燈火

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【言葉はいらない、ただ・・・】


知らなくていいこと。知らないほうがいいこと。
そういうものは多かれ少なかれ、あると思う。
驚くほど間の悪い僕はそんなことばかり知ってしまう。
無知は罪だと言うけど、知りすぎるのも一種の罪だ。

初めは小さな違和感だけだった。
思い出話で気づく齟齬とか、君の好みが変わったとか。
些細なことばかりだから、そんなものかと軽く考えた。
他の人とも交際したのだから記憶が混じるのも仕方ない。

ブラックしか飲まない君がミルクを入れるようになった。
ミステリーを好んでいたけど恋愛を読むようになった。
迷ったら青を選んでいたのに緑を選ぶようになった。
日々を重ねるごとに、僕の知る君から離れていく。

でも、成長すると好みが変わるのはよくあると聞く。
僕の知る君でなくとも大切に想う気持ちは変わらない。
君の口から聞かない限り、僕は変化に鈍くありたい。
料理の味が薄くなって、見えない相手の存在が濃くなる。

「いや、それはさすがにおかしいですよ」後輩が言う。
「やっぱり?」わかっていても、客観的な言葉は刺さる。
「一年ですよね。本人に聞くべきだと思いますけど」
「気のせいだったら悪いでしょ」後輩はため息をついた。

僕が気づかなければ。気づいていないと君が思えば。
狭い視野で、思考で、楽観的な考えが染みつく。
君の変化に合わせて、知らぬふりで僕も変わればいい。
今度は君が僕に疑惑の目を向ける番だった。

探るような視線を受けて居心地が悪いから、帰りは遅い。
君のためなら苦しくないはずなのに、わからなくなる。
僕の、君への気持ちに名前があるなら今はなんだろう。
恋情だろうか、それとも執着だろうか。

8/30/2023, 7:43:46 AM