『言葉はいらない、ただ・・・』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
私は赤子の頃、実の親に捨てられた。
けれどその後、私を拾って育ててくれた人がいた。
私はその人のことをいつも「先生」と呼ぶ。
平時ならば昼の刻を打つと私たちは昼御飯を食べるのだが今日は違った。
拠点の近くである訓練所と私が呼んでいるその場所で私と先生は対峙していた。
私が聞く。「先生、本当に始める気なんですね…」
先生が答える。「そうだ。言葉はいらない。ただ剣を持て」
先生は獅子殺しという門派の剣術の師範であった。
そのため私も幼少のみぎりから先生に剣の理を学んでいた。そして今日、私は獅子殺しの師範となるために先生と対峙していた。
試験内容は簡単だ。ただ先生を殺すということだけ。
私はこの話を聞いた時、激しく心を乱した。
どうすればいいのか。そう頭が今も回転する。
けれどそうこうしている間に戦いは始まった。
「では参る」
ズシリ
辺り一体の空気が一段と重くなるような気がする。
私もおぼつきながら剣を構える。
刹那、銀の閃光が煌めく。
先生の剣が私の髪の切れ端を捉えたのだ。
チリッという音と共に数本の髪の毛が地に落ちる。
本当に先生は私を殺す気でかかっている。
そう確信した。
その後も鍔迫り合いが続く。
先生が瞬く間に横薙ぎ切り下ろし切り上げ乱れ斬りと、私を翻弄する。その一撃一撃が重くまともに受け止めた時には両腕に岩が乗せられたかと錯覚するほどであった。
足が少し地面に沈む。
獅子殺しには流派がある。
一撃必殺の雄獅子。一撃一撃は軽いが圧倒的な手数で敵を翻弄する雌獅子。の二つである。
そして先生が雄獅子、私が雌獅子であった。
つまり本来は私が有利な領域で先生に圧倒されているのだ。
それは私の剣先に迷いがあるからだ。
このままでは負ける、そう確信した。
残りわずかな思考領域で考えていた先生への慈悲を捨てただ目の前の敵を斬り倒すことに頭をフル回転させた。
それまで防戦一方だった私が先生の剣を跳ね返す。
足のバネを使ったその剣戟はそれだけにとどまらずに先生の喉元を捉えた。
ツーと薄皮一枚先生の首が切れる。
だがそんなものをものともせずに先生は攻撃を続ける。
そしてついに私の剣が根負けした。パキンッと耳障りな音を鳴らしながら二つに刃が割れる。
呆然とする暇はなかった。短くなったリーチでまた先生の剣を受けなければならなかった。
手は擦りむけ血が流れ始めた。
もうダメかと思ったその時、死が顔をのぞいたその時、私の生存本能が生きるための最適解を実行した。
ズブリ嫌な音を聞きながら私が見たのは肩を私の剣に刺された先生の姿だった。
鮮血が溢れ出し老いた先生にとっては致命傷だった。
《言葉はいらない、ただ・・・》
前に逢ったのはいつの日だったか。
数えた頃はあれど、それも幾度か繰り返せば飽いてしまうもの。
デアは過ぎた時間を厭うことすらせず、ただ漫然と絶えず呼吸をしていた日々だったと、今更ながらにして思う。
「——【調和せし流水よ】」
「【大いなる息吹】」
口上も挨拶すらも必要ない。目が合って互いを認識していれば十分。
そも、千回はとうに交わしたことのあるのだ、互いに満足だろう。
デアの放った水は意志を持って悠然と動き、当然の結果として相手へと迫る。
ただし、動きで属性も魔法もを察知していた彼にとってはただの悪戯に過ぎないのか。
風で自身に掛かる水を全て散らせた彼——デウスは、事もなげにまた呪文を口に載せる。
「【火炎の囁き】」
「【大地穿ちて】」
他者からすれば初等魔法にしては例外な拡がりをみせる炎だが、見慣れているデアは焦ることなく土壁を立てて打ち消す。
単調な作業のようで、実際は高度な様子見の攻防。と、本来はそう認識される掛け合いだろうが二人にとってこれは準備運動だ。
久々に音を出し、やや乾いた声を立てる各々の喉を起こすだけの。
初等魔法以外使っておらず、また、相手が打ち消すか躱すか防御する前提であるからこその動揺のなさ。
「【空に轟て鳴け】」
「【大地穿ちて】」
半円状に放たれたデウスの雷は空気を震わせ、やがて逃げ場のない網と化す。その糸に絡まる前にと、大地から足場が立ち上がった。
その盛り上がった大地に足を掛け、デアは息を吸う。
「……【灼熱の炎よ、汝が敵を焼け】」
「【巡り巡る水よ、固に在りて非ず】」
二節詠唱の下等魔法。一拍を置いたのは余裕の表れか、はたまた気持ちの切り替えか。
火と水がせめぎ合い、その中心で爆発する。その衝撃で微塵になった木々には目もくれず、デアが再び詠唱を。
「【唸れ剣風、疾するが如く】」
「【内なる昏きに、恐れ戦け】」
広範囲に広がった炎とは違い、風はただ一点を目指してその他の空気を置き去りにする。
対してデウスが闇を発した所以は、その動きを悟られるのを嫌った為か。
当然風は現象だが、闇をも割くのは魔法で生まれた為だろう。しかし、狙った所には既に彼の姿はなかった。
「【雷鳴よ討て、光の指すままに】」
殆ど真横から飛来した雷は、前方に跳んで躱したデアが半瞬前にいた場所を刺した。
ここで、互いに初めて回避行動を取ったのである。
「…………はぁ……」
「……はー……」
訂正。言葉は不要だが、例外は息継ぎの際に漏れる声だ。微かな音である。
そこで漸く距離を近付けて二人は対峙した。
ここからが本当の殺し合い。
そう告げるまでもなく、そうなっていた。
デアは一拍置いて口を開く。
「【遍く大地に翳せ、月を介した光さえ、汝らが目には過ぎしもの。故に万物を焦がす】」
過ぎたる光は灯りとは呼べず、ただ身を焼く痛みを及ぼす不可避の凶光となる。光属性の高等魔法だ。
「——【ソル】」
最後の一節で魔法は現界し、刹那、地を灼いた。防御すら許さない純粋な殺意を叩き付けることと同義。
それに対して彼は、
「【ルーナ】」
と短く一節。
詠唱破棄という高難易度の魔力操作に輪をかけての高等魔法で返したのである。
月は陽の光を反射する。
それがこの世界においての常識である限りは、魔法戦においても確かな効力を発揮する。即ち、デアの太陽を擬似的に降臨させる魔法は、デウスの月を擬似的に降臨させる魔法に反射されることが確定しているのだ。
法則だとか、そういう理屈ではない。
概念的に『そう』なっているから、結果は絶対に——万に一つの例外もなく『そう』なるのだ。
デアが放った光は空へと反射され、誰をも灼くことなく消滅した。被害といえば、地面が焼け焦げたくらいである。
「……馬鹿が。蒸発でもする気か」
豪気な策に、思わず悪態がデアの口を突いて出る。
詠唱破棄は不可能ではないが、魔法の位階が上がれば上がる程難易度が跳ね上がる。
それを生死の境でしてみせたのだ、いかな相手とはいえ呆れが先に来る。
また、デアに直接反射するのではなく、怪我をさせないようにと空へ反射させたのも気に食わない。
「ならば貴女の光に灼かれて死ねと? それではどちらにせよ結果は変わらぬ」
デウスもデウスで、対抗策を潰したうえでそう宣うデアに呆れた声を返した。
刹那で選び取れる魔法など、他に思い付かなかったのだ。
寧ろ最善の策だったと言えよう。
「……ふん、詰まらん。もういい、貴様の顔など見たくもない」
「性急なことだ。我とて時間は余っているのだ、もう少し付き合えよ。デア」
「妾の名を呼ぶな」
「良いではないか。今回は三百ととんで四十二年ぶりだぞ、最長記録を更新だ」
「まさか数えていたとはな……暇を持て余しよって」
文句を言いはするものの、会えばこうして喧嘩をしてくるデアにデウスは苦笑した。
これで五千回目の邂逅だということに、彼女は気付いていないだろう。
「……さて、気の早い貴女だ、次で終わりにしてみせよう」
「良かろう。妾の得意な魔法で返してやる」
「先手を譲られたな、格好の悪いことに」
「知るか。早うせんか」
勝手知ったる互いの得意魔法を放つには、この場所は些か狭過ぎるだろう。だが、移す場所もない為諦める。
「デア、我が勝てば次は名で呼ぶ許可をくれよう」
「では妾が勝てば、貴様を名で呼んでやろう」
「……卑怯だな、貴女は」
デウスがその提案に勝負の采配を悩むとわかっての、デアの提案だ。
理由はわからないが、どうもこの男は名で呼びたがるし名で呼ばれたがるからだ。
「……はぁ……去るぞ?」
「待たせた、済まん」
漸く腹が決まったのか、彼はデアに向き直った。
呼吸を置いて詠唱を始める。
「【業火よ抱け、値し罪科に等しく在れ】」
「【水淼は永久に非ず、然るべき破を持つ】」
一節ずつ丁寧に唱える。
デウスは男。即ち陽の力を有する。
詰まり彼の得意は火属性魔法だ。
「【冷焔と対を成し、焱を散らせ】」
「【凝固せして、秋水と成れ】」
間違えれば反動は術者に来るのだ、慎重になるのも無理はない。
デアは女。即ち陰の力を有する。
詰まり彼女の得意は水属性魔法だ。
「【燎の及く、火日の若く】」
「【神癒の有れ、禍と在れ】」
互いに放つ魔法は初、下、中、上、高等魔法のどの位階にも属さぬ独自のもの。
それ故に詠唱破棄はできないという欠点がある。が、それを持って余りある威力を誇るのが独自で編み出した魔法の力だ。
「【其は我意の下に在り、万象を焚くこと為し】」
「【其は妾が意に従い、森羅を覆うべしこと誠生れ】」
果たして、この魔法が交わったとき世界は衝撃に耐え得るのか。
手加減していた理由が、今の二人には頭の片隅にすらないだろう。
それ程、この魔法戦を楽しんでいるということに気が付いているのか、いないのか。少なくともデウスはわかっているだろうが。
次で最後の一節だ。
相殺できる威力なのか、或いはどちらかが負傷するのかも読めない。なにせ初めて使用する——三百年という時間を持て余した二人が生んだ魔法なのだから。
「【アウレア・フランマ】!」
「【クラルス・アクア】!」
デウスが魔法で現界させたのは、黄金に輝く光と見紛う程の炎。
対してデアは、向こうの景色の詳細をも描く澄み渡る水である。
下等魔法同士の衝突で起こったのは小規模な爆発だったが、これはその何倍の威力を誇るのか定かでないのだ。
結果——世界が、瞬いた。
「——っ……!!」
「——あッ!?」
二人とてその被害者に漏れず、咄嗟に展開した防御魔法は意味を成さない。
光が、音が、熱が。
見えない。聞こえない。痛みを通り越して、何も感じない。
永遠にも思えるその時間は、正確には十数秒だった。
それらの現象が収まった途端、デアは頽れる。なんとか意地で立っていただけで、体が衝撃に耐えられなかったのだ。
正直見縊っていた。これ程の威力とは。
「……っぶない! 斃れるなよ、デア」
地面に伏しかけた彼女を既のところで支えたのはデウス。彼我の差は数十メートルはあった筈だが、彼にすれば一歩の距離だ。
彼女の額に手を翳す。
「【サナティオ】」
詠唱破棄の高等魔法の行使である。
それ程までに焦りがあったのだが、デウス自身も気付いていないだろう。
彼女の四肢にあった傷が一瞬にして癒え、同時に荒くなっていた呼吸も安定する。
そこで漸く安堵して、デウスは破壊され尽くした周囲に目を向けた。
デアを抱いていない方の手を伸ばす。
「【留められぬ流れよ、今この時を以て我に預けろ。然らばその流転、我の望みに従いて在れ。最たる存在の下、その知を与えよ】」
デウスは魔力か尽きかけていることを自覚しながら、それでも自身が携わった世界の破壊を放置する訳にも行かず詠唱する。
「【よって我——デウスの名の下に告ぐ。時よ巡れ、反転せよ。此は頑強なる大地を、在るべき姿へと】」
時属性の魔法は位階に関わらず、魔力消費と精神的苦痛とが馬鹿にならないのだ。
傷付いた大地のためであり、自らの暴力のためである。自業自得だと痛みに甘んじる。
「【アポステリオリ】」
詠唱を終えた途端頭痛と目眩がデウスを襲うが、なんとか堪える。
元通りの森に戻ったことを確認し、木陰にデアを寝かせておく。
「……またな、デア」
別れの言葉はいらない。
ただ、また会う時も同じように付き合ってくれればいいのだ。
それが死という概念を持たない、神たるゼウスが望むことだ。同じ立場にある、デアも望んでいるだろうか。
二柱の再会は、果たして、いつになるのか。
約束はしない。けれど、また逢えると信じているからこそ。
「……俺が勝ったんだ。名前で呼ばせろよ、デア」
また目の前から去って、世界を巡るのだ。
厄災から世界を守るためにも、秩序を守るためにも死ねない二人にとってこの魔法戦は——唯一無二の存在を求め合う一種の行為なのだろう。
#39 言葉は要らない、ただ…
[言葉にならない想い]
言葉は要らない。
ただ、そこに
他者を思いやる心さえあれば
良いんだ。
どんなに口下手でも伝われば
大丈夫だと思ってた。
でも、ホントは言葉にしたい。
言葉にする方がと伝わることもあるから。
言葉にならない想いを
そのままにしておきたくない。
自分なりで良いから
伝えられなかった想いを形にしていくよ。
男にとって、家族とは唯一であり絶対でもあった。
美しい妻と、優秀な二人の息子。そして心優しい末娘。
裕福ではなくとも皆笑顔を絶やさず、不満も不安も何一つなかった。
妻の作る料理を食べ、息子達の話を聞き、怖がりな末娘と共に眠る。
男にとっては、そのささやかな幸せこそが何よりも尊いものだった。
――始まりであり、すべての根源の糸を歪めたのは、赤い炎だった。
渦を巻き、天をも焦がし、形あるものを等しく灰燼に帰する。強大な炎が男が住まう村の悉くを焼いていた。
男が勤めを終えて戻った時にはすでに手遅れで。炎はすべてを燃やし尽くしていた。
妻は家のあった場所で、建物と共に炭と化し。息子達は家のすぐ側で折り重なって息絶えていた。
そして、末娘は。
――歪んだ糸に絡まったのは、末娘の微かな命の灯火だった。
息子達の亡骸の下で、守られるように生きていた末娘。体の大半を炎に焼かれ、浅い呼吸を繰り返し。
生きている事が奇跡だと思うほど、娘は死のすぐ近くにいた。
だがそれでも。死の淵にあろうと娘は。
男の呼びかけに薄く目を開き、静かに微笑みを浮かべて。
「ぉ、と、さん…お、かえ、り、なさ、」
痛みに泣く事も、苦しむ事もせず。
ただ一言。おかえりなさい、といつものように帰ってきた男を出迎えて、力なく目を閉じた。
――絡まる糸を解けぬように結びつけたのは、男に呪の心得があった事だった。
最愛の娘の消えゆく命を絶やさぬために、男は手段を選ばなかった。
薬を煎じ、呪を施し、外法にすら手を染める事を厭わなかった。
どんな姿であろうと、どのような形であろうと構わなかった。末娘が生きてさえいてくれればと願い続けた。
「おやすみ、玲《れい》」
優しく髪を撫で、一人を怖がる事がないように小さな体を抱きしめ眠りにつく。
答える声はない。それでも構わなかった。ただ側にいて、こうして生きてさえいてくれれば、それだけで。
目覚めぬ末娘の隣で、その生を感じながら眠る。それだけが男に残された最後の、そして唯一の幸せだった。
だがどんなに願おうと、呪を施そうと、終わるはずの命を留めておく事など出来はしない。
いくら足掻いたとして、終わりは確実に近づいていた。
――固く結んだ幾重にも絡まる糸を黒に染めたのは、ただ一つの誤りだった。
男の持てるすべてを費やしても、末娘の命の灯火は次第に弱くなり。
追い詰められた男は、選択肢を誤った。だが同時にその方法だけが、唯一娘を留め続けるものだった。
「すまない。それでも愛しているよ」
男は一筋涙を流し、彼の末娘に最後の呪を施す。
それは末娘の存在を否定する、禁呪。
存在を否定された事で、訪れるはずの死を否定し。
呪を施された事でそれは末娘ではなくなると知りながら、男は最後の望みに縋った。
眼が開く。感覚を確かめるようにゆっくりと体を起こし。
虚ろな瞳が男を見つめ、静かに笑みを浮かべた。
「気分はどうだ。不具合はあるか」
「もんだいありません。おこころづかい、ありがとうございます」
男に答えたのは、末娘ではなく。
娘の死は否定され。男の末娘はどこにもいなくなっていた。
そうして季節が一つ巡り。
男と存在しない娘の、奇妙でありながらも穏やかだった生活は、ある日を境に形が変わっていく。
――黒に染まった糸を切り離して呪いに変えたのは、作為のある言葉だった。
男の元に訪れた者は、表面上は取り繕いながらこう告げた。
「村を焼き、あなたの家族を奪ったものを知っている。国のために力を貸してくれるのならば、教えよう」
男にはすでに守るべき者も、愛すべき者もなく。喪った家族の復讐のために、男がその者を受け入れるのは当然の事であった。
国を守るため、柱と依代を用意した。そのために孤独に終わる命を掬い上げ、慈しんで大事に育て上げて。呪を施して、最期を看取った。
掬い上げた子らは男を慕い、それでも男は慈しみこそすれ愛す事は出来なかった。
国に仇なす者を屠るため、呪い巫女を作り上げた。少女達は従順に男に従い、呪いを歌った。
彼女達の事もやはり愛す事は出来なかった。
国のためと呪を施しながら、それでも男は愚かではなかった。
村を焼き、家族を奪ったものが誰の指示に従っていたのか。始めから知り得た上であえて受け入れていた。
最後に何もかもを終わらせるために。
復讐のために、国に従う哀れな男を演じ続けていた。
しかし終わらせるための呪を施した少女は、男の心を揺さぶった。共にいた時間が他の子らよりも長かったためか、それとも少女が末娘に似ていたためか。
愛しい末娘の面影を少女に重ね、それがいつしか少女自身を見るようになり。
終わりが近くなって、男は初めて自身の呪で喪う事を恐怖した。
今残っているのは少女と、存在のない娘。
いつからか男の側におり、施された呪によるものか死ぬ事のない不思議な娘。それならばと柱や形代、呪い巫女の呪を試し、最後の呪の繋ぎに使おうと思っていた娘の元へ早足で向かう。
少女を生かすためには、娘をここから離す必要があった。
娘は多くを語らない。ただ少女には懐き、素を見せる事もあるらしいが、男に対しては従順である事がほとんどであった。
こうして新たに呪を施され、ここから離れろと告げられても、娘は何も言わずに頷いた。
呪を施し終わり、娘はやはり何も言わずに立ち上がる。そのまま外へと向かう娘に、男は反射的にその手を掴んで引き留めた。
きょとん、と幼さの残る顔で娘は男を見つめ。掴まれたままの手を軽く引くと、男は何かを耐えるように唇を噛みしめ、掴んだその細い手首に自身の数珠を巻き付けた。
その理由は男にも分からない。ただこのまま一人で去って行く娘が帰れるようにと願い、その手をそっと離した。
数珠に触れ、男を見て。
娘は静かに微笑んだ。
「行ってきます。――」
柔らかな懐かしい響きを含む声音。
その最後の言葉は聞き取れず。聞き返そうにも、すでに娘は去った後だった。
――呪いとなった絡まる糸は二度と解ける事はないまま。
男の始まりを覚えている者はなく。娘の元の存在を知る者もいない。
唯一、気怠げな緋色の妖だけが。
こうしてすべてを記憶し、物語として語るのみだ。
20240830 『言葉はいらない、ただ・・・』
「ごめん、まだ答え……言わないで」
私から呼んどいてなんだけれど。
しかも呼んだ理由は君の答えを聞くためなのだ。
だのに、言葉はいわないで。なんて。
自分勝手にも程があるなとは、思う。
正直……会いたくなかった。
このまま答えを聞かずにいたかった。
そうすれば確定するはずの未来は、そうはならないまま、なあなあでふわふわなまま、今が続くのに。
変わることの無い今が続く。
傷つかないまま……。
けれどそうもいかない。
変わらないなんてありえない。
状況は変わらなくても、気持ちは変わる。
積もり積もる、なんとも言えない気持ちが、いてもたってもいられなくなって、どうにかなりそうになる。
何より、君のことを思うと、変わらないのは良くない。
君のことを思うのなら、私は傷つかなければならない。
ただ、その答えを聞く前に。
私たちの関係が、未来が、確定する前に。
あやふやなことに、かこつけて。
「ごめん」
そう言って私は彼に抱きついた。
彼は、びっくりした様子だった。
けれど、解こうとはしなかった。彼は優しいから、ここで解けば私が傷つくと思っているのだ。
そんな事しなくても……。
あと5秒……いや、10秒……。
ぎゅうっと力を込める。
「告白の、答えは……言葉はいらないから……ただ、今だけは抱きしめて」
ずっと好きだ。これからもきっと好きだ。
だから私は傷ついて、あなたの幸せを願う。
「言葉はいらない、ただ……」
綺麗な金と銀の目。
真っ白な体。
時々出す甘えた声。
君はどれを取ってもかわいい。
いくら写真や動画を撮っても実物にはかなわない。
このかわいさを独占できるなんて、僕はなんて幸せなんだろう。
僕は君のために働き、学び、そして生きている。
君は僕の生き甲斐、いや、命よりも大切な存在だ。
君がただただ存在してくれているだけで、僕も生きていられる。
初めて出会った時の君はあまりにずぶ濡れで、あまりに震えていて、そしてあまりにも小さかった。
僕は君を見捨てられなかった。
眠い目をこすってなんとか君の命の灯火を繋いだ。
そして今、君はここにいる。
幸せそうな寝顔も、ご飯を美味しそうに食べる背中も、外の景色に夢中になる瞳も、全て君が生きてくれているおかげで見られるんだ。本当にありがとう。
言葉はいらない、ただ……ただ君には……。
どこかで何かがひっくり返る音。
そして聞こえる君の声。
あーもう!!
「ちょっと!夜の大運動会やめてってば!!」
ほんの少しだけ申し訳なさそうにする君。
「かわいいけどダーメ!おやつ抜きにするよ?!」
小さい声で甘える君。全く、「ナーン…」じゃないよ!
猫だからって何でも許されると……「ナー?」
許されると……「ナーン」
……もう!
「寝ようね!」「ナァ…」「おやすみ。」「ニャー」
僕は君と一緒に眠ったが、そのわずか5分後、ベッドを占領されたのでほとんど寝られなかった。
まぁ、ただこうやって元気でいてくれたらそれでいいよ。
……おやすみ。
僕の挨拶をよそに、白い猫はプープー鼻息を立てて眠っている。
あぁ、今日も僕は幸せだ。
「言葉はいらない、ただ・・・」
言葉はとても強い力がある。
場合によっては,相手の命さえも奪う程に。
しかし,時には言葉よりも大きい力をもつものがある。
それは頷く仕草や笑顔という表情やLINEの返信,
何でも良い。
要は人間の意思が相手に伝わる事が重要なのであり,
言葉はその一手段に過ぎないのである。
こちらの思いを受け取り,了承してくれればよい。
だから,友よ,黙って三万円を貸してくれ。
言葉はいらない、ただ・・・
側にいちゃだめかな?
君の隣を今だけ貸し切りにして___
言葉はいらないただ表情笑顔が大事だ。
毎日喋らなくても笑顔があればそれで十分だ。
小指を伸ばして
笑った私
小指を絡めて
笑う君
きっと果たせない約束を
きっと破られる約束を
それでも結って
君と結って
二人奇跡的に だったこと
明日は になるのだとしても
きっと覚えてる
二人覚えている
が だったこと
‹言葉はいらない、ただ・・・›
「言葉はいらない、ただ笑顔でそばにいて欲しい」
付き合ってた彼女にそう伝えた事がある。
言葉にすることで私の気持ちが相手に伝わると思っていた。
しかし彼女は、
「どうしても無理して笑顔でいなければいけないの?」
「私、人形じゃないし?」
「何様なん?」
と、めっちゃ怒っていた。
必死で言い訳をして、なだめる事は出来たが。
機嫌を取ろうと思って言った言葉が、逆に彼女の機嫌を損ねてしまい、必死で言い訳の言葉を並べる。
伝わらない言葉を言うくらいだったら、やっぱり無言で笑顔の方がいいかもー
「言葉なんて出さなくても行動で伝わるんだよ」
私だってそう思ってた。
キミがいれば、キミが行動に出してくれるから
それだけで満足なんだって。
だからずっと言葉はただのおまけに過ぎなかった
だけど、今は違う。
「大好き」とか「ありがとう」とか
行動全てで伝わらないものは言葉で伝えて欲しい。
そう思う人がわがままとかじゃないけれど、
言葉を伝えられない人もいるから。
だからこそ思う。
言葉はいらない。ただ、行動で示せない分
なにか言葉だけじゃなくて表現をしてほしいんだ。
言葉はいらない、ただ…私は彼に愛されたかっただけなの。何がダメだったの?私には分からない。愛が重かったの?私は貴方の事が好き、それだけは言わせて……
『言葉はいらない、ただ・・・』
言葉はいらない、ただ離れていって欲しくなかった。
僕と彼女の間に言葉はいらない、ただ…
ただ…君の声が聞けなくなるのは………。
一筋の涙を零した青年。
青年は透明な棺に色とりどりの花を敷き詰める。
彼女と花の隙間ができないように。丁寧に。
「やっと処理が終わって綺麗な''ガワ''になったね。君の瞳は何色がいいかな?
特注して宝石で目を作るのでも素敵だよね。
おやすみ。僕だけのお姫様。」
青年は彼女にキスをして棺の蓋を閉める。
【言葉はいらない、ただ・・・】
聲の形
声、手、耳
気持ちを使えるのは、言葉だけじゃない
言葉はいらない、ただ今は態度で示して欲しい。
それがどれだけ容易く出来るもので、どれだけ難しいことか。
2024/08/30 #言葉はいらない、ただ・・・
言葉はいらない、ただ…
言いかけた君は嘘笑いをして扉の向こうへ消えた
広いホームにただ1人
今日も、あの言葉の続きを考える
また、長くなりそうだな…
言葉はいらない。ただ…
二人で明日を迎えたい。
たとえ明日世界が滅ぶとしても
二人で明日を迎えたい。
あなたと二人なら怖くない。
ずっと手を握っていてね。
彼⸺彼女かもしれないし、そもそもそういう呼び方をするのは間違っているかもしれないが、ここでは彼としよう⸺は、初めから、恐らく招かれざる客である少女たちに対して、敵対する気はなかったのだろう。
彼が少女たちを、墓標に案内したのは、彼女ら帰還者だと判断したためなのだろうか。
彼は、たくさんいた仲間を少しずつ、少しずつ失いながら、ずっとこの場所を守ってきたのだ。
あの墓は、ここで暮らしたすべての命のあるものたち墓であってほしい。
少女たちが花を手向け、手を合わせることで、多くのものが救われることを願う。
『言葉はいらない、ただ…』