ゆかぽんたす

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改札を出たところに女性が1人立っていた。手には赤い傘と青い傘2本。誰かを迎えに来たのだとすぐ分かる。そして相手はきっと、彼女にとって大切な存在。恋人もしくは夫といったところか。何故分かるのかというと、彼女の幸せそうな顔が物語っている。早く会いたいな、そんな柔らかな笑みを浮かべて立っているのだ。まだかまだかとホームへ続く階段の方をじっと見つめている。愛されてるんだなぁ。皮肉でも何でもなく純粋にそう思った。僕は黙ってそのまま彼女の横を通り過ぎた。
電車に乗る前はまだ天気はもっていたのに、今は既に雨が降っていた。なかなか雨足は強い。くたびれた鞄の中を漁って折りたたみ傘を探す、が、見当たらない。どうやら最初から持ってきていなかったようだ。
こんなことが何度かあったな。雨だと知っていたのに傘を持ち合わせていないことが。その度に僕は怒られていた。僕が傘を携帯しないから、キミはいつも迎えに来てくれた。さっきの女性のように、2本の傘を持って改札まで来てくれた。さっき彼女が目に入ったのはたまたまかもしれないが、きっと頭のどこかで懐かしいと感じたのもあるんだろう。
「おかえり!」
背後で跳ねるような声がした。あの彼女が階段から降りてくる1人の男性に手を振っている。そして、青い傘を渡しながら何かを話していた。とても幸せそうに笑いながら。
僕は雨に躊躇することなく駅前のロータリーを歩く。濡れようが別に構わない。今の僕には、傘も待っていてくれる人もいないから。
とりあえずそばのコンビニに行くとするか。そこで傘を買おう。ついでに夕飯も弁当にしてしまおう。雨の音に紛れながら小さく溜息を吐いた。本当は雨なんか嫌いだ。もうキミはいないということを否が応でも思い出させるから。 
だけど、止まない雨はないというように。いつか僕もこの寂しさから解放される日がくる。それを密かに待ちながら、今日も1人、なんとか生きてる。

8/28/2023, 8:41:53 AM