『言葉はいらない、ただ・・・』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
[言葉はいらない、ただ・・・]
先日姉が自殺した。
朝起こると何時も自分より早く起きている姉がリビングに居なかった。珍しく寝坊でもしているのかと思って、朝食を食べた。食べ終わってもなかなか起きてこないので、流石にもう起きなければ学校に間に合わないと思って姉の部屋へと行った。ノックをしても返事がない、もう学校に行ったのかとも思ったが、なんだか嫌な予感がした。抽象的すぎるかもしれないが、なんというか頭の中に半透明のどす黒い何かがおおっているかのような感覚がした。「入るよ」と言って中に入った瞬間、嘔吐してしまった。中では姉が首を吊って自殺していた。姉を見て吐くとは、と自己嫌悪に襲われた。後に大人たちから仕方がないことだと言われたが、それでも両親のいない中で明るく、家族の温もりというのを感じさせてくれた姉を見て吐いた自分がどうしても許せなかった。そういう事も姉はわかっていたのだろう、僕には一切弱みを見せたことがなかった。それが姉の重圧になっていたのでは無いかと今になっては思う。机の上に置かれていた遺書にはただ一言『ごめんね。』と書かれていた。
後の調査で姉は学校でいじめられていたことが分かった。
言葉はいらない、ただ何かしらサインを出してくれれば、SOSを出してくれれば何か助けてあげれたかも知れないのにという気持ちと、知って僕に何ができるんだという気持ちで板挟みになっている僕はどう生きれば良いのだろう。
どうすれば良かったのだろう。
何時も傍で寄り添える関係でありたい。けれど、距離をとらないと心がつらくなることもあるよね?ただ欲しいのは無償の愛なんかじゃなくて、距離感をうまくとることだよね。一緒に生活できるくらいの距離感で。そっと呟く好きだよ、と。
「言葉はいらない、ただ」
何も言わなくていいから。
言葉にしなくてもいいからさ。
私が生きててもいいって教えて。
「言葉はいらない、ただ……ただ、儂はこの塔を完成たいんじゃ!」
儂の叫び声に周りにいた仲間の作業員どもは、ただぽかんっとしていた。
まるで儂の言葉の意味が理解できなかったように。
いや実際のところ、理解できなかったのだろう。
つい先ほど、神が地に降り立ち人間から言葉を取り上げていったから。
天罰なのだろう。
王族が不興をかったのか。
民から信心が失われていたのか。
それとも、天にも届くほどの塔を作ろうとしたからか。
何が悪かったのか確かめようもないが、いずれにしろ人間は神を怒らせてしまった。
それでも儂はこの塔を完成させたかった。
雲を突き抜け、天高くそびえる塔をこの地に。
幸いなことにいま傍にいるのは長い年月、苦楽を共に過ごしてきた仲間たちだ。
言葉が通じなかったとしても、儂の心意気は通じる。そう信じていた。
しかし彼らは儂の言葉に応えるわけでもなく、鳥のような牛のような馬のような獅子のような、様々な生き物の鳴き声のような言葉を発しながら、この場から、そしてこの地から去っていった。
儂はただ、取り残された未完の塔が朽ちていく姿を見守る事しかできなかった。
何日も、何ヵ月も、何年も。
やがて塔に途中まで積み上げられていた柱や壁も風化しはじめ、塔は崩れ大地へと帰りこの世から姿を消した。
後に『バベルの塔』と呼ばれる塔であった丘のふもとで、儂はいまだに天を衝く塔を夢想して過ごしている。
// 言葉はいらない、ただ・・・
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
―――無言句
#57【言葉はいらない、だだ…】
言葉はいらない、ただ...
「ただいま〜」
両手に抱えたそこそこの荷物を玄関に置いて久しぶりの実家へと足を踏み入れる。色んなサイズの靴が散らばっているのに懐かしさを感じながら、その中に自分の靴も仲間入りさせる。昔であれば夏休みだとはしゃいで夏を過ごしていたが社会に出てからは連休というのも中々遠い存在で、ようやくまとまった休みが取れたのは八月もそろそろ終わる頃だった。
「にぃに!」
とん、とぶつかる軽い衝動に振り向いて、出迎えた年の離れた妹にハグを返した。
「帰ってきたよ〜、元気にしてた?」
「げんきだよ!にいに、ね、いつまでいるの?」
「四日くらいかなぁ。あれ、身長のびた?」
「のびたよ!にぃにものびた?」
「にぃにはもうのびないかなぁ」
きゃらきゃらまとわりつく妹をいなしながらのんびりと話をする。玄関の荷物を一緒に片付けていた両親は妹に捕まっている自分を微笑ましそうに見守っていた。その顔を見て、実家に帰ってきたという実感が湧き上がって肩から力が抜けていくのを感じた。あるべき場所に帰ってきたような安心感は次第に疲れを自覚させるものとなり、ぐうと小さく腹が空腹を訴えた。
「ねぇ〜、今日のご飯なに?」
「あんたの好きなやつだよ」
「えぇ、好きなの多すぎてどれかわからんて」
持ってきたものを整理しながら話に花を咲かせていれば時間が過ぎるのはあっという間で。気がついた時には夕飯時になっていた。食卓には本当に好きなメニューばかりで、自炊すらサボり始めた自分には久しぶりの真っ当な食べ物というのも合わさって空腹感は最高潮に至った。
「いただきます!!っうまぁ〜」
「あんた、ほんとうに昔から美味しそうに食べるよね」
「だって美味しそうのは事実だし」
「まぁ、口にあったならよかったよ」
「んふふ」
他愛のない話をしながら食事は進む。あれも、これも、テーブルの上にあるのは本当に自分の好物ばかりだった。中には凝り性な両親が突き詰めていった結果、仕込みに一日かかるようになってしまった料理もしれっと紛れ込んでいて、自分のために用意された色々が、何も言わずともここが自分の居場所であることを示していて、目頭が熱くなるのをそっと笑って誤魔化した。
言葉は、いらない。
……ただ、オレはあいつの一生がほしい。
オレがどこまで走っていっても、オレの後ろを必ず守ってくれるから。
オレがどんなに遠くからでも、あいつのもとへ帰れるろうそくの熱を、あいつだけがもっているから。
オレはあいつの一生がほしい。
オレはあいつのすべてがほしい。
オレはあいつがほしい。
言葉はいらない、ただ抱きしめてほしいと開いた腕のなかへ、考える間もなく飛び込んだ。
言葉はいらない、ただ…
言葉はいらない。ただ…
ぎゅっと抱きしめて欲しい?いいや、やって良いのは人による。
生きてて良いって認めて欲しい?いいや、たいていの他人は、人の生死は漠然と生が当然だと思っている。
美しい景色に見惚れていたい?いいや、感動は一瞬で、すぐに失われてしまう。
考えると言葉が溢れてきてしまう。
そうだ。この頭の中で鳴っている言葉がいらない。
言葉はいらない
ただ
僕の亡骸に涙を
[残夏]
文机に、一人の青年が写ったセピア色の写真が置かれている。
カセットレコーダーからピアノの音が流れだすと、白い猫がやってくる。
僕はこの空間の何処かに居る親友に、彼の望んだとおり、美しい旋律を聞かせているのだ。
医療技術はまだまだ発展途上にあって、人々にとって死はすぐ側に佇んでいた。だから僕と彼はしょっちゅう死後の世界について話をしていた。
「どうして幽霊は姿を現さないんだと思う?」
彼──中学校からの親友、誠司が言った。
「輪廻転生しているからじゃないか? 死んで、あの世で審判のくだった魂は、別の生命としての活動が始まるから幽霊なんてものは存在しない、とか」
僕は最近聞きかじった知識をそれっぽい口調で語った。
「うん、なるほど」誠司が面白そうに頷く。「俺はね、幽霊はいると思う。ただ生きている人間には見えないのさ。何て言うか、波長が違うんだ」
「波長?」
「例えば可視光線以外の光、紫外線や赤外線なんかは俺達には見えないだろ」
「ああ、つまり幽霊に光が当たったとして、人間には見えない波長を発しているという事か」
「そういう事だ。霊は存在していても、色の着いた物質としては見えないんだ」
「でも物質としてそこに居るとなると、僕らは幽霊にぶつかったりするんじゃないか?」
「……霊を作るものは空気のように、極微小の粒子なのかもしれない」
苦し紛れの誠司の言葉に僕がぷっと吹き出すと、顔を赤くした彼が大袈裟に咳払いしてから言った。
「俺は幽霊はいると思っている、でももしかしたらお前の言うように、あらゆる生き物に輪廻転生しているのかもしれない。そこでだ、俺が死んだら、ちょっとした頼み事があるんだが──」
誠司が二十四で病死してから、僕は彼の月命日ごとに、こうして自宅でドビュッシーの月の光を一回だけ流している。案外ロマンチストであった彼の願いに従って。ただし写真を飾るのは僕のためだ。誠司に会いたいと思っている、僕だけのため。
そうしてカセットテープを再生して座椅子にもたれていると、何処からともなく白い猫がやってくる。彼、または彼女は、ふらりと庭先に現れるなり縁側に飛び乗って、前足を行儀よく揃えて座る。月の光が流れているあいだ中一度も鳴かず、じっと静かにそこに居る。そして曲が終わってしまうとまたどこかへ消える。
僕はその後を追ったりしない。毎回来るのが同じ猫なのかなんて確かめたりしない。ただあの猫が誠司だったらいいなと思いながら、また次の月命日を迎えるだけだ。
「──俺の墓の前で語りかけられても困るんだよ。お前の言うことが正しかったら、人間の言葉なんか喋られてもわからないからな」
誠司は柔らかく笑っている。
▼言葉はいらない、ただ・・・
触れたいと思った。こんな丸裸の感情を抱いたのは初めてだ。まるで純情と劣情を行き来するような、光が散っては集まる感覚だった。心のままに掴もうとするも、途中で思い止まる。己の手は汚れてやしなかっただろうか。今更どうしようもないことが気になって、尻込みした指先が静かに垂れる。「いくじなし」向けられた鋭い指摘は、耳心地の良い柔らかな響きを持っていた。
嘘を吐いた。本当は言葉も欲しい。ただ、今は語られる文字の羅列ごと、飲み込んでしまおう。
――――――――――――――――
言葉はいらない、ただ・・・
「言葉はいらない、たた……」
見つめてるだけでわかるって?
いやいや、ちゃんと伝える努力して
『言葉はいらない。ただ……』
言葉はいらない。ただ一度だけ優しい口付けを振り落としてくれればいい。
言葉はいらない。ただ一度だけ強く包み込むように抱きしめてくれればいい。
言葉はいらない。ただ一度だけ花が咲いたような笑みを向けてくれればいい。
ただそれだけでいい……。それだけで僕は何か救われたような、満たされた気持ちになる。
言葉はいらない。ただ君が傍にいてくれるだけでいい。
たとえ君の心に僕が入り込む隙間がないとしても。
言葉はいらない、ただ…
私の手を握るあなたの大きな手が、
強くて優しいことを知っているから。
私は安心してそっと目を閉じた。
【言葉はいらない、ただ・・・】
私のことを忘れないでいて。
#言葉はいらない、ただ・・・
言葉はいらない、・・・ただなんだ?
言葉はいらない、・・・ただ意思疎通は欲しい…かな。
一人きりならともかく他者がいるなら
何考えてるか分からないと、かえってストレスになるかも。
会話はいいから、・・・言葉は欲しい。
あれ、結構良さげ?ストレスは減るかも。
でも、社会生活は難しいよな。
余計なおしゃべりは要らない、・・・用件をおっしゃって。
なんか小言じみてきたな。
前に条件を付ければ、どうだろう。
一人暮らしなら言葉はいらない、・・・ただ無いと社会的に不便。
これだな、うん。
言葉はいらない、ただ...
本当はたくさんの言葉が欲しかった
よくやった
こんなこともできるようになったのか
いつでも頼れよ
ママには内緒だぞ
でも、話すことも
会うこともなかった
写真たての父に
僕はただ
抱きしめて欲しい
【言葉はいらない、ただ・・・】
知らなくていいこと。知らないほうがいいこと。
そういうものは多かれ少なかれ、あると思う。
驚くほど間の悪い僕はそんなことばかり知ってしまう。
無知は罪だと言うけど、知りすぎるのも一種の罪だ。
初めは小さな違和感だけだった。
思い出話で気づく齟齬とか、君の好みが変わったとか。
些細なことばかりだから、そんなものかと軽く考えた。
他の人とも交際したのだから記憶が混じるのも仕方ない。
ブラックしか飲まない君がミルクを入れるようになった。
ミステリーを好んでいたけど恋愛を読むようになった。
迷ったら青を選んでいたのに緑を選ぶようになった。
日々を重ねるごとに、僕の知る君から離れていく。
でも、成長すると好みが変わるのはよくあると聞く。
僕の知る君でなくとも大切に想う気持ちは変わらない。
君の口から聞かない限り、僕は変化に鈍くありたい。
料理の味が薄くなって、見えない相手の存在が濃くなる。
「いや、それはさすがにおかしいですよ」後輩が言う。
「やっぱり?」わかっていても、客観的な言葉は刺さる。
「一年ですよね。本人に聞くべきだと思いますけど」
「気のせいだったら悪いでしょ」後輩はため息をついた。
僕が気づかなければ。気づいていないと君が思えば。
狭い視野で、思考で、楽観的な考えが染みつく。
君の変化に合わせて、知らぬふりで僕も変わればいい。
今度は君が僕に疑惑の目を向ける番だった。
探るような視線を受けて居心地が悪いから、帰りは遅い。
君のためなら苦しくないはずなのに、わからなくなる。
僕の、君への気持ちに名前があるなら今はなんだろう。
恋情だろうか、それとも執着だろうか。
僕はたくさんの事を知る事ができた。
『ご飯よー』って言うと、お皿の中にカリカリの餌を入れてくれること。
僕が食べた器をキッチンに持っていくと『ありがとう』って言われて、頭を撫でてもらえたり、たまに美味しいものをくれる。
『散歩』って言葉が一番好きかもしれない。
僕は紐で繋いでもらって外にでる。トイレを済ませたり、友達に会えたりする。
いつもより早い時間に『散歩』って言われたら、『公園』に行けて、長い時間、たくさん遊ぶ事が出来る。
『お手、おかわり』って言われたら前足を出すと、大抵は『おやつ』がもらえる。
人は『行ってきます』って言ったら僕は留守番。
帰ってくる前に僕はわかっているのに、ドアを開けて入ってくるときは『ただいま』って言う。意味は知らない。
『ダメ』って言われたら、やらない方がいい事を僕がしている時。みんな『ダメ』を言うときは怖い顔。
だからやらないようにする。
他にも『お風呂』や『病院』『雨』『ミルク』『リード』『おもちゃ』…
たくさん知ってる。
僕が家族になった日からたくさんの言葉を教えてもらった。
最近、『ご飯』が食べられなかったり『散歩』の途中で疲れてしまったりして、体が動かなくなった。
『年』という言葉を覚えた。
これは僕がもうすぐ死んでしまうという意味だと思う。
自分でもわかっていた事だ。
好きな言葉も嫌いな言葉もあるけれど、そんなのいらないから、ただ撫でて欲しい。