『遠い日の記憶』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「私が今世界で一番可哀想な小学生」
嫌なことがあったときにいつも心の中でそう呟いていた。
あの時よりこの世界を少し知った今ではそんなわけないだろとあの頃の自分に言ってしまう。
正直なにがそんなに辛かったかは明確に思い出せない。あの頃を振り返ってみると楽しかったことを思い出すことの方が多い。
だが、この言葉はあの頃の自分の心情をぶわっと思い出させる。きっとあの気持ちはこれからもその言葉と共に残り続ける。
人生も長くなってくると、過去に本当に起きた事なのか、それとも夢に見た事なのか、妄想の中だけの出来事なのか、曖昧な記憶がいくつかある。
若い頃、仕事で毎日のように初めて行く場所を訪れていた。
東京のどこかではあったはずだが、住所も最寄り駅も全く覚えていない、とある場所の記憶がいつまでも忘れられずにいる。
仕事を終えた帰り道、春だった事もあり、小高い丘の上に満開の桜が見えた。
そう長くはない階段が上まで続いており、公園でもあるのだろうと、立ち寄る事にした。
階段を上がって開けた場所に出ると、そこは思っていたような公園ではなく、丘の上の平らな土地に、森の木々の様に自然な感じで満開の桜が立ち並んでいた。
木々の間を縫うように、それ程広くない土地の中心あたりまで行き周囲を見回すと、そこは夢のように幻想的な美しい桜の森だった。
降りしきる花びらの中、暫く見惚れていたのだが、私の他には誰の気配もなく、つい先程までいた階段の下とは別世界のようで、人の世ではない場所に迷い込んでしまったような、心細い、怖いような気持になり、少し慌てて引き返した。
階段を降りて元いた道に戻ると、怖がっていた自分が少し可笑しくなり、誰か誘ってまた来よう、と思った事を覚えている。
しかし、その後再び訪れる気になる前に、あの桜の森がどこだったのか、そのうち現実に起きた事なのかも曖昧になり、二度と行くことは出来なくなってしまった。
遠い日の記憶。
遠い日の記憶
誕生日の今日
想いを馳せる
いつからだろう
本が楽しいと感じたのは
いつからだろう
書けるようになりたいと思ったのは
いつからだろう
他者の作品で気後れしたのは
いつからだろう
何も書かなくなったのは
今日はふと
書いてみたいと思った
遠い日の私に
寄り添いたくなった
拙くても
きっと書く事に意味がある
この一日も
いつか遠い日の記憶と
なるのだろう
遠い日の記憶
貧乏だった
キッチンと6畳二間のぼろアパート 両親と兄弟4人
欲しいものを我慢して 買ってもらえる時は金額を気にして
サンタさんのプレゼントだけ 金額を気にせずお願いできた
高額なおもちゃはもらえなかったけど
恥ずかしくて友達を家によべなかった
通学も徒歩と自転車で頑張った 兄弟の学費のために 電車の定期代を遠慮した
でも家族愛で満ちていた 貧乏だけど愛を感じていた
お金の不自由はあっても 愛に不自由していなかった
お金はなくとも 親の愛は子供に伝わる
愛を受ければ 愛を返したくなる
自然の摂理
大切な人に たくさんの愛を与えよう
夢を見ている。
夢が夢だと分かったのは、同じ夢を両手で数え切れないほど見てきたからだ。
夢の中では私は彼女と笑い合い、勉強について励ましあう。
ずっと、夢の世界にいたかったのに、無情にも意識は浮上し、朝がやってくる。
顔を両手で覆う。
どうして、こうなったのだろう。
彼女が世界を裏切るだなんて、誰が想像できただろうか。
「海に行きたい!」
3歳の僕はそうダダをこねた。
母に今日は行けないと言われてもダダをこね続けた。
「そんなに行きたいなら1人で行きなさい!」
怒鳴られた。
生まれて初めて怒鳴られたこと、海に行きたい気持ちetc..
色んな気持ちでモヤモヤした
海に向かって歩き始めて15分。父に保護された。
僕の中の1番遠い(古い)記憶
今でも鮮明に覚えている
あの時は楽しかったな。小2のときが一番楽しかった。ずっと集団行動で帰ってたから、自由に友達と帰れることに驚いた。担任の先生も好きだったな。たくさん話して、苦手な算数を丁寧に教えてもらったな。いつか会って感謝の気持ちを伝えたい!
遠い日の記憶
私が貴方に初めて出会ったとき、貴方は私から、遠ざかった。その時の私は、全く動じず、他の人と話していた。でも、どうしてか分からないけど、話してみたいと思っていた。だけど、上手く体が動かず、話しかけることができなかった。
ある時、話す機会を作れた。私と話す貴方は、ずっとにこやかだった。
私の目に映った、あの日の貴方の笑顔は、他の誰よりも美しかった。またあの笑顔が見れるのなら、私は何でもする。
遠い日の記憶
あの日、君が教えてくれた雑草の名前とか、いつもと違う香りとか、僕の名前を呼ぶ声も、今の僕は何も知らない、君と僕の記憶を憶えていてくれるのはきっと、この一枚の紙切れだけ
遠い日の記憶
あれから、どうしていますか…
中学の頃、あなたと一緒に過ごしたあの日々…
クラスでは浮いていたけどあなたは、何時も優しく
沈みがちな私を
支えてくれたね…
今でも、逢いたいです…
寂しい夜、悲しい時
あなたの笑顔が欲しい…
突然のお別れで
どうする事も出来ない儘になってしまったけれど…
でも…もう一度逢いたい…
デジタルネイティブだなと実感する私の遠い日の記憶は、父の部屋のパソコンに紐づいている。
まだWindowsもない時代にパソコンが家にあることは当時かなり珍しかったはずだ。でも家にはパソコンがあって、それは父の部屋に置いてあった。よくりんご太郎で遊んでいた。マウスのクリックボタンは一つだけで左右の区別がなかった時代。キーボードはまだ打てずもっぱらマウスを使っていた。
そもそも父の部屋は特殊だった。寝室に入ると、クローゼットとは別にウォークインスペースがあって、その小さな空間が父の部屋だった。机とパソコンと本棚でみちみちで、冬は寒く夏は暑い空間だった。
父は忙しい人で、平日に顔を見れたことは少ない。父の部屋に入れるのも、日曜日だけだった。
小さな狭い空間に親子でパソコンに向かう日曜日。
あの思い出がなければ、もう少しパソコンが苦手だったかもしれないな、という話。
ゆっくり鐘が鳴る、遠くに長く、響く
脳髄の裏側の張り紙が捲れて
裏側に隠された染みが露わになる
鐘が鳴って、これまで僕の手がいたずら書きで
誤魔化していたこと全てが
捲れてしまって
遠くで鐘が鳴っている
その記憶が、長く響いて
逃げられない
「遠い日の記憶」
【遠い日の記憶】
逃げ水を追って
真夏の道路を走った
随分と遠い日の記憶
『遠い日の記憶』
35年前…
えっ!もうそんなに経ってたの?!
夕方あるニュース記事読んでびっくりした
そんなとてもタイムリーな話。
あの頃はまだ学生で、お小遣いが少なく、グッズなんて買えない状態。
なのに人気がありグッズが沢山売り出され、CDも出てた。
親に買ってもらった友人に 頼み込んでCD借りて何度も何度も聞いてたっけ。
昨年たまたま入ったブッ◯オフで当時のCDを1枚見つけ購入。
車で聞いたソレは子供達には新鮮に聞こえただろうけど私はとっても懐かしく、そうそうコレだよ!
と昔話に花を咲かせた。
私と趣味が同じ子供達は、興味津々に耳を傾けてくれていたっけ。
そんな ら◯ま1/2
当時の主要キャラ声優同じまま秋に放送開始!!
遠い日の記憶だったのに
新しい記憶に塗り変えられそうです。
バキバキバキバキ!
轟音と同時に小刻みに家屋が揺れ、その振動が体にも伝わる。近くに雷が落ちたようだ。
それから幾度も雷光と轟音が鳴り響き、嫌な想像をしてしまう。空襲の爆撃もこれ程の爆音なのだろうか?雷が核爆弾だとしたら、もう吹き飛んでいるな、と。
怖い怖い。今は令和だし、わたしは安全な建物の中にいる。これはただの雷だ。大丈夫、大丈夫。
雷を怖がるのは、遠い昔に備わった体の記憶なのかもしれない。身を守るためにしっかりと作動してくれているのだろう。
そういえば…と、また別の妄想が広がる。
龍は雨天が好きらしい。落雷の轟音は龍の雄叫びなのかもしれない。大雨と落雷が大盤振る舞いの今夜は、再会した龍たちが喜びあっているのだろう。喜び過ぎて、雷がドッカンドッカンと地上に落ちるシステム?
わたしにとってはいい迷惑だけれど、関係ない。あちらにはあちらの世界があるのだから。
ムフムフと妄想をして、これを書き込んでいるうちに雷雲は遠くに流れて行ったようだ。
『遠い日の記憶』
誰だったか、私には忘れてはいけない人がいる。
でも誰だか思い出せない。忘れてはいけないはずなのに。
スマホのアルバムを見ても、思い出深いものを見ても、母に誰だか訊ねても、何をどうしても思い出せない。
本当に誰だっけ。
モヤモヤとした想いを抱えながら日々過ごしているとある日、テレビからとある名前が耳に入ってきた。
その名前は耳によく馴染んだ。初聞きではないと、聞いた瞬間に聞き覚えのある名前だと分かった。
私はすぐにその名前をメモした。そして、スマホで手当り次第調べ始める。
すると、調べ出てきたのは犯罪事件の内容ばかりだった。
私の胸がドキリと大きく鼓動した。
バクバクと、激しい脈を打つ心臓。
私は恐る恐る、ネット記事をクリックした。すると、顔写真が出てきて私は顔写真をじっくりと見た。
誰かに似ている、誰かの幼少期の顔にその顔は似ていた。
ということはつまり、幼少期の誰かだ。
私は自分の部屋に戻り、幼稚園の卒業アルバムを探した。
私は卒業アルバムを見つけるや否や、すぐさまページを捲った。
そして、見覚えのある、顔写真の面影と一致している子を見つけた。
あぁ、この子だ。そうだ。この子だった。この子なんだ。
「見つけた。思い出した。この子だ。そうだ、この子なんだ。この子……なんだ」
私は失望を感じた。
幼少期で事故に巻き込まれ、死にそうと思った時に私を骨折程度に済ませてくれた子なのに、なんで事件なんか犯して。犯罪なんかを犯してるのかと。失望をした。
この子を探し続けていたのに。
この子は私が入院している時に転園してしまったから感謝を言えなかった。
感謝を言いたくて、命の恩人に会いたくて、ずっと探していたのに。なんで、犯罪なんてーーーー。
私はこの日、遠い日の記憶にある命の恩人の子に失望をした。
作品No.108【2024/07/17 テーマ:遠い日の記憶】
私 と あなた
お互いに一方的に話してたらしい
私は
起承転結めちゃくちゃな日本語で
あなたは
うちなーぐち混じりの日本語で
本当に一方的
なのに
とても楽しそうだった
そう 母から聞いた
今は亡き曾祖母との思い出
同じ道を歩いたら、
あの日のことを思い出した。
君はもう隣にいないけど
色褪せぬ思い出は
いつまでも僕に優しい。
【遠い日の記憶】
いつからだろう
年少さんの頃から仲の良かった友達が1人いた
その友達とは中学2年生の1学期まで仲が良かった
幼稚園の時、家に毎日遊びに来て一緒に遊んで、喧嘩して、
喧嘩しても仲直りして
今では目を合わせることも出来なくなった
また仲良くしたいと思っている
遠い日の記憶を辿り、思い出に浸っている
ふと思い立って、子供の頃のアルバムを見ることがある。幼稚園ぐらいまでの写真を見ると、若い頃の両親や叔母、叔父、幼いときの兄やいとこ、そして生きていたときの祖母や祖父に会うことができる。
誰にでも優しくて親切で善良で、怒ったところを見たことがない大好きな祖母。その一方で、祖父はすごく苦手な存在だった。
私が物心ついた時には、すでに認知症だった祖父。お酒が大好きで、酔っ払っては妻や娘から煙たがられて。家の中で遊ぶ私たちを、よく叱りつけていたっけ。
祖母があまりにも我慢できなくなって、一緒に遠出をして外泊したことがあった。夜に母がしれっと電話を掛けてみたら、おばあちゃんは二階で寝てるって。本気だったのか嘘だったのかは分からないけど。家に帰っても何事もなかったようにしてたな。
とまあ、苦手意識を持っていた祖父だったけど。お正月休みのある日。祖母に赤い着物を着付けてもらった私に、
「べっぴんさんだね」
って。何となく気恥ずかしくて素直に喜べなかったのに、なぜか30年以上経った今でも覚えているあのワンシーン。あれは正気だったのかしら。
今となっては確かめようがないけれど。祖父を知っている方には、いい人だったって言ってもらえることがあるから。今なら、一緒に楽しく酒盛りできるかもしれないな。ね、おじいちゃん。