通り雨
「じゃあ、また明日!」
授業が終わり、席を立った私はみんなに手を振った。
バタバタと渡り廊下を走り、部室へ駆け込んだ。
早く帰って、勉強をしなければならない。なんせ、明後日から期末テストなのに、課題の半分も終わってない。
部活の忙しさにかまけていたせいだ。だが、今も同じ。部活の掃除という放課後のおまけがある為に家に帰れない。
急いで部室の机を拭きあげた。他のメンバーはゆるゆると黒板を消したり、床をはいたりしている。
早く終わらせてくれないと帰れないのに。と、少しイライラした。
「ねぇー!コレ邪魔だから動かしてよ!」
部員の1人が大きな塊を顎でさしながら私に叫んだ。
「....ごめん。」
コレじゃない。私の楽器なのに。邪魔なんて....。
言いたい言葉が沢山あったが、飲み込んで大きな楽器を動かした。
私の、楽器。私の、パートナー。
吹奏楽部では数少ない弦楽器、大きくて、私以外持ち運び方を知らないコントラバスは、要らないって思われてる。居なくても音楽が成立するから、部活ではいつも私も、この楽器も邪魔者扱いだ。
「どこに移動させたら迷惑かからないかな?」
腸が煮えくり返るような気持ちを押さえつけて、ニコリと笑ってみせる。
「さー?その辺置いといたら?邪魔なったら言うからさ。」
「っ。そっかぁ、わかった!そしたら、私の担当終わったから、この子持っとくよ。その方がすぐ動けるからいいと思うの。」
あー、その口縫い潰したい。
いつもの笑顔を貼り付けたまま、私は部屋の隅へ移動した。
掃除が終わっても片付けをしないまま、ウダウダと話し込む彼女らを横目に1人ため息をついた。
よしよし、と楽器を撫で、彼女らが掃除用具を片付けるのを待った。先にこの楽器を片付けてしまうと掃除用具が片付けられないのだ。
「あ、鍵返しといてよね。あんた最後だから。」
急に鍵の音がしたと思うと、目の前に鍵を突き付けられていた。
またか。と思いながら、私は鍵を受け取り、また明日。と笑顔で見送った。
彼女達の姿が見えなくなると、それまで腹の奥底で燃えていたどす黒い感情が消えていった。
窓から外を見ると、雨が降り出していた。
「通り雨....。」
ポツリと呟いた言葉は、誰もいない部室に響いて消えていった。
暫く雨を眺めて、ハッとした私は急いで楽器を片付けた。
課題をしないと、やばい。
部室の鍵を閉めて、渡り廊下を通った頃には雨足はかなりきつくなっていた。
屋根しかない渡り廊下を走った私のスカートは、職員室についた頃にはぐっしょりと濡れていた。
「吹奏楽部3年、ーーです。鍵を返しに来ました。」
いつもと同じ言葉を添えて、鍵を返却した私はふと隣の教室を見た。
誰もいない教室は、私の幼なじみのクラスだ。よくバカ騒ぎして居残ってることが多いが、流石に今日は帰ってるらしい。
どうせ、私と同じで課題を残してるのだろう。
ばかだなぁ。と苦笑しながら、1階のエントランスへ向かった。
「超降ってるなぁ。」
呟きながら、カバンから折り畳み傘を取り出そうと中を覗いた時、入口に誰かがいることに気づいた。
傘を持ってきてなくて帰れないんだろう。かわいそうに。
なんて、思って横を通ろうと思うと、可哀想な正体に声をかけられた。
「お前、まだいたん?」
私の幼なじみだ。この3年でグッと伸びたせいで、顔を見るのも首が痛い。
「帰ろうと思ったらこの雨でさぁ。帰れねぇんだよ。お前は?」
「私は部活の掃除、いつも通り。」
「オカワイソウニ。」
「ちょっと、全然思ってないでしょ!」
こんな風に軽口叩くのは久しぶりだ。楽しい。
「てかお前、帰んねぇの?いつも通り傘もってんだろ?」
「....えぇと。」
折り畳み傘を出すためにカバンに入れてた手をチラリと見た。
既に折り畳み傘を握っている。
「まぁ、無いなら仕方ねぇし、雨が止むまで一緒に待ってやるけど?」
「!そう、別に待っててくれなくていいけどね。傘あるはずだし....。あれ?」
私はわざとらしくカバンをもう一度漁るふりをして、首を傾げた。
「おい?」
「持ってくるの忘れたみたい!」
両手に何も持ってないと見せつけて、折り畳み傘を見られないように私は急いでカバンを閉めた。
口角が上がって、バカみたいな笑顔を晒してしまう。
「仕方ないから、あんたとここで雨止むまで待ってあげる。」
お姉さん感を出したくて、手を腰に当ててふふっと笑ってみせる。
俺はニヤリと笑った。口角が上がるのを隠すためだ。
「しゃーねぇなぁ!待っててやるよ。」
幼なじみは睨むように、見下ろすように俺を見上げてるが、俺から見たら上目遣いにしか見えないが、それに気づいていない。
「雨が止むまで、話そうぜ。」
最近話せてなかったから。と最もらしい言い訳をつけて、この小さな女の子と空き教室を目指す。
階段を上がる時、濡れた足と透けたスカートに目を奪われそうになるが、なんとか目を逸らした。するとカバンが目に入った。
閉まったカバンの隙間から少しだけ顔をのぞかせているのは、いつもこの幼なじみが使ってる折り畳み傘だ。
俺の口角は更に緩み、それを悟られないように早口に話す。
幼なじみも、どことなくいつもより早口な気がする。
窓の外はまだ雨が降り続いている。
どうか、通り雨がもう少しゆっくり歩いてくれますように。
お互いにそう願ってることは、まだ2人は知らなかった。
今はただ、それぞれ荒れ狂う台風がそれぞれの心を襲っていた。
9/27/2024, 12:31:37 PM