『逆光』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「大丈夫?」
そう言ってきみはいつも私に手を差し伸べてくれる。いつだって私に優しくて、私にとって太陽みたいな人だった。
ある時、知り合いの男が私に言った。
「あいつは危険なやつだ、今すぐにでも縁を切った方がいい」
「そんなわけない!」
「おまえは知らないかもしれないが、あいつは、」
聞きたくないと私は言った。私のただ一人の友人を悪く言う言葉なんて、聞きたくなかった。
しばらくして、私に忠告してきたその男が事故に巻き込まれて死んだと聞いた。
それから、私の周囲では不幸が続いた。偶然だろうが、身近な不幸が重なったことで私はだいぶ参っていた。
眠れない日が続いたある日。その日は私の父の葬儀の日だった。
父もまた、私の身近な不幸のひとつで、通り魔にあって命を落とした。
照りつける強い日射しの中、父の棺を見送りながら、私は気が遠くなりその場に倒れた。
「大丈夫?」
倒れた私に手を差し伸べるきみ。
きみは眩しい太陽を背にしていたから、私にはきみの表情が見えなかった。
【逆光】光は時に闇を隠す
逆光
寿司下駄の上に並べられた寿司たちを、ユキはいつも宝石を眺めるように見つめていた。
真っ白に洗いあげられた白衣に身を包んだ父が自慢だった。ユキには優しくてあたたかい笑みを向けてくれる、その顔を、記憶にある通りいまよりずっと低い視点から見上げる。
「おとうさん」
ユキ。
父が振り向く。照明を背負ってユキの目の前に立つ父の、その笑顔が、見えない。
逆光のせいで見えなかったのか、それとももう父の笑顔すら思い出せなくなってしまったのか、悲しみを感じながらユキは夢より覚めた。
「おはようございます、ユキさん」
「おはよ、ソラボウ」
寿司屋の朝は早い。日も昇らぬうちから今日のネタを仕入れに市場へ向かい、魚だけではなく客に提供するすべての食材を買いつける。ユキは寿司職人ではないが、生家である寿司屋『バハムート』の大将であった父・テンスケの一人娘としてできる限りのことを行っている。
父は数年前、病に倒れ、助かることなくこの世を去った。後を継いだのは父の一番弟子であったソラボウだ。元々三つ星ホテルでソムリエとして働いていた労働アンドロイドのソラボウは、まかないで振る舞われた寿司の味に感動して寿司職人へと転向したのだという。
ごろつきに半壊させられたソラボウを拾ってきたのは父だった。寿司職人を目指すアンドロイドはどこの寿司屋でも受け入れてもらえず、貯金も尽き、あてもなくさまよっていたところを襲われたらしかった。軍で培った技術でなんとかソラボウ――その頃はシャイニィという名だった――を直した父は、変わり者のアンドロイドを弟子に迎えた。
自転車のフレームに回転灯をくっつけたような姿をしているソラボウは、寿司を握るためだけに手を特注のヒト型手指へと換装していた。奇怪な姿に幼いユキは警戒したものだが、物腰柔らかで口もうまいソラボウをいつしか兄のように慕うようになった。
生まれてすぐ母を亡くし、厳しい父とふたり暮らしていたユキが触れる、母性に等しい優しさをソラボウは与えてくれた。父が病に倒れたときも、葬儀のときも、ずっとユキに付き添ってくれた。ソラボウがいない生活など考えられない。
「今日はいいサバが手に入ったよ。脂がのっててすごく美味しそう」
「ユキさんの目利きは世界一ですからね」
「またそんなお世辞ばっかり」
「本当ですよ。いくら聞いて見て触っても、私にはわからないところを、ユキさんには感知できる。目利きだけで仕事ができますよ」
「ありがと」
ソラボウが頭部、回転灯みたいな筒状のそれをクルクル回して光らせた。お世辞じゃないですよ、という否定の意味だ。
むずがゆい思いで笑みを浮かべたままユキは店の掃除を始めた。寿司を握れないユキができるのは、店を支えるための雑用だ。客が心地よく寿司を堪能できるようにテーブルを拭き、椅子の調子を確かめ、湯呑にひびがないかをチェックする。毎日おしぼりを届けてくれる業者から重い箱を受け取り、タオルウォーマーへおしぼりを並べていく。
昼にはお腹を空かせた客がたくさん来るだろう。アンドロイドが握る寿司屋でも、味がよければ客は来る。
のれんをかけるためユキは外へ出て、そこで異変に気づいた。
通りのほうが騒がしい――悲鳴が聞こえる。
朝の街に轟音が響く。再び悲鳴、爆発音、そして金属同士をものすごい勢いでこすり合わせたような異音――。
息を切らせて走ってきた者が、傷だらけの様相で叫んだ。
「暴れ人食い鮫だ!」
建物の陰から見え隠れする凶悪な背ビレに、ユキは身動きひとつできなくなった。
暴れ人食い鮫は戦争中に開発された半機械生体兵器だ。動くものすべてを見境なくチタン合金の歯で食いちぎり、体内の反重力装置でもって空を舞う。終戦後に大半が駆除されたが生き残りが街へやってくることがあった。
逃げる男の背に暴れ人食い鮫が踊りかかる。ワッと声すらあげる間もなく男の首が鋭い歯にちぎられ、ユキの足元に転がった。
――逃げなきゃ……でも足が……。
感情のない暴れ人食い鮫の目に睨まれると、もうだめだった。がたがたと笑う膝には力が入らず、すぐ横にある店の戸を開ける勇気さえ持てない。
鮫の口が迫る――血と皮と肉にまみれた刃――覚悟すらできぬままユキの目に焼きつく光景。
すさまじい金属音の余韻が耳を痛めるのと、道路に突っ伏す我が身に気づくのは、ほぼ同時だった。
「ソラボウ!」
「ユキさん……逃げ、て……」
暴れ人食い鮫に噛まれ、ぼろぼろになったソラボウが横たわっていた。動けぬユキを突き飛ばし、代わりに自分を犠牲にしたのだろう。自慢のヒト型手指がついた腕が火花を放って転がっていた。
「ソラボウ、ソラボウ!」
「ユキさ、ん……逃げて……にげ、テ……」
「やだよ! ソラボウが死んじゃう! そんなのヤダ! ソラボウまであたしを置いてかないで!」
「ユ……、キ、…生きて……」
ユキ、生きろ。おれの分まで。
病床の父がささやく――痩せ細った父は笑いすら浮かべられなくなった。父の笑顔が思い出せない。逆光で見えない。
――ソラボウまで失いたくない!
勢いに任せて近隣の建物へ突っ込んでいた暴れ人食い鮫が、身を反転させ、再びユキたちへ襲いかかる。時間はない。
ソラボウが持っていたのだろう、道路にべしゃりと落ちていたサバを、ユキは握る。尾の部分をしっかり握りしめ、暴れ人食い鮫と対峙した。
「『サバ・ソード』!」
サバを握る右手に力が湧く。華奢なユキの手から放たれた力がサバを輝かせ、鱗の一枚一枚が激しい光を放つ。
「わあああああああっ!」
裏返った絶叫が喉からほとばしる。猛スピードで突っ込んでくる暴れ人食い鮫の、凶悪無比な鼻っつらへ、ユキはサバを振り下ろした。
輝くサバが鮫の身を切り裂く。
突っ込んできた勢いのまま、暴れ人食い鮫はレーザーにでも裂かれたかのようにきれいに分断され、血と機械油をまき散らしながら活動を停止した。
ユキが寿司を握れない理由がこれだった。手にした魚が武器になる。いい魚であればあるほど、強力な武器になってしまう。
サバを投げ捨てソラボウに抱きついたユキは、あふれ出る涙を止めることができなかった。鮫を退治できたってソラボウを救うことはできない。父の跡を継ぐこともできない。忌々しい力のことがユキは嫌いだった。
「ソラボウ、やだよ……置いてかないで……」
「ユ……テ……」
だいじょうぶか――誰か――救急車――
サイレンと叫びが淡い水色の空に響き渡る。まるで父が死んだ日の朝のように、清らかに晴れ渡った空だった。
コアが無事だったことでソラボウはなんとか助かり、寿司屋『バハムート』は営業再開までこぎつけた。
「二度とあんなことしないでよ。約束だからね」
「それはどうでしょう。テンスケさんとの約束は破れませんからね。あなたを守るのが、テンスケさんと私の約束なんです」
「ソラボウが勝手に死んだら密漁業者の用心棒になって手を汚してやる」
「やめてください」
でも厄介な客を追い払うのに力を使うのはいいかも、とユキは笑った。
呆れを表すためにソラボウが頭部を点滅させる。
「ソラボウ」
「はいはい、なんでしょう」
ソラボウに顔はない。それでもどういう〈顔〉をしてユキを見ているのかは、わかる。そのことを深く胸に刻み、ユキは「なんでもない」と首を振った。
今度の夢は逆光に悩まされることはないだろう。
逆光。カメラや携帯電話などで起こる現象。昔家族で撮った写真。あの時は仲良かったな。今はもう、あの時みたいに戻れやしない。あの時が懐かしい。写真を見返す。そうするとその写真が逆光で、家族が見えなくなっていた。いつかまた、あの時に戻れますように。そう願い、そしていつものように眠りに意識を落とす。
ステージ上の光へ進んでいくあなたの後ろ姿は暗かった
表で輝くには影の努力と苦悩の積み重ねが大事なのだろう
13
「逆光」
あなたが放つ光は
目映く
私のは
虚ろで
決して
同じステージには並べず
交わることのない
対極
煌めく光が
私を彼方へと追いやる
それでも
あなたしか見えなくて
砕けても
背中を追いかけ
光の断片に
すがるように
手を伸ばす
誰?
あなたは誰なの?
人影に向かって問いを投げる。
影は何を言わずに、ただじっとそこに立っている。
ねぇ、いい加減教えてよ!
ずっとあたしの夢の中に出てきてさ!
一体何がしたいわけ……?
影の背後には、真っ白な光。直視できないほど眩しい。あたしは俯き、ひたすらに言葉を続けた。
すると、その思い伝わったのか、最初に出てきた言葉は――
『前を見て、歩んでいきなさい』
そう言われた途端、急にあの光に、影ごと包み込まれた。あたしは思いっきり目を瞑る。
そして、目を開けたならば、見慣れた天井。
あれ以来、あたしはあの人影の夢を一切見なくなった。
あれは一体誰だったのだろうか。
〜逆光〜
……もう、思い出せないあの姿。
俺を、俺らを救ってくれた大きな背中と優しさに溢れた声。笑うと一気に幼くなって案外可愛い顔立ち。でももう思い出せない。もう、笑いかけてくれることも声をきけることもない。唯一残った写真は逆光で影しか見えない。でも、それでも、彼は俺の光だ。
僕をあの日暗闇の底から救ってくれた貴方
あの日はとても晴れていたが
僕のところだけ曇っているようだった
あなたは僕の手を掴み走り出す。
顔はよく見えなかったが
貴方は太陽のように暖かかった。
【逆光】
ー逆光ー
眩しいと目を瞑ってしまいたくなる
自分の恥ずかしさが浮き彫りになるようだ
どうにか隠そうと必死になればなる程
光が私を呑み込み
消してしまうだろう
このままだと
いつまで経っても
光が私を追いかけることはないのだろう
反転した世界はいつも安心する。
見えるものが見えなくなって、見えないものが見えてくるから。
それが怖くもあり、楽しくもあり。
反転するのが世界だけで良かった。
自分が反転したら、二度と元になんて戻れないし、戻りたくないと解っているから。
逆光
いつも僕は真っ黒になっている。
人々のレンズには僕という被写体だけが暗く、色彩が失われた状態で写るらしい。
見られたくない僕にとっては都合がいい。
だけどいつも僕のそばに来て逆光をつくる君のレンズにだけは鮮明に写っているみたいだ。
そんな君は今日も僕を写して笑う。
君の眩しい光を一番近くで浴びて、君の暖かい光を一番近くで感じることができるこの場所は…
やっぱり僕にとって都合がいい。
おかしい。
何かがおかしい。
世界がとても、色褪せている。
色褪せているどころか、モノクロと言ってもいいくらい、世界から色が消えていた。
一体いつからこんな世界になった?
昨日?
わからない。
一昨日?
わからない。
気がついたら、世界から色が消えていた。
正直、色なんて、気にする余裕もなかった。
日々いっぱいいっぱいで、一生懸命で、目の前の色なんて気にする余裕はなかったんだ。
「どうした?ぼーっとして。」
『いや、世界から色が…、消えたんだ…。』
「色が消えた?色が認識できなくなったか?」
『……なんというべきか。たぶん色は、見えてるんだと思う…。色鮮やかさがなくなったというか…。』
「そうか…。極端にいうと白黒の世界?」
『うん、まぁ…。極端に言えばね。』
「そりゃあれだけ毎日、頑張ってればな。
休めって俺が言ったって、どうせ聞きゃしねぇんだから、俺がありがた~い話をしてやろう!」
『いや、いらな…』
「なぜ世界が白黒なのか!
それはな、お前が真っ正面に光を見据えて突き進んでるからだよ。
カメラで写真を撮るとき、ギラッギラ輝いてる太陽に向かって写真を撮ったらどうなるよ?手前の物は真っ黒に写っちまう!逆光って言えばすぐイメージつくだろ?
つまり、逆光状態になってるから、白黒なのさ!」
『はぁ…』
「だから!今お前の見えてる世界が白黒なのは、自分の目指してる光を真っ直ぐにとらえて頑張ってきたって証拠なの。頑張ってきたんだよ。むしろ、頑張りすぎてるってことさ。
世界が白黒に見えるなんて、ヤバいってことは分かるだろ?」
『…うん。まぁ…。』
「まぁ…、じゃない!やばいんだ。
頑張りすぎて、やばいんだよ。今のお前は。
普段、世界はカラフルだろ?他の人だってそうだ。世界ってのは元々色鮮やかなんだよ。
どうすれば色鮮やかな世界になるか。光に向かって真っ直ぐ進まなきゃいいんだ。斜めから見るんだよ。何なら後ろから光に照らしてもらえ!光に背中を押してもらいながら進むんだ。
真っ直ぐに進まなきゃいけないなんてことないんだから。
光だけ見て真っ直ぐ進んでたら、断崖絶壁まで克服しなきゃなんねぇじゃねえか。まわり道も必要なのさ。斜めから見た方がより世界は見えるんだよ。より簡単になることもある。
そんなに頑張りすぎるな。手を抜くぐらいでちょうどいいんだから。
それじゃ!光に背中を照らしてもらうために、反対向くぞ!」
『反対向く…?』
「休憩取るんだよ。
光に向かって作業してたんだから、その逆、作業の手を止めれば、背中照らしてもらえるだろ?
まずは、休憩、取るぞ。」
変わる
どんなに馬鹿にされても
僕の背中を照らし続ける存在がある限り
君から逃げない
逆光。
レンズ越しのシルエット。
太陽の光からこちらを庇うように佇む被写体は、真っ黒に塗りつぶされる。まるで、太陽の炎で焼けすぎて丸焦げになってしまったかのよう。それでも形を保っている姿が、心に空いた穴を燻らせる。
光でありたかった。
正しく、優しく、前の存在でいたかった。
けれど眩しすぎる光は、逆に嫌煙されるものであることを誰も理解しない。太陽は直視してはいけない。目を焼かれ、視力を奪われてしまうから。
光を求め過ぎれば、盲目になる。
正しさや優しさを主張し過ぎれば、それは悪へとかわらないだろうか。悪を排除するということは、悪に優しくない。
そもそも、悪は何故生まれるのだろうか。
それは、影が生まれる理由と似ている。
あなたは脚光を浴びる。
私からみると、そんなあなたは逆光を受けた大木のようだ。
テーマ“逆光”
写真を撮るのが苦手な私は
いつも逆光だった。
それも思い出と笑っていたのに
いつの間にか
そんな逆光も綺麗に加工してくれるらしい。
だが、それは別に
撮る側の人の腕が良くなった訳ではなく
カメラアプリやらデジタルカメラの進歩(進化)ってだけで
何かなぁ………と思う。
逆光
「もう、終わりにしよう」
目の前に立つ彼女は、そう別れを告げた。
なんで、とか、どうして、だとか言いたいことはいっぱいあったけれど、どうもこの口は思い通りには動いてくれなかった。
「……わかった」
そう言えば、彼女は安心したように笑った、気がした。このときだけは、彼女の顔が逆光で見えなくてよかったと心底思う。
もし泣いていたりでもしたら、きっと終わるに終われなかったから。
逆光。朝日がとても眩しい朝。仕事の天敵である。
信号見ように日差しがそれを拒む。
まったく困ったものだ。だかこれもまた一興。この日この瞬間はその時にしか味わえないのだ。
いいのだけれど、実際はその時になって後悔する。
時が過ぎれば忘れてまたあの眩しさが恋しく想う。
またそんな日が来るといいな。
なりたいものがあった。
今の自分と正反対にある、なりたい自分。
やりたいことがあった。
今の自分がやっていることとは、ちがうこと。
手放したくないものがあった。
手放さないことを諦めてしまった、からっぽの手。
ふり返ると、今の自分には眩しくて。
光が強くて見えない、分からない。
あのとき、見えていたはずなのに。
いまは、黒く歪んでいる。滲んでいる。
あの時、自分の心を確かに灯していたあの光は
いまは遠く離れてしまった。
今の自分には、ただの逆光なんだ。
嗚呼、でも。
新しい光がここにある。
真反対の道を歩いて、手放して、手に入れたひかり。
これもいつかは、逆光になってしまうだろうか。
そしたらきっと。
あたらしい、ひかりが 。
逆光
撮れてしまった逆光の写真
補正しないでよ、
これはこれで美しいさ。