『鏡の中の自分』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ナルキッソスレベルになりたい。
おごりの季節は短い。
「鏡の中の自分」
鏡は自分を美しく見せる。
それを知ってから、メイクのあとの最終確認は、カメラで自分を見ることにしてる。
私ってこんなに面長で、死にそうな顔してるんだって、現実を突きつけられる。
世の中で美人って言われてる子たちは、カメラで撮られても美人だ。それに、私の目から見たその子と変わりない。ということは、本物の私は、この私?この、スマホの内レンズが映し出した、画面いっぱいに見えるブサイクが、本物の私?
加工じゃだめだ。虚構の中で美しくたって、本物の私は変わらない。だから、
「カメラよカメラ。この世で一番美しいのは誰?」
って、怖がらずに訊けるように、いっぱいお金を貯めるんだ。
おいでよと死神鏡の向こう側
睨み返しつつ歯をみがく
口を曲げ喋る手鏡
つまらない言葉なんて必要ないんだ
♯鏡の中の自分
#鏡の中の自分
老けたな、と思います。
楽しくて、何時まででも起きていられて、どんな遠くにでも遊びに行けたような日々にはもう戻れません。
目の下にはクマ。
ほうれい線も首のしわもくっきりあります。
化粧も全然上手くならないし、年より若く見えるとか有り得ません。
……でも10年前より今の方が絶対いい女です。
鏡の中の自分…
年ゆく自分の姿には長い歴史がある
昨夜は、何だか目が覚めずっと眠れなかったから、開き直って日記を書いていた。
そして、何冊もある日記帳の一冊から
目を閉じて開けた所を読み返してみた…
今から25年前の日記帳には、現在子育てに
悩む私の娘に宛てたような文章が書いてあった…こんな文章だ
「よく子育ては難しいと言うけれど
子供って育てるもんじゃなくて、自分の足で立って育っていくものだと思う。
幼くても自分の考えを持って、正しいと
思う方を見極めて自分自身の力で歩いて
いくのだと思う…
私達は一歩離れて見守ってやればいい」
……私…しっかり親をやってたんだなぁ
なんて、昔の自分がちょっと誇らしく
思えた…同時に悩み多き娘に細やかながら
エールを送ってあげられそうだ
今夜眠れなかった事にも、また何か意味が
ある…そんな気がする。
ただ…明日の鏡の中の自分はきっと寝不足でひどい顔だろうww
鏡の中の自分
いったい何回見ただろう
年取ったなぁ
昔はもっと生き生きしてた…
ような気がする
若い時の自分に戻りたくて
試行錯誤
すぎた時間は取り戻せない…
でもまぁ
年老いた自分も許せるようになってきたな
シミもシワも見慣れてきた
ここからまた
どんな自分を見ていけけるのか
今日の自分
お休みなさい
お疲れ様
鏡の中の自分
私が恋い焦がれる彼。
純粋な心、輝く瞳、
太陽のように眩しい笑顔。
手を伸ばしたくても、
罪に塗れ、穢れ切った私は、
彼の隣に立つ資格がない事は、
私自身が、よく知っています。
それでも、
心の底では、
彼の心が欲しいと、
願ってしまうのです。
密かに彼の姿を、
視線で追い掛け、
誰にも知られぬ様に、
想いを募らせるのです。
もし、本当に彼を愛しているなら、
この感情を封じ込め、
彼が、私ではない誰かと、
幸せになる事を、
祈るべきなのに…。
だから私は、
鏡の中の自分に、
そっと告げるのです。。
『彼の幸せを望むなら、
この恋は叶えてはなりません。』
その言葉は冷たく鋭く、
私の心に突き刺さります。
それでも、
彼が笑顔でいられるなら、
私は独りでいいと呟いて、
そっと、微笑みます。
なのに、
鏡の中の自分は、
滲んだ瞳で、ぽつりと、
涙を落としていました。
結婚してからだいぶ立つ、子ども達にも恵まれ穏やかな日々を送っている。彼はすら〜とした人だったが、今も余り変わらない。
私はと云うと、だいぶ様子が変わった。
子を生み育て旦那のお世話をし、時々義両親のご機嫌伺いをし。穏やかだが、忙しい日々を送っている。
たまに、贅沢に御高い温泉の素なる物で湯に浸かる。
身体を洗おうと湯船から出ると、懐かしい肥えた頃の母が居る。鏡の中の自分だった、なぁ〜んだここに居たのか。
何年ぶりかに母に会った。
ごめん、ファンタスティックな話は書けないや!
よく、人は鏡とか言って、いいことをすればいいことが帰ってきて、悪いことをすれば悪いことが帰ってくる。みたいな言葉があるよなぁ。
それも捉え方では『鏡の中の自分』なのかもしれない。
でも、実際の鏡で自分を見た時って、結構その時の環境や自分の内面からも影響あると思っている。
例えば、光の当たり具合で、見た時によく見えるか悪く見えるかも違うし、そもそも鏡自体も、反射で見てるものだから、左右反転だったりとか実際に誰かから見た客観での姿とは違う。
内面からの影響としては、目元にコンプレックスのある人なら、鏡を見た時に目元を見て、『好きじゃない目元だなー』になる訳だし、前髪がどうとか、肌の調子がどうとか、いっこ悪く思うところがあると、色んなところが気になり始めてくる。
誰かから見た自分と自分に見えてる自分が同じとは到底言いきれないのに、気になっちゃって仕方が無くなる。
その点も踏まえた上で、一番最初の人は鏡、ということを考える。
自分に降りかかる沢山の外部からの影響(光や影)が相手からの見え方に影響することもあるし、ふいに相手からの見え方を知ったとしても、それを本当の意味で知ることはなく、あくまでも自分の見え方と感じ方に依存する形になる、、のかな。
相手に見えているもの、自分に見えているものはそれぞれ違くて、それを日々重ねてきた『見えてきたもの』はその人を作る糧になっていく。
人を鏡に見立てて想いを注ぐのも大事だけれど、時には自分も誰かの鏡であることを思い出して、自分が見えているもの、鏡(自分)越しに相手が見ているもの、そして貰ってきたものに目を向けるのも、いいのかもしれない。
そうやって存在を知り、考えて目を向けてみることで『自分に見えるもの』が増えていくのかな。視野の広い人はこうやって新たな視野を培っていたりするのかもね。
今後、少し意識して過ごしてみよう。
けれど、見えるものが増えてきたら、全部見えた気になって傲慢さが出そうになる事は怖いな。
全ては私の見え方と感じ方に依存していて、私のものさしでしか世界は測れず、全てを知ることは絶対に出来ない。
視野が広いと大きくなった気になるけれど、変わらず小さいままであることを忘れずにいよう。
『鏡の中の自分』
「 鏡の中の自分 」 ( 妙 玄若 注意 、 現パロ 逃げ若 )
… 最近 、 鏡 に 映っている自分が自分じゃないような 気がする 。
偶に 違う動きをしていたり とか 、 笑っていたり とか 。 …… まぁ 勘違いだとは 思いたいが ,
『 我が君 、 こんな 話を知っていますか , ? 』
ヨウコ
『 “ 妖狐 ” と言う 、 中国 や 日本に伝わる 狐の妖怪 。 人間 を 誑かしたり 、 人間 の 姿に化けたりする と 言われて居ますよ 。 他には 化け狐 など , … もっと 聞きたいです , ? 』
「 あはは 、、 まさかな … 。 」
ふと 、 等身大の鏡の方へ と 視線を向ければ 視線を 手に持っていた スマホへと 戻して 、 でも 好奇心に 勝てなかったのか スマホを机の上に置き 等身大の鏡の方向へと歩き出した 。
「 ……… 。 」
無言で 鏡に手を置いては 息を吸って 口を開いて
“ … お前は 誰だ 。 ”
そう言った途端 、 手を置いて居た 所から段々と 鏡に 亀裂が入って行き 思わず 後退りを
数度瞬き を しては 割れて居た筈の 鏡が 元に戻っていた 。
「 … あれ 、 鏡 今 ,, 」
又 鏡に手を置けば まるで水に触れているような 感覚が指先に 伝って 、 思わず 声を漏らせば 鏡 の 反対側から 自分の手を握られるような 感覚 を 覚え
《 はは 、 気付かれちま ッ たか 。 》
《 薄々 気付い てたんだろ ? 若君 サマ , ❤︎ 》
「 …… 嗚呼 、 気付いて居たぞ 。 」
「 “ 最初 ” から , 」
「 鏡の中の自分 」
「愛おしい」
そう思っていたはずなのに。
君がいるだけで、それでよかった。
私の心をいつだってお見通しの君に
私は安心してた。
会う頻度を下げるタイミングが悪かったのかな。
とてつもなく空虚なの。
君がいない世界がつまらなすぎて、つらい。
でも君に迷惑かけたくなくて
いい子でいなきゃって一生懸命になりすぎたのかな。
→短編・日々是度々
「顔の皮膚はオブラートほど薄く弱いそうなので、スキンケアの際には、触るか触らないかの力でお手入れするのが良いそうですよ。
だからね、朝に寝過ごして、ダッシュで洗顔してローションを叩くようにつけて、乳液を刷り込むような事態にならないように、さっさと寝なさい」
寝る前に鏡の中の自分に言い聞かせておけば、ベッドに入ってからのスマートフォンのダラダラ見を防げるに違いない。
今日こそ! 今日こそ! 今日から絶対に怠惰な自分を脱却し、丁寧な生活に切り替えるのだ!
「ん?」
あっ、プッシュ通知来た。おぉ、推しの動画新着のお知らせ! これは見なきゃなぁ〜。これを見てから寝てもぜんぜん遅くならないし、何なら、もうちょっと他のヤツも見ても……。
テーマ; 鏡の中の自分
鏡を見れば自分の顔を知ることができるが、それは鏡ごしの自分でしかなくて、直接自分の目で自分の顔を見ることは一生ない。これって凄く不思議なことだと思う。眼球のすぐ近くにあるものが近すぎるがゆえに見ることができないなんて、この何ともいえない噛み合わなさに、この世のことわり的なものを感じる。
いつも嫌な顔してる、でもかわいい、みんなわたしのこと嫌いでもわたしはわたしが好きだよ。嫌いだけど、大嫌いだけど、でも好きだよ。
お風呂の鏡を左手で拭った。
鏡の中の自分は曇った顔を浮かべていた。
お前の左手は自傷をするためにある。
湯船を赤色に染めた。
倒れた鏡を右手で立て直した。
鏡の中の左腕に罅が入っていた。
お前の右手は遺書を書くためにある。
白い便箋を黒く汚した。
錆のないカッターを取り出した。
刃に反射した光から声が聞こえた。
お前の左足の太い血管は血を噴き出すべきなのに。
太ももに付けた浅い引っ掻き傷を睨んでいた。
全身鏡の中には、縄に首を通した自分がいる。
鏡の中の自分は、満面の笑みを浮かべている。
お前の右足はもはや地を踏み出す気もないようだ。
静かに右足で足場を蹴った。
いつからだったろうか。
自分の隣の世界が見えていた。
その世界は今の世界とあべこべで、とても自然だった。
その中の自分は自信があって、活力があって、希望があった。
鏡の中の様で、何処か違っていた。
いつからだったろうか。
本当に鏡の中にいる様になったのは。
いつになったら、変われるのだろうか。
自分が変われば鏡の中の自分は変われるのだろうか。
『鏡の中の自分』
以前も話したことがあるが…
私は私の容姿を憎んでいる
毒親には川から拾ってきたから似てないんだと…
毒姉からは大人になってからもずーっと
「ぶーちゃんw(豚)」と呼ばれていた…
幾度となく罵られ、貶されて続けると
鏡を見ることが怖くなる
写真さえ怖くなる
そしてなによりも
『鏡の中の自分』にさえバカにされているようで
それはいまも尚、続いている
自分と向き合うのが怖い
それは
容姿だけではない
職場や友達の前ですら着飾り、本心を出せない
イイ人を演じるのだ
そうすれば『鏡の中の自分』を消せる気がした
向き合うのが怖いから
自分とも他人とも
それを隠すためだろうか?
年相応に全く合わない、
奇抜なヘアスタイルやファッションをし
更に敵を作ることもある
40を超えても尚、このスタイルは変わらない
本当に自分をさらけ出し
自分とも他の誰かとも向き合えないならば…
嫌われるくらいならば…
いっそ自分から嫌われる道を選ぶのだ
いくら着飾っても報われない
このどうしようもない空虚感
『鏡の中の自分』はきっと嘲笑っているに違いない
「惨めだなw」「いたい奴だなw」と…
だから私は私のことをよく知らない
容姿はおろか、本当の自分ってやつがない
だから恐らく、女優さんになれるくらい
演技がうまい
そうやって、自分だけではなく
他人までも嘘で埋め尽くす
私はどこにいるんだろ?
私は誰なんだろう?
誰かにとって最善の私を演じきってきたのだが…
一度崩れ出すと歯止めが効かなくなった
そうして、パニック発作、うつ病からの
双極性障害
誰かにとっての最善の私でもなく
自我がある自分でもない
なにが好きで何が嫌いなのか?
なにがしたいのか?
何が食べたいのか?
何にも湧いてこない
「無」
誰かにとっていい子、イイ人を演じてきた女の終局…
それが「無」
残酷極まりない
が
それが今の私であり
『鏡の中の自分』なんだろう…
だから
『鏡の中の自分』の顔すら未だに知らない
この歳になると
「可愛い」とも言われなくなる
そうやって自分と向き合えた頃には
自分が想像以上にしわくちゃに年老いた自分と
ご対面するのかもしれない…
私の中の『鏡の中の自分』は
母のドレッサーの前で
「なんで私だけが不細工なの?」と泣いていた
小学校低学年のまま時が止まっている…
鏡の中の自分
合わせ鏡と言うものかある。
鏡を向かい合わせにおくことで無限の像が現れる。
間に俺を置くと俺も無限に現れる。
ネチャネチャしていれば、ネチャネチャとした俺、
ブンニョリしていれば、ブンニョリとした俺が、
無限に現れる。
ある時鏡の中の俺達に聞いてみた。
「代わりに仕事にいってくれないか?」
俺以外が全員手をあげ、
以降俺だけが鏡の中てブンニョリしている。
鏡の中の自分
今日もブッサイクやなぁお前。
鏡の中から見てくる自分もそう思ってるでしょうね。
たしか鏡に映る自分は左右逆だから、実際の自分とは違く見えるんでしたっけ?
となれば、鏡の中の自分は私と違う思いを持っているのかもしれませんね。
何を隠そう、私ここ20年以上外に髪を切りに行ってません。
いわゆるセルフカットというやつです。
名目上は節約としていますが、もっと重大な理由があります。
長時間自分を見ていられないんです。
理容室美容室共に、もれなく鏡があるじゃないですか。
10分カットのところでさえも。
そうすると、もれなく自分を見ることになります。
そして、数分見続けてしまうと……リバースです。
故に髪を切りに行けません。
家の洗面台にも鏡はありますが、髪に焦点を合わせて凌いでいる状態。
たまに掃除で鏡に近づくと、磨きながら思わず声が出てしまうほど苦手なんです。
そんな自分の顔を、友達募集とかで知り合う相手は見るわけですよ。
どんな拷問かよって話ですよね。
実際顔出ししているアプリで、顔じゃなくて風景でも写せ、ブサイク載せるな目が腐ると苦情がきたほどです。
自他ともに認める醜さは厄介ですよまったく笑
いっそ顔面テロで敵の目を腐らせる生体兵器になるんじゃないか?
一時期真面目に思ったほどです。
まあ実際腐った人いないので力不足残念でしたが、ホッともしています。
それでもネットの中ならば、なるべく顔を出さなくてすみますからね。
容姿に囚われずに、皆さんと接していられるわけです。
ありがたいことですよほんと。
欲を言えば、仲良い人ができたらいいなと。
絶賛友達募集中であります!
鏡の中の自分はどう思っているでしょうかね。
お前なら見つかるよと思っているのか。
どう考えても無理やろと思っているのか。
きっと皆さんと違って、遠慮なく本音を聞かせてくれるのでしょうが、いかんせん耳も遠いせいか、鏡に近づいても聞こえないんです。
ケチだなあ、長い付き合いなんだから聞かせてくれたっていいじゃないですかねー。
普段接していないから拗ねてるんでしょうか?
話しかけて愛でてあげないとダメですかね。
唯一の友達は鏡の中の自分です!
そうは思わずとも、鏡の中の自分も自分ですから、もっと大事にしてあげないといけませんね。
とりあえず話しかけてみましょう。
お前は誰だ?
危ない!
どこぞのゲシュタルトな崩壊が始まってしまう笑
ふわり、斜陽に洗われたような綻びが零れている。
重苦しい苦味が、底に滲んでぼやけている。
そしてどちらも重なって透け合った。
ああ、そうか
その虚空には抽象の自分が満ちているのだ。
いつだって映し出されているのは
他でもない自分だなんて
皮肉なまでに、幸福だ。
揺蕩う不透明が心を濡らし、豁然と淡く広がる。
ほらね、また
朝霧が散るように表情が変わった。そんな気がした。
¦鏡の中の自分¦