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私は赤子の頃、実の親に捨てられた。
けれどその後、私を拾って育ててくれた人がいた。
私はその人のことをいつも「先生」と呼ぶ。
平時ならば昼の刻を打つと私たちは昼御飯を食べるのだが今日は違った。
拠点の近くである訓練所と私が呼んでいるその場所で私と先生は対峙していた。
私が聞く。「先生、本当に始める気なんですね…」
先生が答える。「そうだ。言葉はいらない。ただ剣を持て」
先生は獅子殺しという門派の剣術の師範であった。
そのため私も幼少のみぎりから先生に剣の理を学んでいた。そして今日、私は獅子殺しの師範となるために先生と対峙していた。
試験内容は簡単だ。ただ先生を殺すということだけ。
私はこの話を聞いた時、激しく心を乱した。
どうすればいいのか。そう頭が今も回転する。
けれどそうこうしている間に戦いは始まった。
「では参る」
ズシリ
辺り一体の空気が一段と重くなるような気がする。
私もおぼつきながら剣を構える。
刹那、銀の閃光が煌めく。
先生の剣が私の髪の切れ端を捉えたのだ。
チリッという音と共に数本の髪の毛が地に落ちる。
本当に先生は私を殺す気でかかっている。
そう確信した。
その後も鍔迫り合いが続く。
先生が瞬く間に横薙ぎ切り下ろし切り上げ乱れ斬りと、私を翻弄する。その一撃一撃が重くまともに受け止めた時には両腕に岩が乗せられたかと錯覚するほどであった。
足が少し地面に沈む。
獅子殺しには流派がある。
一撃必殺の雄獅子。一撃一撃は軽いが圧倒的な手数で敵を翻弄する雌獅子。の二つである。
そして先生が雄獅子、私が雌獅子であった。
つまり本来は私が有利な領域で先生に圧倒されているのだ。
それは私の剣先に迷いがあるからだ。
このままでは負ける、そう確信した。
残りわずかな思考領域で考えていた先生への慈悲を捨てただ目の前の敵を斬り倒すことに頭をフル回転させた。
それまで防戦一方だった私が先生の剣を跳ね返す。
足のバネを使ったその剣戟はそれだけにとどまらずに先生の喉元を捉えた。
ツーと薄皮一枚先生の首が切れる。
だがそんなものをものともせずに先生は攻撃を続ける。
そしてついに私の剣が根負けした。パキンッと耳障りな音を鳴らしながら二つに刃が割れる。
呆然とする暇はなかった。短くなったリーチでまた先生の剣を受けなければならなかった。
手は擦りむけ血が流れ始めた。
もうダメかと思ったその時、死が顔をのぞいたその時、私の生存本能が生きるための最適解を実行した。
ズブリ嫌な音を聞きながら私が見たのは肩を私の剣に刺された先生の姿だった。
鮮血が溢れ出し老いた先生にとっては致命傷だった。

8/31/2024, 10:37:26 AM