『通り雨』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ランチを終えて会社に戻ろうと店を出ると、雨が降っていた。
ついてない。会社まで急いでも10分はかかる。傘を用意すればよかった。いや、降るとわかっていたら、もう少し近くの店にすれば良かった。
雨の中に飛び出す踏ん切りがつかないでいると、背後から声を掛けられた。
「柴田さん、傘入りますか、良かったら」
同じ課に最近異動してきた水無月さんだった。
ぽん、と折りたたみじゃない、しっかりした造りの赤い傘を開いて俺を見る。
「あ、ーーああ、店に居たんだ。気づかなかったよ」
女性社員とつるんで来ているわけではなさそうだ。まぁ着任して日も浅い。
しかし、あまり接点のない女性と一つ傘の下に入るとなると、ためらいが先に立つ。
「奥の方にいましたので」
入りません?昼、終わっちゃいますよと目で促す。
「あー、じゃお言葉に甘えようかな」
俺は水無月さんの傘に入らせてもらった。店先でうだうだしてたら店に迷惑だ。俺は柄を彼女の手から受け取った。
「俺の方が大きいから、差しやすいし、歩きやすい」
「ありがとうございます」
すぐに止む通り雨ですけど。水無月さんは朗らかに言った。
「分かるんだ、へぇ」
「まぁ雨が降る、上がるのことなら、大概。じつは私、妖怪アメフラシの子孫なんです」
俺はまじまじと水無月さんを見つめ返した。
軽い感じでいるけど、目がまじだ。こういう冗談を言う子なんだ、意外だな。
「奇遇だね、俺、雪女の子孫」
「……へぇ、そうなんですか」
「うん」
「そういえば柴田さん、時々親父ギャグで場を凍らせてますもんね」
「え、そお? そうかな」
軽ーく傷ついたぞ、おじさん。
結構毒舌。顔に似合わず。俺は水無月さんに雨がかからないように、傘の角度を気遣いながら、会社への道を歩いた。
ーー、ひと雨来そうだったから、傘を持ってランチに出たんですよ。柴田さんの選ぶお店に…
相合い傘のチャンス、だからーー
「え、何か言った?いま」
雨音に紛れ、よく聞こえなかった。そう言うと、
「ううん、何も」
ふふふ。雨がざあっと強まった。
#通り雨
はぁ〜。
今日はついてない。
まさか抹茶パウダーが売り切れなんて……。
アイスクリーム屋さんも定休日だったし、
クレープ買ったら
下から全部落ちてったし。
通り雨は私の涙をかっさらった。
それは嬉しいけど
服はびっしょり。
3年ほど文通している人への手紙も
滲んで書きなぐりみたいな字になったし。
まあいいか。と出したのだけど、
裏側をメモ代わりに使ってたことを
今思い出してしまった。
しかも曲名をメモしていて
「にこにこしてたい。」
って書いてた気がする。
うおぉぉおぉぉおおぉ!!
ポストの前で頭を抱え叫ぶ変人の完成だ。
滲んで変な誤解を生まなければいいのだが…。
靴も濡れていて
重くて足が上がらない。
もう帰ったら寝よ。
倒れ込むように寝た翌日、
文通している人から
速達で手紙が届いた。
内容はいつも通りだったが、
よく見ると
暖かい言葉が使われている。
最後には
"Good Midnight!"
と書いてあった。
メモに気づかれなくてよかったぁ〜。
ほっとしたのもつかの間、
力が緩み
左手に持っていたスマホが
足へと落ちる。
イ゙ッダア゙ア゙ア゙ア゙ア゙。
もしかして今年のおみくじ大凶引いたから?
あと半分で今年終わるってぇぇえ!!
1人家でキレていた今日この頃。
通り雨
だれかにとどめを刺す絶望ではなく
涙を隠すために奔走する穏やかな雨でありますように
「通り雨」
レーダーに
指を滑らせ
わが街を
覆う雨雲
見て嘆きけり
騒がしい雨音が
雑な気持ちを
かき消してくれる
傘が無いから
しばらく帰れそうもない
まあいいか
家にいても
することはないし
返事のない
言い訳をだらだら
考えてるくらいしか
私の頭は働かないし
いっそこの雨と一緒に
どこか遠くまで
飽きるまで泣き喚いて
心在らずのまま
流れていけたら
いいのにね
『通り雨』
朝目が覚めると、まず最初に死にたいと思う。また憂鬱な一日が始まるという事実を受け入れることが出来なくて、小さなため息がこぼれ落ちる。
鉛のように重い身体をゆっくりと動かして階段を降りると、母のすすり泣く声が聞こえてくる。
「お母さんどうしたの」
傍に立って、心配そうな表情を浮かべながらそう尋ねると、母は私の手首を掴む。
「あの人はどうして私を捨てたのかしら」
母は震える声で私にそう尋ねたかと思えば、死ねば良かったのかしら、消えれば良かったのかしら、つらいのよ、苦しいのよ、とヒステリックになり始める。
「大丈夫だよ。私はお母さんを捨てたりはしないよ」
そう言って母の背中や頭を撫でると、母は段々落ち着きを取り戻し、涙が止まり、やっと私から手を離してくれる。
「そうよね。私とあなたは死ぬまで一緒だものね。パン焼いておくわね」
母は私の赤くなった手首なんて気にもとめず、満足気に笑って朝ごはんの用意を始める。
これが私の朝のルーティンだ。
どれだけ早起きをしても、母が中々泣き止まず、学校に遅刻してしまったり、理由も言わず、ただただ娘を帰らせてくださいと学校に電話をかけてくるせいで早退させられたりなんてことは珍しくなかった。
そんなんだから、家庭内暴力があるらしいだとか、親が捕まっていて働かなければいけないらしいだとか意味の分からない噂が絶えず、廊下を歩けば色眼鏡で見られ、後ろ指を指される。もちろん、守ってくれるお友達なんてものは存在せず、先生でさえもモンスターピアレンツの子だと距離を取ってくる。
人間は誰しもつらいことがあるのだと、いつかは必ず幸せになれる日が来るのだと、そんな言葉をよく耳にする。胡散臭い言葉だと思いながらも、もうすぐ幸せになれるんだ、つらいのは今だけだ、これは通り雨なんだと自分に言い聞かせ耐えてきた。
でも、もう限界なんだと思う。
道路を走る車を目にすれば飛び出したい衝動に課せられて、学校の屋上に行けば飛び降りたい衝動に課せられる。眠ろうと目を瞑れば母の泣き声が聞こえてきて、息が苦しくなる。涙はもう何ヶ月も出なくて、死にたい気持ちだけが高まって、誰にも届かない声が私の中をぐるぐる回る。
私は一体どうしたら良かったのだろう。
私はただ雨が止んでほしいだけだった。雨宿りをさせてくれる人が欲しいだけだった。雲一つない青くて綺麗な空が見たいだけだった。それだけだったのに、そんな小さな願いは何一つ叶わなかった。
でもやっと、幸せになる覚悟が決まったんだ。
暗くて寒い自室で、自分の顔と同じくらいの大きさの"幸せへの入口"を作って、そっと足を踏み入れる。私にまとわりついていた息苦しさも、つらさも、死にたいという気持ちも、全部全部を思い切り蹴り飛ばしたその瞬間。
それは確かに、雲一つない晴天だった。
日頃から傘を持ち歩くように気を付けていたが、今日に限って忘れてしまった。冷たい雨が体に当たる中を走り抜ける。せめてこれだけでも濡れないようにと、革のカバンを前に抱えて、猫背になった。
すれ違う人々は傘をさしているのに、わたしだけが雨に濡れている。みじめだ。テストで最低点として自分の取った点数が発表されたときくらいみじめだ。
それでも、なんとか近くのポストまで、このカバンの中の荷物を持っていかなければいけなかった。先方への大切な手紙だから、いくら自分が濡れ汚れようとも、みじめさを感じようとも、この手紙を出さないわけにはいかない。
しかし一人でここにいるわたしとは裏腹、すれ違う人々は誰かと二人で、または大勢で歩いている人々ばかりだ。クソ、リア充め。こちとら大学でも恋人ができないまんま社会人になったんだ。それに何だ、今日は平日だというのにラフな格好で。わたしはブラック企業で連勤35日目だ。ああ、雨のせいもあってか、気分がどんどん悪くなっていく。
雨がいっそう強くなる。ポストまであと少し。向かいから歩く人のせいで、水溜まりからハネた汚水がかかる。さすがに嫌な気分になって、ガンでも飛ばしてやろうとそいつを見た途端。
「………え、かわいい。」
ワンちゃんがいた。レインコート着て散歩してるワンちゃんがいた。かわいいワンちゃんだった。
いや、とてつもなくかわいい。本当にかわいい。目が合った瞬間、わたしはこの世の嫌なことを全て忘れかけた。それくらいかわいかった。
気が付けば、雨が止んでいた。ワンちゃんは去っていった。わたしはさっきまでの嫌な気分も忘れて、30メートル先のポストへ向かっていった。
名前のとおりさっと降って、すぐに止んでくれればいい。
通り抜けてどこかに行ってしまうから通り雨、なのに。最近は一ところに長くい続ける雨が、人間を苦しめている。
雨そのものに悪意は無いはずなのに、いつからこんなに激しくて、攻撃的な降り方をするようになったのだろう。
しとしと、とか、サー、とか、そんな擬音が似合う雨が懐かしい。
END
「通り雨」
〜通り雨〜
通り雨といえば
これ以上待てないでびしょ濡れになって
目的地についたら雨が上がるとかとか
そういえば、最近は、通り雨というよりスコール
みたいなのが増えてきましたね
ご安心に
#通り雨
みんな空なんて見上げもしないで
駆け抜けてゆく
足元を濡らすよ
捨てきれない悔しさを
洗い流してくれないか
堪えきれない涙を隠してくれないか
今なら誰も気づかない
今ならほんのひとときの
孤独の世界の中で
素直な自分を出せる気がして
通り雨
ひとりぼっちは嫌いじゃないんだ
今日は彼とデートの日。
集合場所に着いて彼と合流。
見たかった映画を一緒に見て、カフェへ行った後…
ポツポツと雨が降ってきた…
今日の天気は晴れだったはずなのに…
彼と急いで雨のしのげる場所へ避難した。
「雨止まないね〜」
なんて話してるうちに、周りに日が差してきた。
通り雨だったらしい…
ふと空を見上げたら綺麗な虹があった。
通り雨
急いでる時に通り雨。
走るしかない!
そして私はずっこけた。
通り雨だ。近くにあった古い店の軒先に駆け込む。
空は明るい。でも大雨。傘は持ってきていない。どうしよう。
どうもしなくていいや。急に何もかもどうでもよくなってしまって、地べたにそのまま座り込む。おしりが冷えるけど、どうだっていい。私は疲れている。
学校行かなくてもいいや。
遅刻しそうになって、急いで行こうとしたらこの雨だ。行くなってことかも。なんて都合の良いように解釈する。どうせ私一人いなくたって困る人はいない。給食のコロッケが余るからむしろ喜ばれるかも。
なんでこう、毎日毎日さあ、重い体を引きずってクラス内で逃げられない交友関係の中で愛想笑いして相手の話を盛り上げてさあ、やりたくもないこと、食べたくもないもの、そんなものに囲まれてさあ。
やんなっちゃったよ。
急に目の前がかげる。顔を上げれば、こちらに傘を差し掛けてくる仏頂面。
「遅刻するよ」
流行遅れのぱっつんストレートヘアに、色気のない黒縁メガネ。スカートは膝下の。うちのクラスの学級委員。
「いいよもう、どうせ遅刻だし」
「良くないから」
飾り気のない無骨なビニール傘を差し出される。せっかくサボる気になってたのにさ。
「学級委員だから仕方なく探しにきたんでしょ。ホントは私のことなんかどうでもいいくせにさ」
あーあ、別にこんなこと言ったって何も変わりはしないのに。
彼女はぽつりとこう言った。
「今日の給食、牛肉コロッケだけど」
「知ってる」
「あれ、美味しいよ」
変わり者の仏頂面は、いたって真面目な顔でそんなことを言う。
「知ってるわ、そんなん」
まったく調子が狂う。私はこれ見よがしにため息をついてみせて、それから「よいしょ」と立ち上がる。
雨は小降りになっている。
あ、雨だ。そう思う間もなく急に本降りになった。周りの人たちがカバンを頭の上にかざして慌てて駆けていく。そんな中私は1人何もせずただぼんやりと歩いている。髪が濡れ服が重くなり靴に水が溜まっていく。周りの人から奇特な目で見られながらも特にあてもなく歩いていく。
今日は第一志望校の合格発表の日だった。電車を乗り継いでたどり着いた学校の掲示板に私の名前はなかった。名前がないことがわかった時、私は思わず走り出していた。個人的には自信はあった。自己採点は過去最高だったし、面談も手応えはあった。でも、駄目だった。何もかもが嫌になったものの、死ぬのは怖かった。だから私は今迷い子のように歩いている。土地勘がないのもちょうど良かった。何を気にするでもなく歩いていくことができる。
5分ほどそのまま歩き続けただろうか。喉が渇いて目の前にあった喫茶店に立ち寄った。結論から言えばこの選択は正しかった。小さな個人経営のマスターはびしょ濡れでやってきた私を拒むでもなく受け入れてくれた。タオルで拭いたあとオススメだというオリジナルブレンドを片手にしばらくの間話し続けた。彼は時に相槌をうち、ときに自分の体験を話してくれた。たった1杯のコーヒー分の時間だったが気分はだいぶ持ち直した。お会計を済ませたあと彼は言った。「あなたの人生はまだまだ長い。これがあなたの進むべき道だったと思ってその道で頑張りなさい。またのご来店をお待ちしております。」
私はお礼を言い、店を後にした。「また来よう。」あれだけ降っていた雨はあがっていた。
通り雨
教室の窓に触れる雨。
愛想笑いと退屈のハーモニーはあまりに息が詰まる。
宇宙は霧に覆われた
声に出そうとしてつっかえた言葉は、宙に浮いて雲になり、やがて雨になる。
細くて弱々しい猫を見つけた。そいつは重い瞬きを一つしてから、じっ…と静かにこちらを見つめてきた。
そんな静けさとは裏腹に眼から湧き出るオーラはゾクゾクした。
二度と会うことはなかった。
湿った土の匂いからは、なんとも言えない虫の味覚。
雨の囁き声から、窓を叩きつけるようになった雨粒は怒鳴り声となり俺を不快にさせた。
正門を出てすぐ、
ガキが水溜まりに飛び込んで跳ねた泥水が、斬るように頬に飛び込んできた。それは怒りと共にもったりと垂れてきたので、傘をなぶり続けると同時にものすごい速度で堕ちゆく怒声と共に流した。
雨で濁った川に餓鬼共がガキのランドセルを投げ入れた。
餓鬼共はひっくり返るような甲高い声を上げ、走り去っていった。それは上の橋にいる俺の耳を刺した。
ゆらゆらと流れるランドセルをガキはただただ観ている。
餓鬼共の声が聞こえなくなった頃、ランドセルはもうすぐ見えなくなる。
ガキは靴を脱ぎ、揃えて置いた。
沸々と、気持ちの悪い線香花火を炊いた香りがした。
ガキは川にそっと入り、どんどん歩く
水深腹あたりまで来た
とまる様子はない
置いてけぼりの傘と息を忘れて走る俺。
むせ返るような息遣いで首まで川水に浸かったガキのフードを掴んで川から出した。
抵抗も反応も何も無い
そいつをおぶって橋まで歩いた
直に当たる酷い怒声は俺を萎縮させようとするが、背中にある生ぬるい氷のような感触だけが俺を支配した。
下ろすとそいつは、静かに、もうランドセルは見えない川をじっ…と見つめた。
俺も川に目線に移してからまたそいつに戻した時にはこちらを見ていた。
怒声がよく聞こえるな
そいつはどこから持ってきたか分からない傘を俺に差し出した。
逃されないそいつの眼を見つめたから、
受け取った
怒声が通り過ぎて
急に晴れが顔を覗かせた。真っ白な強い日差しで宇宙が覆われた
「お兄さん、晴れましたよ。」
そいつはその一言残してどこかへいった
「あの眼に似てたな」
【通り雨】*111*
雨女だからなぁ〜あるある笑
到着したら少しして止む、みたいなね
それなのに、わかっているのに、
手にモノ持つの好きじゃないし、すぐ忘れちゃうから
予備傘は持たない笑
折りたたみも鞄小さいこと多いからほぼ持たないなぁ
雨も滴る〜とか言ってられないからダッシュ!笑
通り雨ってけっこう好き。
というか面白い現象だと思う。
雨雲の通り道、雨と晴れの境が目で確認できる。
こうゆうのに遭遇するとワァー、となる。
今私、雨と晴れの境にいるよね、と感激しちゃう。
雨が降った跡を車で走って雨に追いつくと、まるで雨と追いかけっこしてるみたいだし。
でも、ゲリラ豪雨は嫌だ。
永禄3年、5月19日。駿河、遠江、三河を領国とする将軍今川義元が、自軍陣地にて構えていた。
しかし実際、陣地内は勝利を確信した兵たちによる、お祭り騒ぎであった。
ある者は酒を飲み、ある者は陽気に歌を歌い、ある者は笛まで吹いている。
そんな中、今川義元は高笑いをしながら、白く化粧された自らの頬を軽くさすった。
「皆の衆、織田軍の拠点も打ち崩したとの伝達を、松平元康から受けた。尾張の国が我の領になる日も近いぞ!」
義元がそう叫ぶと、兵たちは勝ち誇ったように槍を上へ向け、一斉に雄叫びを上げた。
だが、空模様はその雄叫びをものともしていないかのように、じっと曇った様子を見せている。
その時ポツ、と、一雫の雨粒がとある兵士の兜に当たり、弾かれた。
と、その直後。そんな1滴から始まった雨はすぐに地面を穿つような激しい雨へと変わった。
「まったく、天候は我に味方せんか……」
義元はぶつくさと不満げに呟きながら、慌てて屋根の下へと避難していった。外を見渡しても、あまりの雨量で霧が立ち込め、ただの会話だけでも、少し声量を大きくしなければまともに行うことが出来ない。
「……不吉な予感がするのぅ……」
扇子で顔を仰ぎながら、暗く雨を落とす雨雲を、虎のように冷たく睨んでいた。
幸い、雨は短時間で止み、暗い空の端から眩い日光が差し込んでいた。
避難していた護衛兵も、いそいそと武器を持ち、持ち場へ戻っていく。ぐちゅ、ぐちゅと、ぬかるんだ地面が踏まれる度、不快な音を立てていた。
その時だった。大きな荒声と、集団が走る足跡。時折馬の蹄の音や、鳴き声が聞こえてきたのだ。しかも、その方角は全て同じ、北側である。
と、その直後に、北側の護衛兵が驚愕の声を上げた。
義元は、分かっていた。
「織田軍の奇襲! 織田軍の奇襲!各い……」
護衛兵の声は、一気にかき消された。北側の布壁を引き裂き、踏み越えてやってきたのは、
「狙うは義元の首ただ一つ!!! かかれぇぇぇぇ!!!」
織田の家紋を掲げた、織田信長だった。
一対一であれば、足元にも及ばない相手であった。
しかしそれは、「互いの兵力が集中していた時」の話である。義元は、不覚にも万単位の兵力を、織田軍の陣地侵略へと向かわせていたのだ。
つまるところ現在、当の本人義元の護衛部隊は、織田軍の半分にも満たなかったのである。
数時間前まで、お祭り騒ぎであった陣地は、今では完全な混乱状態に陥っていた。あちこちで悲鳴や、命を斬られる音が響く。当然義元も将軍である、戦闘経験は心得ている。しかし、混戦状態でその実力を発揮できるはずもなかった。
逃げるしかない。屈辱的にも、しかし最適な方法であった。幸い本丸は戻っている最中、その軍と合流できれば……そんな僅かな望みを抱いて、敗走の手段に出た。
が、彼のふくよかな身体と、さらにぬかるんだ地面が、彼の足を引っ張る。それでもなんとか、あと一歩で混戦状態の陣地から抜けられる、そんなところまで来ていた。
だが、彼は、背後からの馬の気配に気づくのが、一瞬遅れてしまった。
後ろの者の影が、自分に重なる。
「義元、覚悟ぉぉぉ!!!」
ここまで来ては、彼は引き下がれない。必死に刀の柄を握り、反撃に転じようとした。
抜刀する、という脳の命令は、否、脳から送られていた全ての命令は、ストンと、瞬く間に断ち切られた。
通り雨
「じゃあ、また明日!」
授業が終わり、席を立った私はみんなに手を振った。
バタバタと渡り廊下を走り、部室へ駆け込んだ。
早く帰って、勉強をしなければならない。なんせ、明後日から期末テストなのに、課題の半分も終わってない。
部活の忙しさにかまけていたせいだ。だが、今も同じ。部活の掃除という放課後のおまけがある為に家に帰れない。
急いで部室の机を拭きあげた。他のメンバーはゆるゆると黒板を消したり、床をはいたりしている。
早く終わらせてくれないと帰れないのに。と、少しイライラした。
「ねぇー!コレ邪魔だから動かしてよ!」
部員の1人が大きな塊を顎でさしながら私に叫んだ。
「....ごめん。」
コレじゃない。私の楽器なのに。邪魔なんて....。
言いたい言葉が沢山あったが、飲み込んで大きな楽器を動かした。
私の、楽器。私の、パートナー。
吹奏楽部では数少ない弦楽器、大きくて、私以外持ち運び方を知らないコントラバスは、要らないって思われてる。居なくても音楽が成立するから、部活ではいつも私も、この楽器も邪魔者扱いだ。
「どこに移動させたら迷惑かからないかな?」
腸が煮えくり返るような気持ちを押さえつけて、ニコリと笑ってみせる。
「さー?その辺置いといたら?邪魔なったら言うからさ。」
「っ。そっかぁ、わかった!そしたら、私の担当終わったから、この子持っとくよ。その方がすぐ動けるからいいと思うの。」
あー、その口縫い潰したい。
いつもの笑顔を貼り付けたまま、私は部屋の隅へ移動した。
掃除が終わっても片付けをしないまま、ウダウダと話し込む彼女らを横目に1人ため息をついた。
よしよし、と楽器を撫で、彼女らが掃除用具を片付けるのを待った。先にこの楽器を片付けてしまうと掃除用具が片付けられないのだ。
「あ、鍵返しといてよね。あんた最後だから。」
急に鍵の音がしたと思うと、目の前に鍵を突き付けられていた。
またか。と思いながら、私は鍵を受け取り、また明日。と笑顔で見送った。
彼女達の姿が見えなくなると、それまで腹の奥底で燃えていたどす黒い感情が消えていった。
窓から外を見ると、雨が降り出していた。
「通り雨....。」
ポツリと呟いた言葉は、誰もいない部室に響いて消えていった。
暫く雨を眺めて、ハッとした私は急いで楽器を片付けた。
課題をしないと、やばい。
部室の鍵を閉めて、渡り廊下を通った頃には雨足はかなりきつくなっていた。
屋根しかない渡り廊下を走った私のスカートは、職員室についた頃にはぐっしょりと濡れていた。
「吹奏楽部3年、ーーです。鍵を返しに来ました。」
いつもと同じ言葉を添えて、鍵を返却した私はふと隣の教室を見た。
誰もいない教室は、私の幼なじみのクラスだ。よくバカ騒ぎして居残ってることが多いが、流石に今日は帰ってるらしい。
どうせ、私と同じで課題を残してるのだろう。
ばかだなぁ。と苦笑しながら、1階のエントランスへ向かった。
「超降ってるなぁ。」
呟きながら、カバンから折り畳み傘を取り出そうと中を覗いた時、入口に誰かがいることに気づいた。
傘を持ってきてなくて帰れないんだろう。かわいそうに。
なんて、思って横を通ろうと思うと、可哀想な正体に声をかけられた。
「お前、まだいたん?」
私の幼なじみだ。この3年でグッと伸びたせいで、顔を見るのも首が痛い。
「帰ろうと思ったらこの雨でさぁ。帰れねぇんだよ。お前は?」
「私は部活の掃除、いつも通り。」
「オカワイソウニ。」
「ちょっと、全然思ってないでしょ!」
こんな風に軽口叩くのは久しぶりだ。楽しい。
「てかお前、帰んねぇの?いつも通り傘もってんだろ?」
「....えぇと。」
折り畳み傘を出すためにカバンに入れてた手をチラリと見た。
既に折り畳み傘を握っている。
「まぁ、無いなら仕方ねぇし、雨が止むまで一緒に待ってやるけど?」
「!そう、別に待っててくれなくていいけどね。傘あるはずだし....。あれ?」
私はわざとらしくカバンをもう一度漁るふりをして、首を傾げた。
「おい?」
「持ってくるの忘れたみたい!」
両手に何も持ってないと見せつけて、折り畳み傘を見られないように私は急いでカバンを閉めた。
口角が上がって、バカみたいな笑顔を晒してしまう。
「仕方ないから、あんたとここで雨止むまで待ってあげる。」
お姉さん感を出したくて、手を腰に当ててふふっと笑ってみせる。
俺はニヤリと笑った。口角が上がるのを隠すためだ。
「しゃーねぇなぁ!待っててやるよ。」
幼なじみは睨むように、見下ろすように俺を見上げてるが、俺から見たら上目遣いにしか見えないが、それに気づいていない。
「雨が止むまで、話そうぜ。」
最近話せてなかったから。と最もらしい言い訳をつけて、この小さな女の子と空き教室を目指す。
階段を上がる時、濡れた足と透けたスカートに目を奪われそうになるが、なんとか目を逸らした。するとカバンが目に入った。
閉まったカバンの隙間から少しだけ顔をのぞかせているのは、いつもこの幼なじみが使ってる折り畳み傘だ。
俺の口角は更に緩み、それを悟られないように早口に話す。
幼なじみも、どことなくいつもより早口な気がする。
窓の外はまだ雨が降り続いている。
どうか、通り雨がもう少しゆっくり歩いてくれますように。
お互いにそう願ってることは、まだ2人は知らなかった。
今はただ、それぞれ荒れ狂う台風がそれぞれの心を襲っていた。
あなたと出会ったのは
あの雨宿りの軒の下
夕方の通り雨の時だった
なんて
そんなベタな恋話があったら良いのに