ハナムグリ

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人生も長くなってくると、過去に本当に起きた事なのか、それとも夢に見た事なのか、妄想の中だけの出来事なのか、曖昧な記憶がいくつかある。

若い頃、仕事で毎日のように初めて行く場所を訪れていた。
東京のどこかではあったはずだが、住所も最寄り駅も全く覚えていない、とある場所の記憶がいつまでも忘れられずにいる。

仕事を終えた帰り道、春だった事もあり、小高い丘の上に満開の桜が見えた。
そう長くはない階段が上まで続いており、公園でもあるのだろうと、立ち寄る事にした。

階段を上がって開けた場所に出ると、そこは思っていたような公園ではなく、丘の上の平らな土地に、森の木々の様に自然な感じで満開の桜が立ち並んでいた。
木々の間を縫うように、それ程広くない土地の中心あたりまで行き周囲を見回すと、そこは夢のように幻想的な美しい桜の森だった。

降りしきる花びらの中、暫く見惚れていたのだが、私の他には誰の気配もなく、つい先程までいた階段の下とは別世界のようで、人の世ではない場所に迷い込んでしまったような、心細い、怖いような気持になり、少し慌てて引き返した。

階段を降りて元いた道に戻ると、怖がっていた自分が少し可笑しくなり、誰か誘ってまた来よう、と思った事を覚えている。

しかし、その後再び訪れる気になる前に、あの桜の森がどこだったのか、そのうち現実に起きた事なのかも曖昧になり、二度と行くことは出来なくなってしまった。

遠い日の記憶。

7/17/2024, 2:59:29 PM