好しに自分はとても救われた。
「いい加減、大人しく帰るよ。あ、ごめん、カサ借りてもいいかな?」
「あ、いえ、別にもらってっても構わないですけど……その」
「そう? 最後まで世話かけてごめんな。ありがとう」
ビニール傘をありがたく受け取ろうとしたが、彼は不完全燃焼とでも言いたげにこちらを見つめている。まあ、こんな不審だらけの男相手だ、わからなくもない。
「帰る場所、あるんですか?」
声色は、柔らかかった。
なのに、大きな刃物で胸を一刺しされたような気分に陥る。
「あ、るよ。さすがにね」
あるわけがない。あいつの家を追い出された自分に、帰る場所など、ない。
そうだ、家を見つけなければ。あの街ではなく、もっと遠い、遠いところへ。
「……お困りなら、しばらく僕の家に泊まります?」
さすがに動揺を隠せなかった。
彼は少しだけ唇を持ち上げて、空いた手で頭を軽く掻きながら探り探り続ける。
「なんか、ほっとけなくて。ここで見送ったら、冗談抜きで死んじゃいそうだなって思ったんです」
もちろん自覚はなかったし、そのつもりもなかった。けれど、あくまで「つもり」だったのかもしれない。
今は、自分自身が一番信じられないから。
「お金さえきちんと払ってもらえれば、僕は構いませんから。必要以上に干渉もしませんし。どう、ですか?」
不自然にならないよう、ゆっくり視線を地面に向ける。
縋っても、いいのだろうか。ただ巻き込まれただけの彼に、一時的だとしても、利用するような真似をしてもいいのだろうか。
「君、呆れるほどお人好しだねって言われない?」
ぎりぎり、震える声を堪える。
「ほっといてください。言われますけど」
とっさについた憎まれ口にも、彼は優しかった。
お題:雨に佇む
何年前だったか、急に降りだした雨に濡れた
笑顔のケイン・コスギを見かけた。
例のゴールデンジャケットの彼は背が低かったので
幸い折りたたみ傘を持っていた私は傘を差しかけて
しばらく雨の中を相合い傘で佇んでいた。
そのうちお店から人が出てきたので、その場から離れると
「ありがとうございました!」と後ろから声をかけられた。
振り返ると、人型看板のケイン・コスギを小脇に抱えた店員さんが
お辞儀をしてくれていた。
コマーシャルを見る度、思い出して笑っているが本当に
何年前だったっけ、結構長いことやってるな。ケイン・コスギ氏。
雨に佇む
沈んだ心で雨に佇んだ。
あぁ、なんでこんなぬ無力で何もできないんだろう。
そう思いながら私は雨の中1人でいる。
雨のふる日。
僕は雨の日が嫌いだ。
外に出られないから、アイツに色々されるんだ。
腰に生暖かい感覚が走る。
体中が電撃が走ったようになる。
目の前が歪む。
…これだからアイツは嫌いなんだ!
#雨に佇む
#120 短歌
突然の雨に佇む人々を超えて駆け出すワタシは無敵
お題「雨に佇む」
改札を出たところに女性が1人立っていた。手には赤い傘と青い傘2本。誰かを迎えに来たのだとすぐ分かる。そして相手はきっと、彼女にとって大切な存在。恋人もしくは夫といったところか。何故分かるのかというと、彼女の幸せそうな顔が物語っている。早く会いたいな、そんな柔らかな笑みを浮かべて立っているのだ。まだかまだかとホームへ続く階段の方をじっと見つめている。愛されてるんだなぁ。皮肉でも何でもなく純粋にそう思った。僕は黙ってそのまま彼女の横を通り過ぎた。
電車に乗る前はまだ天気はもっていたのに、今は既に雨が降っていた。なかなか雨足は強い。くたびれた鞄の中を漁って折りたたみ傘を探す、が、見当たらない。どうやら最初から持ってきていなかったようだ。
こんなことが何度かあったな。雨だと知っていたのに傘を持ち合わせていないことが。その度に僕は怒られていた。僕が傘を携帯しないから、キミはいつも迎えに来てくれた。さっきの女性のように、2本の傘を持って改札まで来てくれた。さっき彼女が目に入ったのはたまたまかもしれないが、きっと頭のどこかで懐かしいと感じたのもあるんだろう。
「おかえり!」
背後で跳ねるような声がした。あの彼女が階段から降りてくる1人の男性に手を振っている。そして、青い傘を渡しながら何かを話していた。とても幸せそうに笑いながら。
僕は雨に躊躇することなく駅前のロータリーを歩く。濡れようが別に構わない。今の僕には、傘も待っていてくれる人もいないから。
とりあえずそばのコンビニに行くとするか。そこで傘を買おう。ついでに夕飯も弁当にしてしまおう。雨の音に紛れながら小さく溜息を吐いた。本当は雨なんか嫌いだ。もうキミはいないということを否が応でも思い出させるから。
だけど、止まない雨はないというように。いつか僕もこの寂しさから解放される日がくる。それを密かに待ちながら、今日も1人、なんとか生きてる。
雨に佇む
(ワールドトリガー夢創作)
迅が待ち合わせ場所に来ない。約束の時間から20分は経っている。LINEにも反応なし。どうしたものか。どこかフラついていても見つけてくれるだろうが。連絡くらい欲しいなぁ。それでも、勝手に帰るという選択肢はなくて、ぼーっと待っていた。ぽつ、と地面にシミが出来る。雨か。リュックから折り畳み傘を取り出して、差した。すると、凄い勢いで雨粒が落ちてくる。
「うわ、マジ?」
濁流のような土砂降りで、前が見えない。どこか建物の中に入ろうにも、動いたら濡れるのが分かる。今は大きな木の下にいて、傘も差しているから、多分ここから動かない方がいい。きっと通り雨だ、過ぎ去るのを待つ。雨が止んだら、帰ろうか。少し残念な気持ちで、足元を見ていた。
「遅れてごめん!」
視界に迅の爪先が入る。声に顔をあげれば、いつも通りへらりと笑う迅がいた。
「え、迅、傘は?」
「ん?忘れた」
「馬鹿なの!?」
慌てて自分の傘に迅を入れる。背中や肩が濡れていく。迅は呆れたように笑いながら、私の傘を押し返す。
「手遅れだって。気にしないでよ」
「気にする!」
「じゃあさ、一緒に濡れてくれる?」
ちょっと本気な声と表情。なにを試しているんだろう。私はため息を吐いて、傘を閉じた。
「しょうがないなぁ」
迅は目を見開いた後、やっぱりへらりと笑った。土砂降りの中、2人で歩く。ずぶ濡れになりながら、だけど確かに。
「そう言ってくれると思った」
迅が嬉しそうにそう言うので、濡れるのも悪くないと思った。
雨が降ると いつもより長い時間 君と居られる
雨が降ると 2人で1つの傘が使える
雨が降ると タオルで濡れた髪を拭いてくれる
ずっと雨が止まなければいいのに.
" 明日も雨降るといいな "
そんな話をした
梅雨の夜 雨に佇む君と私.
僕は駅に佇んでいる。
ただあなたを待っている。
帰って来てくれる、と。
お母さんは「もう帰って来ないよ」って言うけど、
僕は帰って来るって信じてるから。
雨の中、「行ってきます」ってあなたが言ったから、「ただいま」もセットだと思っていた。
でも、あなたは帰って来ない。
昨日も、一昨日も。
今日は帰ってくるかな?
僕はあなたの「姿」ではなく、
「ただの箱」と「ただの袋」のあなたしか見てないから、
信じてないんだ。
だから、今日も信じて帰りを待つ。
今日は雨だから、傘を持って佇む。
僕はお父さんに「おかえり」を言うために、今日も。
■テーマ:雨に佇む
ひとり寂しく雨に打たれ
上を見上げ私のように
空から涙が溢れてくるよ
明日は晴れるかしら
私の心
咲いたばかりの花だった。名はあるが道端にも生えるような、あまり気に留められることのない花だ。しかし、降り注ぐ雨に濡れる花弁はやわそうに見えて艶めいており、細っこい茎はしなれど決して折れなかった。もちろん、隣り合う同じ花々の中には、早々に倒れてしまったものもある。ゆえにこそ、雨の中でもしっかりと佇むその姿からは、普段よりも生命力が感じられた。
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雨に佇む
雨に佇む君を見ていた。
雨の力強さに負けて道端に落ちていく桜をずっと見ながら、傘もささずに佇む君を。
桜は風に乗って散れば美しく見えるが、そこに雨が混じると美しいとは言い難い姿になってしまう。それでも君が、雨に濡れながらその桜を「美しい」と零すから何だか申し訳なくなった。
君は消えた私をずっと探している。
毎年咲く桜を見ては、苦しんでいる。その姿を私は毎年この桜から見ていた。
別れる時に、好きな花を教えなさい。花は毎年咲くのだから、という言葉を思い出していた。私は君に好きな花を教えたことは無かったけれど、桜と共に消えてしまったから私と桜を結びつけてしまったんだろう。
少し、愚かだなと思った。忘れられず、受け入れられもせず、ただただ毎年桜と共に私を待っている。君に聞こえる声で何かを伝えられたなら、どれだけ良かったのだろうか。声も出せず、ただ毎年桜を見に来る君を拒めない私も、きっと君と同じくらい愚かなんだろう。
出来ることならば、君に姿を見せてあげたい。前とは少し変わってしまったけれど、新しい私も君に受け入れて欲しいと思ったから。
だけど、まだ私はここから動けずにいる。
やまない雨はない、と言うけれど、きっと君はずっと雨を望んでいる。薄暗い空から流れる涙に紛れて、自分の涙を流せるから。雨が降り続ければ、永遠に桜は咲かないから。だけども、残酷なことに雨は何時かやんでしまうし、桜は毎年咲く。
君が私を忘れることは出来ないだろう。愚かで愛い人間さん。
そう心で思い薄笑いを浮かべながら、私は雨に佇む君を何時までもずぅっと見ていた。
─────────
薄暗い話がとても好きです。
桜が似合う貴方のことを忘れるには、よりもっと残酷で暗い出来事がないと無理だと思うのです。だけどもその事実がとても心地よいのです。
赤、青、黄色、水玉模様にかわいいキャラクター。
色とりどりの傘が道を占領する歩道の脇に立つ小さな商店の軒下で、ぼんやりと彼女が空を見上げていた。
頭にかぶった花柄のタオルはすでにびしょ濡れで、丁寧にみがかれたはずのローファーはドロドロの泥でコーティング。
彼女の手には通学カバン一つ。残念ながら傘の類は見当たらなくて、同じく隣に濡れネズミで立った僕はぺたんこのカバンの中で存在を主張している折りたたみ傘を思った。
「やまないねえ」
ざあざあと降り続く乱暴な雨音の中で、彼女の声は鮮明だ。
「突然降ってきて災難だったな」
ゲリラ豪雨。正しくそう称される天気に2人で空を見上げる。
そして僕は、なんでもないような顔をして彼女を見た。タイミング良く彼女は小さなくしゃみをして、無意識だろう、夏服でむき出しの二の腕を撫でこすった。
「なぁ」
風邪を引かれたら大変だ。さっさと出さなかったことを不愉快に思われるかもしれないけれど、そんなこと気にしていられる状況じゃない。
カバンに手を突っ込んで折りたたみ傘を取り出しながら声をかけたけれど、彼女は空を見上げて佇んだまま。
「なあって」
「わあ!……どうしたの?」
「傘貸してやるから帰れよ」
一歩近付いて肩を掴んだら彼女はびっくりして跳ねた。あまりの反応にうまく喋れたかはわからないけれど、押し付けた折りたたみ傘を手に取ったので良しとする。
大したものは入っていないからカバンを傘代わりにしても問題無いだろう。
そう思って踏み出した身体は、残念ながら歩道に飛び出ることはなかった。
「どうした?」
「借りたからには、今は私のものだよね」
「……まぁ、そうだな」
「じゃあ一緒に帰ろう?方向同じでしょ」
僕が返事をする前に、彼女は僕を追い抜いて歩道に出る。今は彼女のものになった折りたたみ傘をくるりと回して、快晴みたいな笑顔で笑った。
***
「さっきはごめんね」
「ん?」
相変わらずやまない雨の中を、肩を濡らしながら歩く。
背が高くて良かったと思ったのはたぶん今日が初めてだ。
「雨の音と心臓の音がすごくて全然気付けなかったよ」
「………………なんで心臓?」
「え……あ、……っ」
パチリと瞬きしながら見上げてきた彼女の顔が真っ赤に染まって、ぎゅっと自分の通学カバンを握り締めて傘の下から飛び出した。
「ちょ……っ!?」
「送ってくれてありがとう!また明日!」
彼女の家にたどり着いてしまったらしい。手動の門を開けて、早口で別れの挨拶をした彼女は家の中に入ってしまった。
あの赤い顔は、期待してもいいんだろうか。
お題「雨に佇む」
カラフルな雨傘で
大げさに振り返る
嗚呼
君が恋しい
もういつのことだったか
最後に雨が降ったのは
[日照田]
雨に佇むフクロウ
フクロウの孤高さが好きだ
静かに枝にとまり、気配を消す
神が下界を見るかのように、地上のすべての動きを見透かす
獲物を見つけた
音もなく羽ばたき、仕留める
獲物は、逃げる間もなく、やられたことも気付かなかった
今日はしとしとまとわりつくような濃厚な雨
孤高のフクロウは、いつもと変わらず枝にとまり、気配を消した
ミッションをこなすために
フクロウの孤高さが好きだ
石灰色の古びた煉瓦に囲まれた厳かな空間の中で、男は独り立ち尽くしていた。否、今は少年と形容するべきだろうか。彼の姿は、遠い記憶のなかにある幼い彼自身と瓜二つなのだから。
少年は溟い空間の中で目を醒ました。
ささくれの一つも無い足裏に伝わる感触は、硬い石畳と水の冷たさ。少年はここが現実ではないと早くも理解した。
夢であることを認識できる夢を明晰夢という。夢であるはずなのに、やけに感覚がはっきりとしているのはこれが明晰夢だからなのだろうか。少年は冷静な思考を巡らし、改めてこの空間の全貌を視界に収めた。
落ち着いた配色に飾り気のない柱。
ここは……ああ、そうだ。教会に似ている。幼い頃に両親に連れられて訪れた町はずれの教会。内装こそ差異はあれど、満たされた空気に懐かしさを憶える。少年は風化した石の柱にそっと触れて、足元に広がる水溜りを僅かにちらつく光の源を目指して歩みを進めた。
少年が辿り着いた先には、塗装の剥げた扉があった。
扉の隙間から光がこちら側に漏れ出ていたのだろう。少年は吸い込まれるようにドアノブに手を掛け、扉を開ける。
溟い空間から一転、眩しいほどの太陽光が少年の瞳を眩ませる。やっと光に慣れた少年が面を上げると、目の前には色とりどりの花で埋め尽くされた花畑が一面に広がっていた。
「ここは……」
少年の応訪を喜ぶかのごとく、ざあっと一陣の風が花畑を吹き抜ける。渦巻いた花の香りが少年の鼻腔をくすぐり、少年は郷愁の念を胸に抱いた。
「そうか……。ここは、あの子との思い出の場所だ」
少年は心の奥底にしまい込んでいた記憶を手繰り寄せて、ほう、と形にならない息を零す。いつの間にか忘れていたあの子との思い出……。少年の頬に涙がつたう。
あの子との別れ際、溶けるようなあの子の碧色の瞳に映ったかつての自分も、今のように涙を流してあの子との別れを惜しんでいた。
もう一度、あの子に会いたい。
記憶と寸分違わない鮮やかな花畑。あの日と同じ姿の自分。全てが同じはずなのに、ここにはあの子だけがいなかった。
「もう、変わってしまったんだ。……あの頃とは」
二度と戻れない光景に手を伸ばそうとして、少年は諦めたように静かに手を下ろした。涙が少年の頬をつたって、足元の花弁を濡らす。
少年の思い出の箱庭の中。幼い頃の想いを胸に抱いて、少年はやがて意識を手放した。